第17話 子供への手加減
デイトン村までの道中。
半分ほど移動したところで昼食を兼ねて休憩となった。
数時間も馬車に乗っていて体が凝っていた子供たちは馬車から下りると思い思いに駆け出して行く。
「みなさん、お昼にしますよ」
『はい』
今日の昼食に関しては学校の方で用意していたらしく馬車に積み込まれていたお弁当をそれぞれに手渡して行く。
冒険者は護衛の為に雇われているだけなので食事はそれぞれ用意する。
クレイグさんたちは自分の鞄からパンと干し肉を取り出す。
俺たちのパーティは今朝の内にシルビアが用意してくれたサンドイッチを食べる。
「ううっ、いつもと違う」
「今回の依頼の間だけは我慢しろ」
いつもと違って質素な食事をノエルが嘆いている。
サンドイッチだけだったとしても遠出しなければならない冒険者の身としては贅沢な方だ。
普段なら、道具箱から食材や調理道具を出してシルビアに栄養のある食事を用意してもらっていた。
それは、レベル上げの為にノエルの迷宮攻略に付き合っていた時も変わらない。
だからこそ、移動中でも食事が楽しめる快感をノエルは知ってしまっている。
「今回の依頼は私たちだけではありません。他の冒険者だけなら食事を分け与える事も考えられましたが、他に100人以上の方がいるのです」
自分たちだけが新鮮な料理を楽しむ訳にはいかない。
仕方なく全員分の食事を用意する必要があるのだが、そうなると量を確保することができる簡単な料理になってしまう。しかも人数が多すぎるためシルビアの負担を考えると作らせる訳にはいかなかった。
「わたしなら平気ですよ」
シルビアはそう言ってくれるが、食事の用意ができる事そのものが異常だ。
異常な光景が普通だと子供たちには知られない方がいい。
「なんだ、今日は普通の食事なんだな」
俺たちの食事情について知っているクレイグさんが分けて貰おうと皿を持って近付いていた。
「お兄様」
「お姉ちゃん」
クリスとリアーナちゃんまで近付いて来ている。
「だから言ったじゃないですか」
メリルちゃんだけは俺たちが食事を用意していない事を予想していたらしく二人の行動に呆れていた。
「今回は他の子供たちだっているんだから豪華な食事は用意しないぞ」
「おいおい、それはないぜ」
「残念です」
全員、目に見えてガッカリしていた。
「ほらほら、ガッカリしていないで3人ともシルビアが用意してくれたお昼を食べよう」
「はい」
3人の妹の昼食も俺たちと同じようにシルビアが用意してくれたものだ。
草原の上に座れるようシートを敷いて座らせる。
「そういえばエルマーは?」
「あの子にはあの子の付き合いがあります」
エルマーの気配を探してみると数人で固まって食事しているのが分かった。
その近くには覚えのある気配としてエリオットもいた。
できれば身内の護衛を優先させて欲しいところだけど、それと同じくらい……本来なら身内以上に守らなければならない存在なのが次期領主であるエリオットだ。
「俺たちの事を信用してくれるのは嬉しいんだけど、責任を追及されるような事になるとは思わないけど困るんだよな」
普段から校内へは連れていないが、護衛を連れて登校しているエリオット。
街の中なら危険はそれほどないと思っているので次期領主への対応として納得できる部分がある。
しかし、街の外へ出る課外授業にまで護衛がいないのは不自然だ。
おそらく護衛として俺たちがいると知って任せてくれたのだろう。
次期領主の身に何かがあった場合にはアリスターに住みづらくなってしまう。
「ま、エリオットについてはエルマーに任せることにしよう」
同い年でクラスが一緒という事もあって既にある程度の信頼は得ている。
俺たちは外から見守る程度でいいだろう。
「おい」
「……ん?」
最後のサンドイッチを口の中に放り込むと後ろから声を掛けられた。
振り向くと3人の男子生徒が仁王立ちしていた。
子供たちが近付いて来ている事には振り向かなくても気付いていた。本人たちは必死に気配を隠しているつもりなんだろうけど、俺たちでなくてもプロの冒険者なら誰もが気付くレベルの稚拙な気配の隠蔽だった。
「何か用かな?」
「お前らが強いっていうのは本当か?」
どう対応するのがいいんだろう?
