第6話 冒険者ノエル
「あ、マルス君いらっしゃい!」
冒険者ギルドに入ると担当のルーティさんが俺に気付いた。
初めてアリスターに来た時からよくしてくれた人なので感謝しかないのだが、子供が生まれる最近になっても俺の事を手間の掛かる弟のような扱いをしてくる。
「今日は……」
そんな彼女は、俺が自分の知らない少女を連れている事に気付いた。
「おい、あれって」
「マルスだよな」
「また別の女を連れて来ているよ」
そんな毎回のように異なった女を連れて来ているような言い方をしないで欲しい。
「マルスさん……」
だから、ノエルも訝しんだ目を向けないで欲しい。
単純に依頼を引き受ける為に冒険者ギルドへ来る時は、全員で来る必要がなければリーダーである俺とパーティメンバーの中から誰かを適当に選んでいる。
一緒に行動している女性が違うのは、ローテーションを組んで行動しているだけだ。
「今日は彼女の冒険者登録をお願いしたいんです」
そう言うとルーティさんは溜息を吐いてしまった。
なぜ!?
「いいですか? あなたも、もうすぐ父親になるんですから多数の女性と関係を持つのは控えた方がいいですよ。もしも、生まれて来たのが女の子だった場合には、お父さんの事を嫌う可能性だってありますよ」
説教が始まってしまった。
やってはいるけど、そういうつもりで仲間にした訳ではないので込み入った部分を省いて説明する。
「なるほど。個人的に引き受けた依頼の最中に受け入れざるを得なくなった少女、ですか」
「その通りです」
「分かりました」
既にシルビアという前例がいるので受け入れてくれた。
奴隷でないことはノエルの首を見てくれれば一目瞭然だし、健康的な生活を送っていたことはノエルの体を見てもらえばルーティさんほどの洞察力があれば推測してくれるはずだ。
「くっ……私よりも大きい」
うん、分かってくれたみたいだ。
ノエルの大きさはシルビアよりも気持ち大きいぐらいだった。巫女服を着ていた時は締め付けていたせいなのか想像以上に大きくて昨夜は驚かされた。
ちなみに寝間着姿の時も抑えられていなかったので剣士組二人から睨み付けられていた。
ルーティさんも決して小さい訳ではないし、美人だから出会いさえあればすぐにでも結婚できそうな気がするけど、シルビアがそれとなく話を聞いたところ仕事が忙しくて出会いがないらしい。
「冒険者登録自体は問題ありません。ですが、気になるところがあるのでいくつか質問をして本当に問題がないか確認させてもらいます」
「……はい」
素性に関しては問題があり過ぎるので答えられない部分は答えなくていいと念話で伝える。
「まず、随分と珍しい服装をしていますね」
「あ、これはシルビアが作ってくれた物なんです」
今のノエルは白いブラウスに真っ赤なストレートパンツを履いていた。
巫女服のままで冒険者活動をするのは難しいだろうということでシルビアが特別に用意した手作りの服だった。
シルビアの中にあるノエルのイメージと言えば神に奉納する為の舞を披露している時の姿だったらしく、巫女服をイメージしながら作ってみたところこのような服装になった。
当初の予定では、もう数日は掛かる予定だったのだが、シルビアが新たに手に入れた【迷宮冥途】。家事能力が限界を越えて飛躍的に向上するもので、完成まで数日は掛かるはずの服も数時間で完成させてしまうほどの恩恵を与えてくれる。しかも手作りにも関わらず装備品と同様に防御効果も持っている。
他にも効果があるらしいが、今のところはそれぐらいらしい。
「なるほど。見慣れない服装なので異国の方なのかと思いました」
「いえ、出身はメンフィス王国になります」
それぐらいなら言っても大丈夫だろう。
「家族共々メンフィス王国には居辛くなってしまったので、マルスさんに頼む形になってしまいましたが、一緒にアリスターまで連れて来て貰ったんです」
「そういうことですか。いい事をしましたね、マルス君」
「ええ、まあ」
俺に頼った、というノエル。
その顔は笑顔に満ちており、声が弾んでいたことから信頼されていることが窺える。
当然、ルーティさんにも気付かれている。
「彼が複数の女性を囲っている事についてはどう思いますか?」
「え、それは良くないと思いますけど……」
ノエルの両親は一夫一妻。
