第5話 迷宮巫女
「大丈夫?」
朝、屋敷のリビングでコーヒーを飲んでのんびりしていると起きて来たアイラがテーブルに突っ伏したままのノエルを見て一言呟いた。
リビングには既にアイラ以外のパーティメンバーが揃っていた。
全員が突っ伏している理由については分かっていた。
「ま、初めてなら疲れても仕方ないでしょ」
特に慰めるような事も言わず自分の席に着く。
座るとすぐに温かい飲み物がシルビアによって渡されるので意識を覚醒させる。
「うぅっ……こんなに大変だなんて知らなかった」
「その辺は慣れかな?」
他のメンバーとは既に1年以上も一緒にいるので依頼がなくて屋敷にいる日の朝はのんびりとした時間が流れる。
「でも、あんなに激しく攻められるとは思っていなかった」
『攻め?』
「おい……」
声を揃えてしまう4人に思わず突っ込まずにはいられない。
「どういう事?」
「マルスさんは慣れているかもしれないけど、わたしは初めてだって分かっているはずなのに休む暇も与えずに攻めて来るの。常人離れしたステータスのおかげで耐えられたけど、全然眠れていなくて……」
「マルス……」
「鬼畜」
アイラとイリスから咎めるような視線が飛んで来る。
俺も申し訳ないとは思いつつも他の4人にはない反応に思わず攻撃的になってしまった。シルビアたちの場合には俺が攻められてしまうからな。
とにかく今の空気は悪い。
「それよりも今日の予定だ」
「そうですね」
本来なら冒険者ギルドにノエルを連れて行って冒険者登録を済ませようかと思っていた。
しかし、テーブルに突っ伏した今の状態を考えると問題かもしれない。
「まだ違和感がある……」
そんな事を言われては俺の責任なので無理をさせる訳にはいかない。
「とりあえず冒険者登録だけ済ませてしまいましょう。さすがに身分証がないのは何かあった時に困ります」
身分証なども置いて来てしまったので今のノエルは誰かが保証人にならなければ街から出ることすらできない。
アリスターへ戻った時には俺が保証人になった。
Aランク冒険者なら保証人になる事も可能らしい。もちろん保証した者が問題を起こした場合には責任は俺が持つことになっている。
「冒険者になるノエルはギルドでいい、バルトさんたちについては仕事が決まってから役所で申請するみたいだから任せよう」
今日のところは依頼を受ける必要もないだろう。
「そもそも最初の内はレベル上げと戦闘に慣れる為に迷宮を順々に潜って行くことになるからな」
「そうなの?」
やる事はシルビアをパーティに加えた時と同じだ。
迷宮は上層から下層へ向かうに従って出現する魔物が強くなって行くようになっている。
初心者が自分の実力を試しながら進んで行くのにちょうどいい。
後は余程の事がなければ負けないだけのステータスを得たが、それを活かせるだけの技術を身に着けてもらわなければ困る。
「今のお前はステータスだけなら超一流の冒険者を超えるぐらいあるんだから、活かす方法を見つけると同時に手加減ができるようになってもらわないと困る」
「なるほど」
実際、手加減を間違えてしまえば大惨事になる可能性だってある。
最低でも1カ月は迷宮で鍛錬を行うことになる。
「それにしても凄いスキルを獲得しているわね」
【反魂】の影響によってレベルとステータスを最低まで落としてしまったノエルだったが、同時にスキルも全て失っている。
そのため眷属となったことで得られるスキルに期待していた。
昨日の昼間に眷属となった時にはスキルを獲得していなかったが、今は確認してみると複数のスキルを獲得していた。
主と眷属の間にある繋がりが深くなったからか。
それともレベルが上昇した事が原因なのか。
「っていうかレベル上がり過ぎじゃない?」
「昨日の夜までは3でしたよね。けど、今見てみると10まで上がっていますよ」
たった一晩の間にレベルが7も上がっている。
原因は考えるまでもない。
「どれだけ激しくやっているのよ……」
「その件は置いておいて、とりあえずステータスを確認してみよう」
