第16話 別れ
アリスターの街へと戻って来ると、魔物を警戒していた騎士や冒険者から笑顔で迎え入れられた。
彼らは、いつ魔物が襲来しても対処できるように南門で常に待機していた。だが、見えたのはゆっくりとした速度で走る馬車だけ。先行した1人の騎士が事情を説明すると、瞬く間に街中へと話が伝わり、喜びに包まれた。
街中へと話が伝わる中で、迷宮操作で造り出した大穴が元々造っておいた巨大な落とし穴の罠に、群れを統率していたボスには苦戦しながらも勝利した、などという話が変わっていたおかげで俺の力が必要以上に注目されるようなことにはならなかった。
さすがに1人で真正面から戦って勝てると思えるような数ではなかったため、噂は自然とそのような方向へと収束していった。
「では、我々は彼らを連行します」
「お願いします」
そんな喜び沸き立つ中で、顔を俯かせて縄で拘束された村長たちの姿は非常に目立っており、事情を知っている俺からすれば憐れだった。
兄も含めた騎士たちに領主の館へと連れられて行く。
その姿を見て少しばかりすっきりした。
それからルーティさんも冒険者ギルドへ報告に行くということになったので、街に入ったところで別れる。
久しぶりに我が家へと帰ると、母と妹の2人がそわそわとし始めた。
2人がそわそわしている理由については分かっている。馬車の中では、他に人もいたので聞くことができなかったが、俺たちだけになると聞きたくて仕方ないのだろう。
「2人とも、俺があんな力を使えた理由については、兄さんが戻って来てから説明するからそれまで待ってくれるかな」
「分かりました」
おそらく兄も聞きたいと思っているだろうから一緒に話した方がいいだろう。
夜まで待つとようやく兄も帰って来た。
すぐに話を始めたりせず、4人で母が作ってくれた夕食を食べて、少しまったりして落ち着いてから話を始める。
「まず、俺があれだけいた魔物を一掃できる力を持っていた理由だけど、冒険者になった初日に迷宮から帰って来なかったことを覚えてる?」
「もちろんだ。母さんとクリスなんて、かなり取り乱して冒険者ギルドにまで押し掛けたぐらいなんだから」
「実は、その時に……迷宮主になったんだ」
「は?」
訳が分からず兄が固まってしまった。
まあ、俺も話をしている相手が突然、迷宮主になりましたなんて言い出したら相手の正気を疑ってしまう。
だが、これを信じてもらわないと話が進まない。
「論より証拠。これが今のステータスだ」
ステータスカードをテーブルの上に置いて3人に見せるように置いた。
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名前:マルス
年齢:15歳
職業:迷宮主 冒険者
性別:男
レベル:114
体力:12300
筋力:14000
俊敏:13300
魔力:16500
スキル:迷宮操作 迷宮適応 迷宮創造
適性魔法:迷宮魔法 迷宮同調 土
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さすがに魔物1000体の討伐はやり過ぎだったのか、いつの間にかレベルが上がっていた。
ま、迷宮主になったばかりのステータスを知らない3人からすれば1万を超えているステータスを見るだけで驚いていた。さらに、ステータス値だけでなく、見たことも聞いたこともないスキルと魔法が並んでいる。
「これは、本物なのか?」
「もちろん。偽装もしていません」
「偽装?」
あ、そっちも説明しないといけないのか。
「普段は、人に見せても問題がないように魔法でステータスを抑えた状態の数値を表示させているんです」
最初は、1万を減らせば問題ないと考えていたけど、迷宮主になってからの魔力の上昇量がどんどん異常になっていく。
「こんな数値、神話や伝説に出てくるような英雄のレベルだぞ」
そうなのか、自分のステータスに関してはそこまで詳しく考えないようにしていたから知らなかったな。
「とにかく迷宮主になったことで異常なほどステータスが上昇してしまって、さらに迷宮主だけが使えるスキルや魔法も手に入った結果、今朝見せたようなことができるようになったというわけです」
「そうなのですね……」
「ま、これで俺が魔物を倒せた理由については、知ってもらえたと思う」
3人とも微妙な表情になりながら納得してくれた。
力を見せて迷宮主になったことを知らせたのは3人に渡さなければならない物があるからだ。
『迷宮魔法:道具箱』
足元に道具箱を出現させる。
「これが、迷宮主だけが使える魔法の1つ」
「村でもモーニングスターを取り出したり、家まで収納していたりしていたな」
道具箱の持つ収納能力に兄は頬を引き攣らせていた。
おそらく無限に収納できると思っているのだろうが、道具箱は迷宮主の魔力の最大量に比例して収納容量と収納できる大きさが大きくなっていく。もっとも、今の俺なら家の出し入れなど簡単にできる。
収納リングと同じ要領で魔法を使用すると、一瞬の内に椅子が俺の手に握られる。
