第9話 ノエルの武器
「では、これよりノエルの武器を決めたいと思います」
迷宮の地下1階にある誰も近寄らない広場。
そこに眷属を全員連れて来た。今日は危険もないのでアイラも同行している。
目的はノエルの戦闘スタイルの確立。
「えっと……」
「ノエルは冒険者になったんだよな」
「うん」
「なら、魔物と戦う機会は多くなる。まずは、どんな武器を使うのか決めるところから始めよう」
道具箱から使い捨ての剣や槍を取り出して並べて行く。
迷宮で亡くなった冒険者たちが置いて行った物なので中には業物が紛れ込んでいることもあるが、今は駆け出しが使うレベルでいいだろう。
「……どれがいいんだろう?」
並べられた武器を眺めて迷っている。
「そう言えば皆はどうやって自分の武器を決めたんだ?」
今使っている武器は迷宮の力で俺が与えた物だが、それ以前に使っていた武器はそれぞれが選んだ物だ。
「わたしの場合は【双刃術】があったので使い易さから短剣を選びました」
あの時は急いであったこともあってシルビアに適当に選ばせた。
それで問題があるようなら俺が介入するつもりだったし、結局は彼女にあっていたみたいなのでよかった。
自分の特性に合わせて選んだパターン。
「あたしは父さんから色々な武器の扱いを仕込まれていたけど、その中でも一番適性があったのが剣だったから剣士になった感じかな」
魔剣を追ううえでも剣の方が対等に戦い易かったらしい。
手当たり次第に試して良かった物を選んだパターン。
「魔法使いは杖を装備するのが相場です」
今のメリッサは杖なしでも魔法をバンバン撃つことができる。が、普通の魔法使いや当時のメリッサは杖を魔法の発動体や魔力の消費を抑える為に使用することで必要としていた。
一般的な観念に基づいて選んだパターンだ。
「私はティアナさんが使っていたから」
「お前はそうだったよな」
今は装備していないが、ティアナさんが持っていた剣も大切にしているらしい。
憧れた人のスタイルを踏襲したパターンだ。
「そういうマルスはどうなの?」
「俺?」
あの時は……
「とりあえず迷宮核から見せてもらったカタログの中からカッコいい物を選ばせてもらった」
個人的に気に入った物を選ばせてもらった。
ちなみにランクを気にしただけでデザインを重視して決めさせてもらった。
「どうする?」
「というか【棒術】のスキルがあるなら棒を使うべきなんじゃ」
とはいえ、スキルで全てが決まる訳ではない。
適性というものがあるのだから自分にあった武器を使っている内に後天的にスキルを手に入れる可能性だってある。
「それに【棒術】はあくまでも棒状の物を使った時の動きをサポートしてくれるものだ」
たとえば俺が持っている剣を棒に見立てて突きを行った場合でも【棒術】を持っていればスキルは発動してくれる。槍を用いた場合には、もっと効率よく動かせるようになるはずだ。
しかし、それだけのスキルだ。
ノエルの手に馴染む武器が他にあるかもしれない。
「じゃあ……これ!」
そう言って手にしたのがガントレットだった。
イリスに手伝ってもらいながら装備する。フィリップさんに教わりながら色々な武器を試していたおかげで装備の仕方ぐらいなら問題なくできる。
きちんと装備されたことが確認できれば準備完了だ。
「で、これからどうするの?」
「私たちで模擬戦でもする?」
「そんな生温い事はしない」
迷宮の奥から足音が聞こえて来る。
これから起こる事を悟ったシルビアが頭を抱えている。
「ゴブリン部隊カモン」
広場に現れたのは10体のゴブリン。
洞窟の中にゴブリンが10体も現れれば窮屈に感じる。しかし、絶対者の命令によって統制が取れているため整列しているおかげで余裕がある。
「1体出てこい」
命令を出すと1体のゴブリンがノエルの前に出て来る。
「全力で戦え。その方が今の自分の実力を理解できるだろう」
「なるほど」
ゴブリンなら負担にはならない。
全力を出すように言ったのはノエルだけではない。ゴブリンも全力で向かって来るので少なからずノエルに危険があるが、眷属になったステータスなら簡単に怪我を負うようなことはないだろう。
「はじめ!」
「ていっ」
合図と共に踏み込んだノエルがゴブリンに向かって拳を突き出す。
小鬼の魔物であるゴブリンが相手ではノエルの方が高い。そのため殴ろうとすると当てる場所は顔面……というよりも頭部になる。
ノエルは自分の力が分かっていなくて全力で殴った。
相手は最弱クラスのゴブリン。
2000を超えるステータスで殴ればゴブリンが耐えられるはずがない。