元々は貧民だったため近くには夫婦共に協力している家族しかなく、『巫女』になった後で一夫多妻の貴族と触れ合う機会はあったが、嫌われていることもあって簡単な挨拶で済ませるだけで家族と触れ合うことはなかった。
だから、ノエルが理想とするのは貧しくても一緒に協力して生きて来た実の両親の姿。
お互いに思い合って支え合う方がいいように思えた。
「ま、全員納得しているみたいですからいいじゃないですか」
「……あなたは?」
「はい?」
「あなたはどう考えているんですか?」
キッと睨み付けるルーティさん。
「へへっ……」
曖昧な笑い声。
それがノエルの回答だった。
しかし、想いを伝えるにはそれだけで十分だったらしく、聞き耳を立てていたギルド内にいる男性冒険者たちから舌打ちが聞こえて来る。
「では、最後の質問です」
「はい」
「昨夜はどうでした?」
「へ?」
ルーティさんからの質問にキョトンとしてしまう。
しかし、何を尋ねられたのか理解してきたのか顔が徐々に赤くなって行くノエル。
「はい、アウト」
「いや、これは何の質問なんですか?」
「もちろんマルス君の女性関係を確認する為の質問です」
冒険者登録関係ない。
「初めて会った時は家族の為に借金を返そうとする純真な少年だったのに気付けば2年の間に女性を5人も連れて来る始末……お姉さんは悲しいです」
「いや、そういうのはいいので冒険者登録をして下さい」
「いいですよ」
ポンポンと必要な書類を用意していく。
ノエルは書類に名前などの最低限の情報を書いて行くだけ。
「では、登録は終わります」
「本当にあっという間に終わったよ」
「マルス君が一緒に来たので身元は保証されているみたいなものですから信用しています」
過去に罪を犯していた者でも受け入れてもらえるのが冒険者ギルドだ。
さっきの質問がなければもっと早くに終えることもできたはずだ。
「最後にランクですけど……」
「それなら最低でもFランクからでお願いします」
「なぜ? ああ、迷宮に入れるつもりですね」
最低のGランクでは迷宮へ入る為の許可が得られない。
別に今さら冒険者ギルドの許可がなくても自分の庭みたいな物なので自由に出入りできるのだが、万が一にも見つかってしまった時の為に言い訳できるだけの力が必要だった。
Fランクでさえあれば問題ない。
「シルビアさんの例があるので、マルス君が一緒にいるなら問題ないとは思いますけど、しっかりと守ってくださいね」
「もちろんです」
「一応、ステータスの確認をさせてもらえますか?」
本来ならステータスカードに記載されたステータスを確認して最低限の戦闘力があると判断されたならランクをスキップすることができる。
ノエルが自分のステータスカードを渡す。
「これは……本当に普通ですね」
「そうですよ。普通の村娘レベルですからね」
今朝確認したばかりのステータスをそのまま見せる訳にはいかない。
そこで、既に偽装済みのステータスが表記された物を渡した。
「……いいでしょう。明らかに偽装しているみたいですけど、要望がFランク以上という事なのでGランクはスキップできるようにしておきます」
「ど、どうして……」
「別に彼女を荷物持ちとして加える訳ではないでしょう? それなのにAランク冒険者が5人もいるパーティに一般人並み……それどころか一般人よりも低いとさえ思えるステータスにスキルを何も持っていない少女を加える。どれだけ迷宮で鍛えたところであなたたちのパーティについていける訳がありません。考えられるのは既についていけるだけのステータスを持っているか、将来的についていけることが期待できるような特別なスキルを持っていることぐらいです。ですが、そのどちらもありませんでした」
そうなると偽装している可能性が高い。
何もない事で逆に疑われてしまったらしい。
そもそもAランク冒険者が5人も集まっていたことから不審に思われていたらしい。
「こちらが冒険者カードになるので失くさないで下さい」
「ありがとうございます」
「いえ、マルス君は弟みたいな存在なので守ってあげてください」
「はい!」
これでノエルも晴れて自由の象徴である冒険者だ。
とりあえず今日のところは冒険者ギルドでやらなければならない事は済んだので屋敷に帰らせてもらう。
「何か用事でもあるんですか?」
「ええ、ちょっと屋敷でやらないといけない事があるんです」