第35話 神罰
「次は貴方たちですよ」
次に女神様が近付くのは貴族たち。
王に色々と要求を突き付ける為にステージへと上がって来た彼らだったが、今となっては上がって来た事を後悔していた。
「ヒッ……!」
中でも最も怯えているのがレムタール侯爵だ。
彼は自分が女神の怒りを最も買っているという自覚があった。
「貴方たちはノエルの生まれが卑しいという理由だけで彼女に様々な嫌がらせをしましたね」
「……いえ、そのような事は――」
「私は全てを見ていました」
『巫女』にだけ伝えられている秘密。
人々の女神ティシュアに対する祈りは力となって届けられる。
その時、祈りに籠められた想いも女神様に届けられる。
貴族たちだって敬虔な女神ティシュアの信徒だ。日々の祈りは欠かさずに行っている。その時に自分の行いを懺悔してしまう事だってある。また、懺悔でなくてもそのような事を考えているだけで神には筒抜けになっている。
「……」
その事を告げられると貴族たちは言葉を失くしていた。
祈りに籠められる思いは嘘偽りない想い。
むしろ、嘘が混じっているようでは神を裏切っている事になる。
即ち、神罰の対象になる。
「貴方たちの罪も許し難いものがあります。ですが――」
女神様の鋭い視線がレムタール侯爵へ向けられる。
「最も許せないのは貴方です」
「ああ……」
「自らの罪を人々に告白しなさい。それを聞いて人々が許すなら私も許すことにしましょう」
「……」
「これは最後通告です」
女神様が魔法かスキルなのか分からないが力を使う。
するとステージ上にいる人の声が観衆にも聞こえるようになる。
「もう止めて下さい!」
女神様の前にドレスを着た一人の女性が立つ。
「貴女は?」
「レムタール侯爵家の長女――ミスティです。貴女が本当にメンフィス王国を救ってくれた女神様だと言うなら、このような人を追い詰めるような真似は止めて下さい」
たしかに女神様が行っている事は人を追い詰める行為に等しい。
相手が『巫女』に対してどんな事をして来たのか知らなければ無辜の民を傷付けているように見える。
少女の真っ直ぐな視線を受けて女神様が――溜息を吐いた。
「呆れて何も言えませんね。そもそも私を神だと崇め始めたのは貴女たちの祖先ですよ」
「え……?」
「私も元々はこの地で生まれた獣人です」
そう言って背中に白い翼を出現させる。
見様によっては寓話に描かれる天使や神のような翼。しかし、冷静になって見てみると鳩のような鳥の翼に見えなくもない。
本人から獣人だと言われて少女だけでなく全員が気付いた。
「私は元々生命奪取という特殊なスキルを持っているだけの少女でした。私のスキルを怖がって忌み嫌われる事もありましたが、魔物のように脅威となる存在から吸い取った生命力を土地に与えれば豊かになっていきましたから私は人々の為に使っていました」
語られるメンフィス王国の始まり。
「そこへ何体もの神獣が現れました」
当時は三体だけではなかった。
武芸の達人や優秀な魔法使いでも歯が立たなかった神獣。
唯一対抗できていたのが女神様の持つ生命奪取だけだった。
それも長くは続かなかった。
神獣の数が多すぎた為に女神様一人の力では足りなかった。
そこで、奪った力を利用して異空間を作り出して、そこに神獣を閉じ込める方法を思い付いた。
無事、全ての神獣は異空間へ封印された。
だが、異空間精製の際に女神様も扱い切れない力の暴走によって異空間へと消えることになった。
女神様は神獣と彼らが生きられる環境が整っているだけの世界で一人朽ち果てて行くだけだと信じた。
「その後、私の下に本物の神が訪れてくれました」
だが、そうはならなかった。
誰かが語り掛けて来た。
その存在は、女神様の為に神像を用意し、人々の祈りに籠められた想いを集められる機能を持たせてくれた。そして、そこから生命力を吸収して土地へ与えるという役目を与えてくれた。
故郷の人の為に何かを成したいという想いがあった女神様は役割を引き受けた。
話を聞いていた人々の視線が大神殿にある神像へと向けられる。
いつからあるのか分からない女神像。
