第4話 歓迎会
「では、新しい住人の歓迎を祝して――」
「――乾杯」
戻って来たその日の夜。
ノエルと家族の歓迎を祝したパーティが開かれていた。
参加者は、普段から屋敷にいる人たち。それから事情を話してメリッサの家族も合流していた。
「遠慮せずに食べて下さいね」
母とオリビアさんが中心になって料理を用意してくれていた。
帰った時にはいなかった二人だが、事前に下準備だけ済ませておいて食材の買い出しに行っていたらしい。準備にはシルビアも加わってくれたので、あっという間に終えることができた。
「ありがとうございます」
予想以上の歓待に涙を流している。
テーブルの上にはいくつもの料理が並べられており、時間と手間が掛けられていることが伺える。
聞けばノエルの家族バルトさんとノンさんは田舎にいた頃とは比べ物にならないぐらいに豊かな生活は送っていたものの余裕のある生活という訳でもなくノエルの対価に貰った大金があっても物価の高い王都の生活に付いて行くのが精一杯だった。
だから、こんな風に贅沢をしたこともない。
「はい、ノキア」
「あ~ん」
細長くカットした芋を揚げた料理をノキアちゃんの口に運んであげているノエル。
『巫女』から解放された日からノキアちゃんに対する態度はずっとこんな調子で可能な限り甘やかしている。新しくできた妹が本当に可愛くて仕方ないらしく、ノキアちゃんも両親の他に甘えられる相手が嬉しいみたいだ。
「美味しい?」
「おいしい、よ」
笑顔になるノキアちゃん。
「きゃっ」
小さな女の子を後ろから抱きしめる存在がいた。
「かわいい、です」
抱きしめていたのはシルビアの妹であるリアーナちゃん。
ノエルの妹ということはリアーナちゃんにとっても妹に当たり、リアーナちゃんにとっては初めてできた妹ということになる。クリスたち三姉妹の中に序列がある訳ではないが、誕生日や身長を考慮して話し合った結果クリスを長女とした構成になっており、リアーナちゃんが末妹のように扱われていた。
そのためリアーナちゃんにとっては初めての妹になる。
ちなみにエルマーは弟なので考慮しない。
「えっと……」
「美味しい?」
「はい!」
「そのお菓子はわたしが作った物なの」
えっへん、といった感じで胸を張るリアーナちゃん。
「わあ、凄いです」
キラキラとした目を向けられて思わず頬が綻んでいる。
最近では家事万能になりつつある姉に憧れて母親たちの手伝いを率先して行っている。そのおかげで順調に家事能力を上昇させており、今日も芋を揚げるところ以外はリアーナちゃんの手による物だったらしい。
「あっちにも一杯美味しい物があるから行こう」
子供たち向けの料理は端の方にある。
「うん!」
ノエルから離れて行くノキアちゃん。
自分から離れて行く妹の姿を見て少し寂しそうにしているノエルがいた。
「これぐらいで寂しそうにしてどうする?」
「でも……」
同じ部屋の中――少し移動すれば触れ合うことのできる距離。
その程度でも寂しそうにしている。
「マルスさん」
ノエルと一緒にいると後ろから肩を叩かれた。
振り向いて確認しなくても気配で誰がいるのかは分かっている。
「お久しぶりです、ガエリオさん」
背後に立っていたのはメリッサの父親であるガエリオさん。
ガエリオさんは俺とノエルの姿を確認すると複雑そうな笑みを浮かべた。
「……その娘も迎え入れるつもりですか?」
「そのつもりです」
眷属にしてしまった以上、一緒に居たいと言っているノエルを手放してしまうのは無責任だと考えている。
もう後戻りはできない。
けれども俺の事情はガエリオさんには関係ない。
「正直言って貴族だったから正妻以外の女性を囲う事に対して多少の理解はある。だが、真面目な君の事だからこれ以上は人数を増やすことはない、と思っていたんだ」
