第40話 メンフィス王国の貴族
王城を後にすると昨日の儀式の後で女神様と合流した森の中へ戻る。
「おかえりなさい」
戻って来るといつものようにシルビアが迎えてくれる。
作業中ではあったが、最低限の安全だけを確保して俺の世話をすぐに行う。脱いだコートを預けて近くの木に立て掛ける。
「どうでしたか?」
「ダメだな。崩壊一歩手前だった」
民衆に女神様の伝言が信じて貰えなかった事を全員に伝える。
今日は王都の近くにある森の中で野営をしてから行動を起こしていた。
ノエルと一緒に王都を離れる決意をした家族だったが、王都にある家には家財道具など想い出の詰まった物が残されたままになっている。それに近所や付き合いのある人、仕事先の人など挨拶をしなければならない人はたくさんいた。
そこで道具箱を使えるイリスが家族と一緒に行って引っ越しの手伝いをし、補佐にメリッサが同行していた。
引っ越し、と聞いて仲の良い友達と離れ離れにならないといけないと知ったノエルの妹――ノキアちゃんがごねたりするような事件があった。
けど、両親の説得……というよりも『巫女』だったノエルが自分の本当の姉だと知らされて……
「わたし、お姉ちゃんがいたの?」
「今まで黙っていてごめんなさい」
母親がどうにか諭している。
ノキアちゃんの先には屈んで手を広げているノエルがいた。
「今さら姉みたいな真似ができるのか不安だけど、よろしくね」
「うん」
憧れていた人と一緒になれると知ってどうにか機嫌を直してくれた。
先ほどまでシルビアは野営場所でノエルに食事の用意など必要な事を色々と教えていた。
その様子を聖女組は微笑ましく見ていた。
今後、本気で冒険者としてやって行くなら必要な知識だ。
「どうして、人々は神の言葉を信じてくれないのでしょうか?」
現在の状況を聞いてノエルが首を傾げている。
「今まで神の言葉を都合よく利用して来た貴族が多くいた。王族も貴族を取り締まるのはマズいと考えて黙認しているところがあった。そのツケが今になって巡って来たんだな」
本当なら真っ先に国が取り締まらなければならなかった。
神の言葉を民衆に届ける役目は本来ならば『巫女』だけが背負うべき責務だった。
「この国の貴族は他の貴族よりも権力に執着しているところがありますからね」
「そうなんですか?」
女神様から語られる貴族の性質がノエルには理解できなかった。
ノエルも『巫女』という立場から貴族と接する機会が多かったが、相手の方が平民相手ということで侮っていたため貴族同士のゴタゴタを目にする機会がなかった。
「メンフィス王国は元々迫害されていた獣人が寄り集まって出来上がった国でした。最初は全員が一丸となって生活していました。ですが、様々なトラブルに直面するうえでリーダーと言いますか纏め役のような人が必要とされて行きました」
それがメンフィス王国貴族の始まり。
最初はリーダーのような小さな役割だった。
しかし、多くの人が集まり、国が形成されるまでになるとリーダーという器では済まされなくなり、貴族として人々を纏めるようになる。
その中でも活躍したのが現在の王家の先祖だった。
「彼らが迫害されて全員が協力しなければならない頃の気持ちを持って人々を纏め上げていれば良かったのですが、貴族となった獣人たちは権力に溺れてしまいました」
迫害されていただけに自分が人々を支配するのは非常に気分が良かった。
まるで酒のように気分を良くして行った貴族たちは、もっと多くの権力を求めるようになって行った。
「私が人として生きていた時代でさえ酷いものでした」
その頃には既に手遅れだった。
貴族にとって平民とは搾取する対象でしかなく、いかに他の貴族連中を出し抜くのか、そして配下に収めるにはどうすればいいのか。
そんな事ばかりを考えていた。
「あれから1000年以上も経っているのに、この国の性質は変わらない」
「なんだか聞いていた話と違うような……」
俺が聞いたメンフィス王国の噂は、迫害されていた獣人が寄り集まって作られた国。そのため一致団結して朗らかな人が多い。