その由来を知って感動している者までいる。
「そして、神像にはもう一つの機能がありました」
神像との親和性を高めてくれる存在を一人だけ選ぶ能力。
それが――『巫女』。
『巫女』は舞うことによって神像との親和性をさらに高めることができ、神像の元となった女神様との親和性も高くなっているので神の言葉を聞き届けることもできるようになる。
「私は故郷にいた人たちが大切だったからこそ自分の事を知っている人々が亡くなった後であったとしても子孫にまで協力することにしました。その結果、時代を経るにつれて獣人だった私が薄れて神としての私が生まれただけです」
神としての理想を押し付けるのは人々の身勝手。
むしろ現世に復活した以上は好き勝手にやらせてもらう。
「私が神になったのは1000年以上も前の話ですが、生命奪取があったおかげで私の体は老いることもなく、これまで生き永らえて来ました」
当時を知る人物の言葉。
しかも、これまで自分たちが神と崇めて来た存在が相手とあって誰もが信じた。
「これまで国に貢献してきたのですから最後くらいは私のやりたいようにやらせてもらいます」
少女が後ろへ下がる。
目の前にいるのは、神であるのと同時に自分たちと同じ『人』だと分かった。
「さて、何か言う事はありますか?」
「……」
「この期に及んで自分の罪を認めないつもりですか……」
溜息を吐いて女神様が指を鳴らす。
すると空中にどこかの映像が映し出される。
それは、王城の地下にある暗い地下牢の映像だった。
召喚魔法が使われた直後とあって床に描かれた魔法陣は強い光を放っていた。
「これは、私が神獣を異空間へ送る為に用意した魔法陣です」
召喚魔法の魔法陣は、実際にはこの世界へ喚び出す為の魔法陣ではなく、この世界から異空間へと送る為の魔法陣だった。
「それを貴方の先祖は、長年の研究によって異空間へ送られた神獣を現世へ喚び戻す為の魔法陣へ変える事に成功した」
それが、神獣を喚び出すほどの魔法陣の正体。
「で、デタラメだ!」
精一杯の声を張り上げる。
次の瞬間、空中に映し出された映像が歪んで過去の出来事が映し出される。
『よし、成功だ』
『凄まじい威圧感ですね』
過去の地下牢ではレムタール侯爵と紫色のローブを身に纏った魔法使いが話していた。
二人の前には銀色の鎧を着た巨躯の魔物。
炎鎧だ。
『この調子で他の魔物も喚び出せ』
『ですが、「巫女」様の成果を奪うような真似をして大丈夫なのでしょうか? それに召喚した神獣に王都を襲わせるなど……』
『問題ない。全ては、あのような下賤な生まれの「巫女」を落とす為の策だ。力が横取りされると言うなら、むしろ願ったり叶ったりではないか。それに、「巫女」の権威が失墜してもあの王は今の「巫女」を庇う。王の力を削ぐ為には多少の犠牲は必要な事だ』
『はっ』
結局レムタール侯爵が予想したように獣王はノエルの事を庇い続けた。
その結果、貴族たちは自分の影響力が強い少女を『巫女』にする為に権力争いに没頭し、王の権威は意味を成さなくなって行った。
多少は予定が早まってしまったが、王は退位を決意した。
王位を継ぐのは若いレオルド王子。
そこに自分の娘を使うなどすれば更なる権力が得られるようになる。
「お父様……」
自らの本心を語る父親の映像を見て娘は冷たい視線を向けていた。
「ち、ちが……!」
全ては上手く行っていたはずだった。
どこで予定が狂ってしまったのか……原因は本物の女神が降臨するなどという神話にしかない出来事が起こってしまったからだ。
「さて、神獣騒ぎの真実を知って人々はどう思う――」
――でしょうか?
と言い切る前にレムタール侯爵に向かって石が投げられた。
ノエルが投げられていた物が今度はレムタール侯爵へ向けられていた。
「では、神罰を与えることにしましょう」
「神罰?」
額から血を流すレムタール侯爵が怯える。
「まずは、余剰分だけでもいいので私に奉納されるはずだった神気を返してもらうことにします」
「は?」
次の瞬間、レムタール侯爵の全身から血が一斉に噴き出した。