「その椅子は……」
母が取り出された椅子に気付いた。
村にあった家で使っていた椅子で、家族全員が同じような椅子を使っていたが、使う人によって差が出てくるのか、誰の椅子なのか慣れれば分かるようになっていた。
「そう、父さんの使っていた椅子だ」
父の使っていた椅子を父の指定席だったテーブルの奥に置く。
その上に紫色に輝く球体――死魂の宝珠を置く。
「少しだけ別れの時間を用意させてもらったから、挨拶を済ませてくれ」
魔力を流して死魂の宝珠を起動させる。
すると、死魂の宝珠に封じられていた魔力が外へと流れ、人の形を取る。
人の形をした魔力は、父の使用していた椅子に慣れた様子で座って、その様子を涙ぐみながら見ている母や妹の姿を視界に捉えると、すぐに笑顔になる。
『随分と久しぶりだな』
椅子に座った父がいつもの見慣れた姿で片手を上げる。
「これは……?」
「死魂の宝珠――死体に残された魔力を吸収して、死者の姿だけでなく、人格や記憶まで再現する最高レベルの魔法道具です。時間制限があって、使い捨てになってしまう物ですが、希少なだけに効果は折り紙付きです」
『そういうことらしい。俺は、お前たちの知っているクライスから再現された存在でしかないが、本人に代わって最後に話をしたいと思う』
いつもと変わらない、生前と同じような姿に思わず本人ではないかと思ってしまう。
しかし、本物の父は死体となって、道具箱の中に収納されている。目の前にいる父は、間違いなく再現された存在だ。
「あなた……」
『お前には、最後まで連れ添おうって約束したのに、1人残してしまって申し訳ないことをした』
「そんなことは……」
『それに、これからお前には苦労を掛ける。子供たちが立派に成長する姿を見守ってから俺の所に来てくれ。少なくともクリスが嫁に行くまでは俺の所に来るなよ』
「分かりました」
父の言葉を受けて母は毅然とした態度になった。
『クリス』
「はい。お父様」
『お前は、俺の娘だと思えないほどできた娘だ。将来をどうするつもりなのか……これからゆっくりと考えて、お前はお前の人生を歩むといい』
「少なくとも嫁には行って孫を見せてからお母様を安心させたいと思います」
『やっぱり、お前はできた娘だよ』
妹の言葉を受けて父が笑顔になり、妹も笑顔になる。
「父さんは、本当に死んだんだよな」
『ああ』
こうして話していると本当は生きているような気がしてくる。
死魂の宝珠を使った俺にはしっかりと偽物だと認識できているが、兄には本当に生きている父と話をしているような感覚になるのだろう。
「俺は、どうすればいい?」
『お前はもう立派に成人して仕事にも就いている。アリスター伯爵にしっかりと仕えて、嫁でも貰って平和に暮らしてくれれば俺は満足だよ』
「なんだよ、それ」
『ただ、1つだけお願いさせてもらえるなら、俺が守れなかった家族を長男として守ってくれ。特にマルスはこれから色々と大変なことになるだろう』
「分かっているよ」
兄が最後には涙を流してしまい、顔を見られないように背を向けてしまった。
『最後にマルスだ』
「俺からは1つだけ質問をさせてくれ」
『何だ?』
打ち合わせのようなものばかりだったが、死んだはずの父とはたくさん話すことができた。もう、十分だ。
「父さんは、それなりに強かったはずだ。どうして、あの村で兵士なんて続けていたんだ?」
父ぐらいの実力があれば、若い頃からしっかりと経験を積んでいれば冒険者ならBランク冒険者ぐらいになって成功していてもおかしくない。
『特に理由らしいものはないな。何もない村だったが、先祖が切り開いた村だったから俺も守りたいと思って必死に強くなった。同世代の若い連中が村を出て行く中、俺だけは村に残り続けて、隣村にいた母さんとも偶然出会って、結婚したら家族まで出来たから、いつの間にか出て行くことなんて考えていなかった。それだけだ』
それだけ、あの村を気に入っていたということなのだろう。
「じゃあ、俺がしたことはマズかったかな?」
『そんなことはない。俺にとって一番大切なのは、家族が住む村だ。お前があの村を気に入らず、ああいったことをしたいと願ったうえでの行動なら俺は否定しない』
そう言って微笑むと父の輪郭がぼやけ始めた。
『おや? どうやらそろそろ時間らしい』
かなりの無茶をしていた。
本来なら使用してから一定時間で消えるはずのところを俺の人外レベルの魔力を常に送り続けて父が維持されるようにしていた。
『それなりに楽しい人生だった。お前たちは、これからが大変かもしれないけど、俺の所へ来た時に笑い話として聞かせてくれるのを待っていることにするよ』
フッと父の姿が消える。
その瞬間、我慢できなくなってしまったのか母が泣き崩れてしまった。
父の死体を見つけてしまった時以上に泣いている。
こうして父と話してしまい、目の前で最期の瞬間を見てしまっただけに悲しみが一際強くなってしまったのだろう。
俺たち家族は、本当の意味で父の行方を知ることができた。