今までだって自分の娘が選んだ相手に娘以外の女性が3人もいたのだ。
そのうえ、さらにもう一人増やすとなると父親としては受け入れ難い。
イリスを紹介した時でさえ、あまりいい顔はされなかった。
まだ生まれていないけど、アイラとの間に生まれてくれた子供が女の子だった場合、その娘が将来連れて来た相手が俺のように複数の女性を囲っていた場合には確実に反対しているはずだ。
ガエリオさんの怒っている気持ちが分かるだけに反論できない。
「私の娘が転がり込んで申し訳ございません」
「貴方の責任ではないですよ」
「いいえ、親である私が娘の傍にいることができればこのような事態にはなっていなかったはずです」
バルトさんの口から語られる娘を手放すことになった経緯。
彼ら家族のこれまでを聞いて共感してしまうところがあったらしく、目頭を押さえて涙を堪えていた。
「私も理由は違いますが、幼少期に娘と一緒にいられなかった父親です。こんな私ですので父親失格なのでしょう。娘は大人顔負けの知性を活かして保護してくれた人がいるとはいえ、家族の助けなく生きて来ました。だから、私は一緒にいられる今は娘の選択を尊重して行きたいと考えているのです」
「私も同じです。娘が今の状況でも幸せになれると言うなら尊重するだけです」
お互いにグラスを打ち付け合って談笑するガエリオさんとバルトさん。
義理の父親に当たる人物はこの二人しかいないので、この二人が仲良くしてくれて賛同してくれている内は問題がなさそうだ。
☆ ☆ ☆
歓迎会がお開きとなったのは日付が変わろうかという時間。
子供たちは大分前に眠っており、アイラとアリアンナさんも体を気遣って早目に眠っている。
俺も酒を飲んで眠くなっていたので歓迎会が終われば寝ようと思って自室へと引き籠っていた。
――コンコン。
「はい?」
ノックの音に眠りかけていた意識が浮上する。
「失礼します……」
入って来たのはノエルだった。
昼間の内に敬語を止めるように言っていたにも関わらず、緊張した面持ちのせいか敬語になっていた。
「シルビアから借りたのか?」
「は、はい! そうです」
部屋に入って来たノエルの装いは寝間着だった。
何度かシルビアが着ているところを見た事がある。
儀式の最中に抜け出してきたノエルは、事前に俺たちへ預けていた最低限の荷物しか持ち帰ることができなかった。全ての私物を持ち帰ることもできなくはなかったが、明らかに持ち去られていると知られてしまうとノエルが生きている可能性を疑われてしまうかもしれなかった。
そのため服は何着か持ち込んだだけで寝間着まで持ち帰る余裕はなかった。
シルビアとノエルの二人は体型も似ているので服の貸し借りも問題なくできるみたいだった。
「それで、どうした?」
風呂にも入って来たらしく薄い服を着ているだけのノエルは妙に艶やかだった。
「……例の条件を満たしに来た」
「それが、どういう事なのか理解しているよな?」
「もちろん。まだ、みんなみたいに大切な男性だって思えていないところはあるけど、大切な友達だっていう気持ちはある。孤独だったわたしに友達を与えてくれたマルスに恩返しをしたい気持ちもある」
「けど――」とたっぷりと言葉を選んでから続けた。
「決め手にはなったのはみんなのマルスに対する態度かな。歓迎会の間、マルスについて色々と聞いてみたんだけど、4人ともマルスの事を心の底から信頼しているみたいだった。アイラなんて子供が生まれて来るのを本気で喜んでいたし、相手がマルスで良かったって言っていた」
「そうか」
そういった話は恥ずかしくてした事がなかった。
「だから、わたしもマルスの事なら信頼できる気がするの。と言うよりも信頼したいのかな?」
「分かった」
階下の部屋にはノエルの両親もいるけど、同居人の事も考えて俺の部屋は防音設備を強化しているので伝わるようなこともないだろう。