結果、ゴブリンの頭部が吹き飛んで残っていた場所から血を噴き出しながら後ろへ倒れ込んだ。
仲間だった物が倒れ込んだ光景を見て残っていたゴブリンが怯えている。
「うそ……」
ノエルにも少なくない血が付着している。
いくら相手がゴブリンとはいえ、一般人では全力で殴っても致命傷を与えることはできない。むしろ手間取っている内に倒されてしまう可能性の方が高い。
ところが、ノエルは全力で殴っただけでゴブリンの頭部を吹き飛ばした。
「今の力が分かったか?」
「分かった……」
どんよりした様子のノエル。
体に付着した血が彼女を不快にさせていた。
「殴打はなしかな」
そう言って次はシルビアから濡れタオルを受け取って体に付いた血を拭い去る。
次に選んだのは剣。武器屋で普通に売られているロングソード。
チラッと俺やイリスの姿を見たので自分も使ってみたくなったのだろう。
剣を構えるノエル。
ただし、その構えは素人丸出しの格好で前に突き出して剣を全力で握っているだけだ。その証拠にノエルの足元にポロポロと金属の滓が落ちている。
「次の奴出てこい」
イヤイヤ、と首を横に振るゴブリンたち。
仲間の凄惨な死体を見せられて怯えてしまっている。
「いいから出てこい」
それでも絶対者の命令には逆らうことができず前に出てしまう。
ゴブリンが棍棒を持ち出す。
剣を装備しているノエルに合わせて自分も武器を持ち出した。
「ていっ」
近くへ駆け寄って上から下へと振り下ろしただけの斬撃。
それでも圧倒的な高ステータスというのは強力で、一撃でゴブリンの体が真っ二つに切断されていた。
「無駄に力を入れ過ぎ」
「しょ、しょうがいないでしょ! 剣なんて初めて持ったんだから」
素人感丸出しの構え。
「もう1体出して」
剣を持ったまま次のゴブリンを要望する。
仕方ないので手招きして近付いて来るように言う。
1体のゴブリンが仲間に背を押されて出て来る。
「ていっ」
開始の合図をする前にノエルがゴブリンに剣を突き刺していた。
今後は斬るのではなく、突き。
スキルの補助があったおかげか斬った時よりも無駄な力が抜けた状態で突くことができた。
「……なにか、やっぱり違うかな?」
剣を抜きながら首を傾げるノエル。
ノエルの突きはゴブリンの心臓へと真っ直ぐに突き刺さり、死を知覚する暇もなく倒されていた。
「じゃあ、これにするか?」
今の動きを見る限り素人のノエルはスキルの補助を受けておいた方がよさそうだ。
そうでなければ危なくて一緒に戦うことなどできない。
「槍?」
そこで渡したのが槍。
槍を受け取ったノエルが手の中で槍をクルクルと弄び、最後に突きを放つ。
一点を貫き衝撃波を生み出す。
この動きから槍でも問題がなさそうに思えるが、実際に戦ってもらった方がよさそうだ。
「残った7体のゴブリン全員で襲い掛かれ」
「ちょ……」
もう開始の合図もしない。
3体のゴブリンが生き残る為にノエルへ同時に飛び掛かるが、突き出された槍に正面から襲い掛かろうとしていたゴブリンの脳天が貫かれ、引き戻すついでに振るわれた槍がゴブリンの体を地面に叩き付ける。
その後ろから連携して襲い掛かろうとしていた2体のゴブリンも振り回された槍によって後ろへと吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた先には残っていた2体のゴブリンがおり、受け止めてしまい倒れてしまったところを石突きによって喉を貫かれていた。
……ん?
「こっちの方が使い易いね」
キラキラした表情で槍を振り回すノエル。
だけど、一連の戦闘を見ていて気付いた。
「ねぇ、ノエルの【棒術】って……」
「そうだよな」
アイラも気付いたみたいなので間違いない。
「お前にはこっちだ」
道具箱から別の武器を取り出して渡す。
「これは、棒?」
木で造られた1メートルの細長い棒で、ゴブリンが持つ棍棒とは違って相手を殴り倒す為の武器ではなく、相手を突くことを目的とした武器だ。
「さっきの動きを見る限り、こういう武器の方が合っていると思う」
槍の鋭い刃を以て突き殺すのではなく、一点に集中させた強力な一撃を打つことによって相手を倒す。
スキルのおかげで棒を振り回せるようにはなっているが、やはり本人に技術がないのだから拙くなってしまう。それならば殴打を目的にした武器の方がいい。
受け取った棒で突く。
何かを突いた訳ではないが、さっきよりも威力が上がっているように思える。
「後は、このカタログの中から欲しい物があったら取り寄せるから言え」
「そうね……」
ノエルが選んだ武器はノエルらしいと言えばらしかった。