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名前:ノエル
年齢:17歳
職業:迷宮眷属 迷宮巫女
性別:女
レベル:10
体力:1811(315)
筋力:2043(360)
敏捷:1347(225)
魔力:2005(135)
スキル:棒術 神託 未来視 舞踊 天候操作 絶対感知 ティシュア神の加護
適正魔法:土 光 迷宮魔法 迷宮同調
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まず表に出せないようなステータス。
これは最初から予想できた事なので問題ない。
予想外だったのは、ノエルが得たスキルだ。
「これ、絶対女神様が何かしたよな」
「――私は何もしていませんよ」
「ビックリした!」
いつの間にか空いていた席に座っていた女神様。
メンフィス王国にいるはずの女神様がどうやってここまで来たのかは分からない。
「ティシュア様」
「息災みたいで何よりです」
ノエルの隣に立って頭を撫でる。
その姿は母子のようにしか見えない。
「ですが、昨晩のような事は看過できません。今後は気を付けるように」
「え――」
その言葉は何をしていたのか理解しているようだった。
「私が見られたのは途中からですが、スキルとして私の加護を獲得してくれたおかげで再び私とノエルの間に繋がりができました。おかげで、こうして長距離を転移することも可能になり、ノエルの体験している出来事を見聞きすることもできるようになりました」
つまり、ノエル限定で覗き放題。
スキルを獲得して以降に行っていた事は全て知られているみたいだ。
「ごめんなさい!」
思わず謝らずにはいられない。
「なぜ、謝るのですか?」
「だって――」
「この子が拒否して泣いていたのならば謝罪も受け入れますが、口や表情では嫌だ、困ると言いつつも心の奥底では――」
「何を言っているんですか!?」
あまり聞かない方がいい内容に思えたので途中から耳を塞がせてもらった。
とりあえず保護者の一人から許可が貰えたみたいなのでよかった。
「ええと、スキルにある【ティシュア神の加護】というのは……」
「私が大地母神としての顔も持ち合わせていた影響でしょうか。魔力を与えることで植物を急成長させることが可能になるみたいですし、土地を豊かにして、豊作にすることも可能みたいです」
「それって……」
ノエルが豊作祈願の舞で行おうとしていた事だ。
他にも女神様が行えていた事、ノエルが『巫女』として行えていた事が一部だけだが可能になるみたいだ。
「それを言うなら【神託】や【舞踊】も巫女としてのスキルじゃないですか?」
名前を聞く限り【ティシュア神の加護】に含めてもおかしくない。
「全然違いますよ」
改めてスキルの詳細を確認させてもらう。
【神託】――迷宮主の危機を事前に察知するスキル。
【舞踊】――舞うことによって絶対的な回避能力を得る。
「こうなるのか。【神託】は俺限定の危機察知能力。【舞踊】に至っては戦闘系スキルじゃねぇか」
とても多くの人の願いを祈りと舞によって神に届ける『巫女』のスキルとは言えない。
「そもそも今のノエルは女神ティシュアに仕える『巫女』ではありません。敢えて言うなら『迷宮巫女』です」
それなら職業欄にもあった。
「おそらく眷属になったことで私に仕える『巫女』ではなく、迷宮主に仕える『巫女』になったことが原因なのでしょう」
せっかく『巫女』から解放されたというのにノエルは未だに『巫女』から囚われたままだ。
申し訳なく思いながらノエルを見てみると……笑っていた。
「迷宮巫女――主に仕える巫女。なんだか繋がりが強くなった気がする」
微笑んでいるノエル。
本人が納得しているなら問題ないだろう。
「いいな。イリスみたいな特殊職業。あたしも欲しい」
「そう言われても……」
条件が分からないので欲しいというアイラに何も言えない。
その様子を満足気に見ているシルビア。
……『迷宮冥途』とかいうのが増えているよ。