第37話 神の懺悔
大神殿の前から姿を消した女神様。
女神様が無意識の内に発している神気を追って王都の近くにある森へと来た。
一般人では追い掛けるのが不可能でも何度か触れた事のある俺たちなら辿ることができた。
「こんなところに居ましたか」
「貴方なら何も言わなくても来てくれると信じていました」
女神様の方も俺が来ると信じてくれていたみたいだ。
「彼女を回収してくれたのですね」
「ええ、あの場に放置するわけにはいきませんでしたから」
俺の腕には目を閉じたままのノエルが抱えられている。
大神殿前のステージは現在暴徒たちの手によって混沌と化している。
そんな場所にノエルの遺体を放置しておく訳にはいかない。
両手で女性を抱えている状態なので、俺も護衛を必要としており、現在はイリスが護衛に就いてくれていた。
「他にも連れて来た人物がいます」
「ええ、分かっています」
女神様の視線が森の入口へと向けられる。
そこにはシルビアとメリッサに先導されて来たノエルの両親と妹の姿があった。保護する必要があると考えて二人に行動してもらっていた。
女神様から頼まれた訳ではないが、連れて来た方がいいと判断して案内させてもらった。
実際、女神様の方から後で会いに行くつもりだったらしい。
ただ、これから行う事を考えると会いに行くのは勇気がいる。
家族3人が到着すると女神様が頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「い、いきなりどうしたんですか?」
「私の軽率な行動によって貴方たちの娘を死なせる事になってしまいました」
「……詳しい事情は分かりません。私たちに分かっているのは、『巫女』となった娘が必死に国の危機をどうにかしようとしていたけど、色々な思惑があったせいで上手くいかなかった。その結果、娘が命を落としてしまったという事実ぐらいです」
ノエルの父親が咎めるでもなく、淡々と見ていて分かった事実を言う。
外から見ていただけの家族に分かったのはそれぐらいだ。
ただし、女神様が謝りたい事は別にあった。
「いいえ、そうではありません。私が謝りたいのは始まり――彼女を『巫女』に選んでしまった事です」
悲しそうに告白する女神様。
「先代の『巫女』が亡くなろうとしていた時でさえ貴族たちは自分の息がかかった者を『巫女』にする為に権力争いに没頭していました」
女神様の目から見て『巫女』の死を誰も悲しんでいるように見えなかった。
むしろ女神様の覚えが良くなるよう『巫女』としての功績を求めさせていたほどだった。
「もう見ていられなかった私は一つの決断をしました」
貴族以外の者から次の『巫女』を選ぶ。
しかも、『巫女』の修行を積んだ訳でもない普通の少女。
条件さえ満たしていれば誰でも良かった――でも、どうせなら自分の為に祈りを必死に捧げてくれる少女が良かった。
必死に探したが、王都には居なかった。
それも仕方ない。王都に住めるほど裕福な者なら貴族との関わりを持っている者が多い。
やがて、貴族との関わりを避ける女神様は田舎の方へと移動して行く。
そうして見つけたのがノエルだった。
「私が偶然見た時、その少女は食事ができる事に対して祈りを捧げているところでした」
「当時は本当に大変でしたから……」
貧しい暮らしをしていた一家は日々の糧を得るだけでも大変だった。
だから食事前には感謝の祈りを捧げるようにしていた。
「見つけた瞬間にノエルを『巫女』にする決意をしました。その後、神託によってノエルを『巫女』にさせられるよう誘導したり、貴方たち一家に生命力を加護として分け与えたりしました」
結果、色々とあったがノエルは『巫女』になる事ができた。
貧民であるノエルが『巫女』になる事に反発している貴族はたくさんいたが、敬虔な信徒である彼らは神託によって選ばれた少女を拒むことができなかった。
「私の思惑としてはご両親も一緒にノエルの傍で生活できるようにしたかったのですが、神託を正しく理解しなかった巫女たちによってご両親は不要だと判断されてしまいました」
当時は、既に神託を授かれるほどの体調ではなかった『巫女』。
貴族に与していた巫女たちによってノエルと両親は引き離されることになった。
「頭を上げて下さい」
「いいえ、そういう訳にはいきません!」
「最初、ノエルを手放すことを拒んでいました。やはり、家族は一緒に生活していたいですからね。ですが、ノエルを引き取りに来た方から説得され、当時の生活からは考えられないほどの大金を渡された私たちは、『王都で裕福な生活をした方がノエルの為だ』と言い訳をして手放す決断をしてしまいました」
自分たちも同罪です。
そう言いたげに告白する。
「たしかに、そうかもしれませんが……そもそも私がノエルや両親である貴方たちに許可を得ていればよかったんです」
全ては『巫女』に適した人物を見つけた嬉しさから通すべき両親の許可すら得ていなかった自分に原因がある。
幼い子供に重責を押し付けるのに両親の許可を得ていなかった。
「大金を貰った時に役人から『「巫女」には遭うな』と厳命されていました。ですが、遠くから見るぐらいなら許可されるだろうと田舎から王都へ引っ越して来ました。幸い、ノエルの代わりに手に入れた大金があったおかげで仕事も得られて王都でも生活することができました。それに――」
近くにいたノエルの妹の頭を撫でる。
妹は話が難しいせいか両親の傍で大人しくいたが、父親から撫でられると顔を綻ばせていた。
本当に王都での生活は順風満帆だった。
新しい子供にも恵まれて幸せな生活が始まっていた。
「ですが、今日ほど王都に引っ越してきてノエルの姿を遠くから見ていた事を後悔したことはありません」
ノエルが死ぬ瞬間をその目で見ることになってしまった。
王都へ来る事がなければ直接見るようなこともなかったはずだ。
「私がこのようなお願いをするのは間違っているのかもしれませんが、彼女は亡くなったことで『巫女』の呪縛から解放されました。これからの時間は普通の家族としてノエルと関わってもらえませんか?」
「もちろんです」
女神様の要望に応える両親。
ただし、二人とも目尻には涙が溜まっていた。
亡くなってしまった彼女にしてあげられることなど丁重に埋葬してあげることぐらいだ。
……そう、考えてしまってもおかしくない。
「その事なのですが……」
女神様が言い難そうにしている。
俺だって言いたくない。
「――やっぱり自分の口から言います」
「は?」
久し振りに近くで聞いた娘の声。
しかし、もう二度と聞けるはずがないと思い込んでいただけに驚かずにはいられない。
俺に抱えられながらパチッと目を開くと地に足を付けて立つ。
ただ、体を襲う怠さからふらついてしまうので肩を押さえて支えてあげる。
ノエルは可能な限りの笑顔を浮かべて家族に語り掛ける。
「ごめんなさい……実は、生きているんです」
ノエルの狐耳がシュンと垂れている。
事情があったとはいえ、両親に娘が死んだと誤解させてしまったのは事実だ……いや、実際にノエルが死んでしまったのは事実なので誤解という訳でもない。
「ど、どういう事ですか?」
父親が狼狽えながら女神様に尋ねている。
たしかにノエルの胸を剣が貫いていた。
遠くから見ていただけだったが、舞台上の雰囲気などもあってあの光景を見ていた誰もがノエルは死んでしまったものだと思い込んでいる。
実際、シルビアの目を通して見せてもらった光景ではノエルの心臓を剣が貫いていた。その後、治療の際に剣は引き抜かれたとはいえ、致命傷を負って死んでいたのは間違いない。
「安心して下さい。これは『巫女』に与えられた最期のスキルが可能にした奇跡です」