第12話 神獣の謝罪
『さて、礼を尽くすのはここまで――ここからは謝罪じゃ』
「謝罪」
誰に謝罪したいのか相手が分かっているので横へ退ける。
同じように分かっているシルビアたちも退ける。
「え……」
すると唯一分かっていなかったノエルだけが残される。
「わたし?」
ノエルには謝罪される理由に心当たりなどない。
しかし、2体の神獣はノエルの正面に立って真っ直ぐに彼女のことを見つめている。
「い、一体どうして謝っているんですか?」
『ワシらの意思ではなかったとはいえ、ワシらが暴れたことによってお主の立場を悪くしてしまった。あの国で何が起こっていたのか事の経緯は全て聞いておる』
他の魔物を通してだが、全てを説明させてもらった。
召喚魔法によって暴れていた間に何があったのか、自分たちが迷宮で平穏に過ごしている間に犠牲となった少女がいたことを知って酷く落ち込んでいた。
『本当に申し訳ないことをした』
『全てが終わってしまった現在となってはこのように謝ることしかできませんが、許してもらえないでしょうか?』
大きな体を伏せて頭を砂浜に擦り付ける雷獣。
海面まで頭部を落とした海蛇。
彼らは心の底から謝っていた。
「……頭を上げて下さい」
謝られたノエルは微笑んでいた。
「たしかに神獣が暴れたことによって多くの人が被害に遭い、苦しめられたことで人々の怒りは『巫女』だったわたしへと向かいました。わたしも人々を苦しめる神獣を恨んだことがないと言えば嘘になります」
被害が発生している間ノエルは耐えていた。
自分に力が足りないから神に祈りが届かない、実績の少ない若い『巫女』だから人々から信用されていない。信用されているベテランの『巫女』だったなら騒ぎにすらなっていない。
そんな想いを孤独に抱えながら耐えていた。
神獣たちは耐えていた少女の独白を聞く。
「ですが、事情を聞いてお二人も被害者だという事を知りました……まあ、一人は喜々として破壊活動に勤しんでいたみたいですけど……」
炎鎧は暴れられることをむしろ喜んでいた。
そんな無法者も既にイリスの手によって討伐されている。
既にいない者をいつまでも恨み続けていられるほどノエルも暇ではない。
「わたしからあなたたちを罰するつもりはありません。既に罰を受けるべき者は罰を受けております」
『そう言ってくれると助かる』
許しを得られたことで雷獣が立ち上がり、海蛇も体を起こす。
『お主が望むならワシらは討伐されるつもりでいた』
「え……?」
『それだけの迷惑を掛けてしまった。それでお主の気が晴れるようならワシらとしても満足じゃった。それに、お主のレベルがリセットされ、冒険者としてやって行くつもりだという話も聞いた。そんなお主の為に何をするのが一番喜ばれるのか考えた』
『その結果、私たちは貴女の経験値となるのがいいのではないのか、という結論に達しました』
たしかに神獣討伐による経験値を得られればノエルのレベルも一気に上がる。
迷宮で使役し続けるよりも生涯に渡って俺の傍にいるノエルのレベルが上がった方が迷宮主である俺にとっても喜ばしい事ではある。
だが、神獣たちの提案を聞いたノエルの視線は冷たくなっていた。
「次にそんな冗談を言ったら許しません」
『な、なぜじゃ……!? ワシらは本気でお主の為に、と……!』
「わたしは今でこそ神ではなく迷宮主に仕えている迷宮巫女ですが、以前は神に仕えていた『巫女』です。たとえ相手が魔物であろうと神から与えられた命を自ら捨て去るような真似を認める訳にはいきません」
『うっ……』
先ほどの謝罪を受け入れた時とは違って怒った声のノエル。
思わず神獣でありながら怯んでしまった。
「謝罪は受け入れます。だからこそ最期の瞬間まで生きて下さい」
『むっ……お主は「死」を受け入れていたと聞いたぞ』
神託による『死』を受け入れていたノエル。
しかし、自分から死ぬ事を望んだ訳ではなかった。
「わたしが『死』を受け入れたのは、神託を受け入れるのが『巫女』の務めだったからです。ですけど、命を投げ捨てたようなつもりではありませんでした。だからこそ『死』を受け入れていながら、わたしは最期まで『巫女』の務めを放棄するようなつもりはありませんでした」
ただ、死にたいと願っていた人間なら豊穣の舞をあそこまで本気でするような事はなかったし、練習も必死になるようなことはなかった。
ノエルは最期の瞬間まで『巫女』としてある事を選んだ。
そして、『巫女』として神託を受け入れた。
これこそがノエルの『巫女』としての生き様だった。
「ま、結局はこうして生きているんだけどね」
俺たちの方へと戻って来るノエル。
こうして自由に生きる事を彼女は選んだ。
『……分かった。ワシらも二度と今みたいな事を言わない』
『ええ、貴女は私たちにとって恩人にも等しい存在。悲しませたり、怒らせたりするつもりはありません』
「分かってくれたなら嬉しいです。ただ――」
持っていた錫杖を神獣たちへ突き付ける。
「わたしはレベルを上げて実力を付ける。もしも、あなたたちを倒せると本気で思えるぐらい強くなった時には正面から正々堂々と命懸けで戦って欲しい。その時にわたしの経験値になったなら恨みはナシでどう?」
ノエルの宣言を聞いてポカンとしている。
近道を行く事を捨てて正道を進もうとしている。
正しい事なのかもしれないが、それは辛く厳しい道のりであることには変わりない。何よりも眷属にならなければ絶対に不可能な事だった。
唖然としたままお互いの顔を見ていた神獣だったが、ノエルの言葉の意味を理解できるだけの時間を得られると笑い出していた。
『そうか。ワシらを倒すか』
『いいでしょう。私たちは、その時を待つ事にします』
「ありがとう」
今後の明確な目標が決まれば達成する為に努力するしかない。
「お互いの話はまとまったかな?」
謝罪したいという神獣たちの為にノエルを連れて来た。
これで、こちらの肩の荷も下りたというものだ。
「まずは、神獣たちから継いだスキルを使いこなせるようにならないとな」
「やっぱり神獣たちが関わっているの?」
「それしか考えられないだろ」
ノエルのスキルを知らない神獣はよく分かっていないみたいだ。
【天候操作】。
スキルを使用することによって周囲の天候を変更することができるようになるスキル。どれだけ快晴が続いていた日でもスキルを使えば雷雲や嵐を発生させることができるようになる。
使い方次第では人々から喜ばれるスキルであり、畏れられるスキルでもある。
人目に晒される前に制御ができるようにならないといけない。
これだけ強力なスキルがいくら眷属になったからとはいえ、簡単に手に入るはずがない。
非力でありながら天候を荒れさせることができる神獣と真っ向から戦い続けていたノエルだったからこそ手に入れられたスキルなのかもしれない。
「ま、眷属になって得られる特殊なスキルは、眷属になった人の気質に強く影響を受ける。手に入れた経緯がどうであれ、お前のスキルである事には変わりない」
『そういう事じゃ。そのスキルはワシらの特性に似ているだけでワシらの特性とは全く異なるモノじゃ。お主の使いたいように使うがよい』
「ええ、このスキルが満足に使えるようになったら本気で戦って」
元『巫女』と神獣たちの間に再戦の約束が成された。
その約束を履行する為にノエルは、より強く努力する。
そうして、気が付けば1か月後には自力で地下36階まで到達できるようになっていた。