「ええ、外から見た場合には朗らかな者が多いのでしょう。ですが、それは表面しか見ていません。おそらく外から来た人たちが見ているのは笑っている獣人の姿だけです」
その、どこが間違っているというのか。
笑っていられるという事は少なくとも不幸だとは思っていないはずだ。
「その辺りは私の方から説明しましょう」
「お父さん!」
荷物の整理を終えたノエルの家族が戻って来た。
家財道具など本来なら重過ぎて持ち出すことができない物も道具箱の中に入れてしまえば問題ない。
「ノエルは田舎にいた頃の生活を覚えているか?」
「あんまり……」
「そうか、幼くて覚えていないというよりは思い出したくない過去なのかもしれないな」
「そうなの?」
「この国は地方に行けば行くほど貧富の差が激しくなるんだ」
王都は様々な物が集まる。
地方を治める領主は王都へ行きたいと願うようになる。
王都が無理でもせめて都市へ行きたいと願う。
少しでも裕福な生活がしたい。
しかも身の丈に合わない願望を抱いてしまい、しわ寄せは全て田舎にいる領民へと向く。
「田舎での生活は本当にギリギリで自分たちと子供を一人養うだけで精一杯だった。私たちの稼ぎは全て貴族たちが浪費する為に使われていた。王都に行けば平民もそれなりの生活を約束されていて、笑い合っている事ができた。外国から来るような人たちは獣人が多いせいで田舎は野蛮だと勘違いしているようだから観るとしたら王都ぐらいだ」
「なるほど」
王都ぐらいしか参考にしない噂だったため間違った情報として伝わってしまっていた。
実際は、搾取に耐える獣人の方が多かった。
耐えていた人たちもこのままではいけないと思いつつも反攻できるだけの力を付けることができずに果てしない時間を過ごしてしまった。
「まったく嘆かわしい事です」
虐げられる方からは純粋に心の拠り所として信仰の対象になっていた。
虐げていた方からは、自らの権力を増大させる為に利用されていた。
そんな立場にいた女神様はうんざりしていた。
「そもそも『巫女』の補佐をする巫女だって貴族たちが勝手に名乗らせた事で、彼女たちに私の言葉を聞くような能力はありません」
「え、全部嘘だったんですか?」
「全部ではありませんが、私の声が聞こえたのは1割ぐらいですね。たまにではありましたけど、私との親和性が高くなる時がある者がいました」
後は本当に自分たちにとって都合のいい言葉で語られた言葉だった。
中には1度も神の声が本当に聞こえたことがないにも関わらず何度も神託を伝えていた巫女までいたらしい。
「本当の意味で私の声を全て聞くことができていたのは『巫女』だけですね」
そのため『巫女』は神聖視されなければならなかった。
しかし、得られた力にばかり固執していた貴族は自分こそが特別だと思い込むようになっていた。
「貴女は、そういう意味で特別になってはいけませんよ」
「は、はい!」
ノエルに言い聞かせる女神様。
「なあ、本当に俺たちの仲間になるつもりか?」
「ダメ?」
「ダメっていうか……」
何度も話し合った問題。
迷宮について隠す必要がないのでパーティ加入条件は伝えている。
「俺たちの冒険に付いて来るには俺たちの秘密について知っている必要がある」
一緒に冒険するのに隠し事などできるはずがない。
だから迷宮魔法やスキルについて教えられる相手でなければならないといけない。
「それにステータスも必要になるから眷属でないと難しい」
今回のように神獣を単独で倒す必要があるかもしれない。
そんな事が可能なステータスを手に入れる方法は『眷属になる』ぐらいしかない。
「ま、まあ方法については知っているから問題ないです」
「おいおい……」
顔を真っ赤にしながら答えるノエル。
このままだと今までの経験から受け入れてしまうしかなさそうなので最大の難問を与える。
「……せめて、両親の許可を貰ってからにしろ」
「そんな!」
少女にとってどれだけ難しい課題なのか。
落ち着いてから眷属にするつもりだったので時間はまだある。