迷っていると遠くにいるジェスロさんがこっちに対して手を合わせて謝っているのが見えた。
「ご、ごめんなさい……!」
ジェスロさんとは別に一人の女性教師が駆けて来た。
朝、生徒たちに代表して挨拶をしていた教師だ。
「この子たちが休憩の間にあちらにいる冒険者の方々に剣の手解きを受けていたんです」
さっさと食事を終えてしまえば時間が余る。
その間にジェスロさんの所へ行ったのだろう。
子供たちの腰には護身用の剣が差してあるので、同じ剣士である冒険者に戦いを挑もうとして選んだ相手がジェスロさんだったのろう。見た目だけなら一番強そうに見えるし、何よりも道中で実力を見せている。
「勝負を挑んだ子供たちだったのですが、簡単にあしらわれてしまってショックを受けていたのですけど……」
落ち込んでいたところに衝撃の事実が告げられた。
――自分は決して一番強い訳ではない。
男子生徒たちは最初にその言葉を聞いた時は街へ帰ればBランク以上の冒険者がいるから彼らの方が強い、という意味で聞いていた。
実際、それでも間違っていない。
しかし、勘違いされていると分かったジェスロさんが訂正した。
「今回の依頼で参加されている冒険者の中で一番強いのは貴方、だと言ってしまったのです」
その言葉は子供たちにとってはショックだった。
最も強そうに見えるジェスロさんでさえ全く歯が立たないのにもっと強い相手が他にいる。
「まあ、他の冒険者よりもランクが高いのは本当だよ」
事実をそのまま告げる。
「だったらオレと戦え」
剣を構える男子生徒。
さて、どうするべきか?
摸擬戦ぐらいしてあげてもいいのだが、相手が子供となると手加減の必要があるのだが、手加減し過ぎてしまうと子供たちの事を逆に馬鹿にしてしまう。
どの程度の手加減が最適なのか――考えていると男子生徒が駆け寄りながら剣を振り下ろして来た。
「おっと」
「え……」
考えている最中の攻撃だったため思わず右手の人差し指と中指の2本の指で剣の刃を掴んでしまった。
剣を抜いて攻撃を弾いてしまうのも危険だ。
そういう意味では受け止めるのは正しい行動だったのかもしれない。
「は、放せ」
「放すよ」
2本の指を開いて解放する。
すると、男子生徒は引き抜こうとしていた自分の力に負けて後ろに転げてしまった。
「大丈夫?」
起こす為に手を差し出す。
「ふんっ……!」
パシン、と弾かれる手。
男子生徒は自力で起き上がると仲間の二人を連れて離れて行ってしまった。
「……間違っていましたか?」
「怪我をさせないように、と思ってくれた事は間違っていないと思います。ただ、あの子は3年生なんですけど、同じ3年生の中では模擬戦で負けたことがないほど強いので負けたことが悔しいみたいです」
負けた事のない男子生徒。
たしかに子供の中では強い方だったのかもしれないけど、所詮は子供の力と最低限の技術だけで振るわれた剣。
俺のように2本の指で掴み取るのは不可能だったとしても攻撃をいなしたり、受け止めたりするぐらいだったら冒険者なら大抵の人はできる。
それでも冒険者のランクで言えばFランク。
最低限の戦闘能力があると認められるレベルでしかない。
だけど、子供にはそんな理屈は関係がない。
「どうするべきだったんだろうな?」
「私にも分かりません」
メリッサにも子供が相手では正しい行動が分からない。
もうすぐ父親になる身としては色々と考えさせられる。