第38話 反魂
『巫女』のスキル。
舞を奉納することで神気を生み出したり、神の言葉を聞いて災害などの出来事を予知したり……他にもいくつかあるらしいが、今回ノエルが使用したのは最期に与えられるスキル――反魂。
「反魂のスキルを使用すると死した状態から生き返る事が可能になります」
「え……」
つまり、ノエルは生きていた訳ではなく生き返った。
そんな事を言われれば親として言葉を失わずにはいられない。
「そんなスキルを持っているなんて今まで聞いた事がありません」
「それは、今までの『巫女』が反魂を使わなかったからです」
反魂習得の為には特別な条件が必要だった。
それは――神から死期を告げられる。しかし、この条件を満たすのは厳しい。神と言えど全ての人間の死期を知る事ができる訳ではなく、女神様と親和性が非常に高い『巫女』だからこそ知る事ができた。ただし、知る事ができる時期は最大でも1カ月前に限定される。
全ての『巫女』が死期を告げられていたのは、世代交代の為などではなくスキルによって人生のやり直しを提案する為だった。
だが、これまでの『巫女』は誰もスキルを使用しなかった。
「本当に馬鹿な娘たちばかりです。私への祈りに人生を賭すような真似をしていたのですからやり直す権利があるはずなのに『満足した』という理由だけでスキルの使用を拒んでいました」
大変な使命ではあったもののやりがいはあった。
そのため、やり直しを拒んでいた。
「何よりノエルも最初は拒んでいました」
ノエルも神託によって死期が告げられた段階で反魂の詳細について教えられた。
それでも、それが自分の運命なのだとしたら……と死を受け入れていたノエルは友達にだけは自分が死ぬ運命にある事を伝えようとミシュリナさんに手紙を出すことにした。
「本当に、水臭い友達です」
「ごめんなさい」
最初はスキルを使うつもりがなかったノエル。
しかし、今はスキルを使ったからこそ生きている。
「お父さんとお母さんにも心配を掛けてごめんなさい」
「それはいいんだ。でも、どうして使うつもりになったんだ?」
「それは――」
ノエルが俺たちの方を向く。
「――わたしの死を本気で悲しんでくれる友達に新しく5人も出会えたから」
女性陣――特にシルビアと親しくなって行く内にノエルは死が怖くなった。
不安を紛らわせようと聞いていた冒険者としての活動だったが、迷宮の力を借りて色々な所へ行って活躍する。
そんな冒険譚にノエルは憧れてしまった。
「そんな話を聞いていたら、わたしも冒険者になってみたいって思ったの。だから今後は同じパーティでわたしも活躍しようと思うの」
【反魂】の詳細説明と一緒にパーティに加えてもらえる提案があった。
こちらとしては約束があったので受け入れるしかなかった。
「それと祭りの時にお父さんとお母さんの顔を見ちゃったからかな」
祭りの中で見つけた両親。
ノエルの中で死に対する恐怖が一気に膨れ上がってしまった。
「あそこにいたのか……」
「うん。みんなに護衛してもらってね」
昨日の夜になってノエルから【反魂】というスキルがある事を教えられた。
「私の死の原因が私の不注意によるようなものだったら死を受け入れて【反魂】を使うつもりはなかった。けど、誰かの悪意によって陥れられた場合には死を偽装したうえで自由に生きてみようかな、って思ったの」
『巫女』は一度任命されてしまえば死ぬまで辞める事はできない。
ノエルが自由に生きる為には『巫女』という立場は重荷以外の何物でもない。
そういう意味でも一度は死を受け入れる必要があった。
「結局、色々とあったせいで【反魂】を使う事になっちゃった」
信じられないのはノエルがずっと起き上がらずにさっきまで死んだふりをしていた事だ。
俺に回収されなければあの場に残されていたかもしれない。
まあ、おかげでノエルの死をこの場にいる者以外では不審に思っていない。
「一度は、お前の事を捨ててしまった私たちを許してくれるか?」
「当然、だよ」
父親が両手を広げて娘を迎えようとする。
感動的な場面なので空気を読んで後退する。
「わわっ!」
ただし、思ったように事は運ばない。
――ドバダン!
派手な音を立ててノエルが思いっ切り転げた。
「大丈夫か?」
見ていただけでさえ凄く痛そうだった。
それぐらい思いっ切り顔から地面に突っ込んでしまった。
「痛い……」
目に涙を浮かべて痛がるノエル。
その姿は我慢している子供のようだったが、大人としての矜持が泣き出すのを堪えさせていた。
父親がノエルを助け起こしている。
「一体……?」
「これが【反魂】のデメリット――レベルとステータスの低下。そして、ノエルを彼らに託そうと思った理由になります」
今のノエルは舞を奉納した時の巫女服のままだ。
舞に不要となるステータスカードのような物は俺が預かっておいた。舞が終わった後では逃げるようにメンフィス王国を去る必要があったので、どうしても必要な物だけは事前に預かっておいた。
ノエルが自分のステータスカードに魔力を流して今のステータスを表示させる。
「これは……!」
今のノエルはレベルが【1】になっていて、全てのステータス数値が【10】になっている。子供並のステータスしかない。
別れる前よりも低くなっているステータスに両親が驚いている。
急激に低下したステータスのせいで感覚と体が一致していない。
おまけに体力値が低下しているので転んだだけの傷でさえ凄く痛く感じてしまう。
「今のノエルには一刻も早いレベルアップが必要です。詳しい事情は貴方たちでも話せませんが、彼らならかなり速いペースでのレベルアップが可能です」
迷宮に一カ月も籠れば最低限のレベルアップは可能だ。
この際だから迷宮の力をフルに使わせてもらうつもりだ。
「これが現在のノエルの現状です」
「はい」
「貴方たち家族はこれからどうしますか?」
「どう、とは?」
ノエルは生きていた。
これからは自由に生きると言っている。
しかも、俺たちのパーティに加入すると言っている。そうなるとノエルもアリスターまで着いて来る必要がある。
普通の家族としてノエルと過ごすと言った両親。
「ええ、どこまでもついて行きます」
両親の決心は固いようで家族共々アリスターへ移住する事が決まった……妹だけは幼い為によく分かっていないみたいだった。
女神様は両親の決断に満足だった。
「ありがとうございます。これからメンフィス王国は確実に荒れることになります。そんな場所に貴方たち家族を置いておくのは忍びなかったのです」
「あの……」
これまで死んだふりをしていたせいで女神様の言葉に反論できなかったノエルが手を上げる。
「さすがに一般人にまで被害が出てしまうのは可哀想ではありませんか? 人々の中にはきちんとティシュア様の信仰してくれていて、わたしの味方になっていてくれた人がいたはずです」
力なくて味方であると伝えることができなかった人々。
色々と辛い目に遭って来たノエルだったけど、そんな人たちまで苦しませてしまうのは本意ではなかった。
まして自分と自分の家族だけが助かる状況なんて。
「安心して下さい。私だって罪ない人たちまで苦しませてしまうのは本意ではありません」
安心させる為に優しく語り掛ける。
「私はメンフィス王国に残って最低限の調整を今後も続けて行きます。それに神獣を召喚した首謀者にも罪を償ったと私が判断した時には生命力の徴収を私の方から止めるつもりでいます。まあ、少なくとも数十年は止めるつもりはありませんけどね」
「そんな……ティシュア様だって自由になったんだから一緒に……!」
「偶像であっただけとはいえ、女神である私が現世へ来る為には特殊な条件が必要でした」
神の降臨についてはシナリオに全くなかった。
「私の代理人が現世からいなくなった瞬間。貴女の死、という因果を起爆剤にして神罰を与える為に降臨が許されます。ですが、降臨には【反魂】と同じようにデメリットが存在します。私が作り出した異空間へと戻ることができなくなり、神として受けていた恩恵がなくなっています」
悲しそうに自分の手を見つめる女神様。
女神様の場合、生命奪取は彼女が元々持っていたスキルだから神になる前の状態でも使用できる。ただし、神になってから得た神像に祈りを集めての生命力への変換ができなくなっている。
とはいえ、女神としての経験があるおかげで自分を中心に広範囲の生命力の吸収はできるようになっているらしい。
「そもそも、今のような状況になってしまっては私が何かをしたところで何の意味もありません」
「それは、どういう意味ですか?」
「数日中に結果は出るでしょう。いえ、私が少し動くだけでも私の言葉の意味が分かりますよ」
次回、その後の王国の様子をエピローグにして19章は終わりになります。
30話ぐらいで終わると思っていたんだけど、予定以上に描いてしまいました。