第34話 降臨
ステージの上に降り立つ女神ティシュア。
神の降臨など平時なら笑っていたところだが、神の姿を前にした現在では本物であると信じられる。
女神様がこっちを向く。
「まずは、貴方たちに感謝を述べさせて下さい」
「感謝だなんて……」
結局のところはノエルを守り切ることができなかった。
「私が告げてしまった以上、彼女の死は確定されていました。それでも、敵ばかりのこのような状況でも彼女の死を悲しんでくれる友に囲まれました。この娘と友達になってくれてありがとうございます」
そう言う女神様の表情は、神というよりは母親のようだった。
しかし、俺たち以外の人物に向き直る時には険しい表情へと戻っていた。
「現世に私が降臨した理由は貴方たちに伝えなければならない事があるからです」
伝えなければならない事。
前『巫女』が死亡した現在で神が告げなければならない事など次の『巫女』に誰がなるかぐらいだ。
そう、考えてしまった者がいたとしても責められない。
「ティシュア様、次の『巫女』には私が相応しいです」
一人の巫女が声を上げる。
「いえ、わたしの方が相応しいです」
「わたしは幼い頃より修行を行っており、ティシュア様の声も何度か聞いたことがあります」
「あ、そういう事でしたらあたしも聞いた事があります」
その後も続けられるアピール。
しかし、巫女たちは気付いていなかったが、アピールを聞けば聞くほど女神様の表情は険しくなって行った。
「――貴女たちの言いたい事は分かりました」
「では!」
一人の巫女が前に出る。
彼女の顔は見覚えがある。枢機卿と密談していた猫耳巫女のマルセーヌだ。
女神様も前に出た巫女の前へと進んで行く。
その光景を見て巫女たちの間から「やっぱり」などといった諦めにも似た声が上がっていた。彼女は、次の『巫女』に最も近い位置にいると言われていた人物だ。本人もその事を自覚していた。
だからこそ――神の怒りを最も買っていたと言える。
「貴女は自分こそが『巫女』に相応しい、そのように考えているのですね」
「はい!」
実際、理由も分からず『巫女』に選ばれてしまったノエルと違って物心ついた時から『巫女』になるべく修行に励んでいた。その事もあって自分を差し置いて『巫女』に選ばれたノエルを恨んでいた。
だが、ノエルが死んだ事で自分にもチャンスが巡って来たと思った少女は笑みを浮かべていた。
「ええ、その娘こそティシュア様の声を民衆に届ける役目に最も相応しい」
「貴方は?」
マルセーヌを持ち上げる為に一人の男性が立ち上がった。
その人物も猫耳と尻尾を持つ男性だったのだが、猫というイメージとはかけ離れて肥え太った体をしていた。
「この娘の父親です」
「貴方も彼女を次の『巫女』に相応しいと考えますか?」
「当然です」
ハッキリと言い切るマルセーヌの父親。
女神様がマルセーヌと彼女の父親を見ている。
「分かりました」
そっとマルセーヌの頬に手を添える女神様。
女神様に触れられている。
巫女にとってこれ以上ないほどの幸福感に包まれているマルセーヌ。
しかし、次の瞬間には絶望へと変わる。
「生命奪取」
マルセーヌの頬に添えられている女神様の手が紫色に光る。
その光は、マルセーヌへと流れて行って女神様へと戻って行った。
「あ、ああっ……!」
光に包まれたマルセーヌが痙攣を始める。
「マルセーヌ!?」
娘の異変に父親が声を荒げる。
彼女の異変は痙攣だけでなく、若々しかった肌が急激に衰えたせいで荒れ、艶やかだった髪はぼさぼさになって白髪へと変わっていた。
しかも明らかな異常事態にも関わらずその場から動けずにいた。
正確には女神様に掴まれたまま離れる事ができずにいる。
「このぐらいで許してあげましょう」
女神様が手を放す。
ようやくマルセーヌの異変も止まる。
しかし、異変が終わった時には衰弱しているせいで立っている事ができずに膝をついてしまう。
「これが、私……?」
唖然とした様子で自分の手を見つめる。
その手は、数秒前までとは全く違って若々しい姿はなく、骨が浮かび上がって皮しかないような状態だった。
手以外についても同じような状態だということも予想できる。
まさしく老婆と言える状態だった。
「どういう事ですか!?」
マルセーヌの父親が老婆になった自分の娘に駆け寄る。
こんな状態になってしまった原因は明らかだ。
「生命奪取――触れた対象から生命力を奪い取るスキルです。生命力とは、その者が生きる為に必要なエネルギーの事。それを生きていられる限界まで奪われた事によって彼女は若さを保っていられる事ができなくなりました」
正確には、残された生命力で生きていられる姿。
老婆の体は最低限の動きしか許されることができず、新たに生み出すこともできなくなる。僅かな生命力のみでの生活を余儀なくされる。
「なぜ、娘がこのような目に……」
「これは神罰です」
「神罰?」
「私は、地上における代理人としてノエルを『巫女』に選びました。ですが、貴女たちはノエルの生まれが貧しいからという理由だけで『巫女』に相応しくないと彼女の地位を奪おうとしました。地上において『巫女』に反抗するということは私に敵対するという事です」
「……! それは誤解です! 私たちは女神様に敵対するようなつもりは……」
「私が『巫女』に選んだノエルが相応しくないと言っていたにも関わらずですか」
ノエルにとって最大の味方であった存在。
それは、女神ティシュアをおいて他にいなかった。
女神様だけは最初から最期までノエルの味方でいた。
そんな女神様にとって、ノエルと敵対した者は自分と敵対しているようにしか見えなかった。
「これは、『私の選考が間違っていた』などという愚かな考えを持った者に対する罰です」
本来、『巫女』の選考は女神様にしか許されていない。
それにも関わらずマルセーヌたち巫女は自分こそが相応しいと言った。
貴女の選択は間違っている――そんな事を言われ続けて平静でいられるほど心穏やかな存在ではなかった。
「ですが、このような目に遭わせなくても……」
「貴女たちがノエルの妨害をしていたせいで、本来ならば私に渡されるべき神気が少なくなりました。やはり、生きている人間から生命力を奪うのは強い力があって私の糧となってくれました。まだ足りていませんが、さすがにこれ以上奪ってしまうと死んでしまうので、この辺りで許してあげます……ん?」
ポタポタと落ちて来た雫が老いたマルセーヌの手を濡らす。
その雫の正体はマルセーヌの流した涙だ。
「泣いているのですか? ノエルはこれまで心をすり減らしながら貴女たちの妨害に耐えながら『巫女』としての務めを果たしてくれました。貴女もこの程度の事では挫けずに頑張ってください」
そう言い残してマルセーヌの方を見なくなった女神様。
女神様にとっては不足していたエネルギーを奪う事で補えれば十分だった。
だが、神罰は終わった訳ではない。
「さて、彼女と同じ罪に問われるべき者がいますね」
そう言って見るのは、先ほど自分こそが『巫女』に相応しいと言っていた巫女たち。
彼女たちは、数秒で老いてしまったマルセーヌの姿を見て委縮してしまった。
「……」
「何も答えてくれませんか――では、神罰を敢行します!」
「え、ああ……!」
女神様の姿を見ていた巫女たちから紫色の光――生命力が溢れ出して女神様へと流れて行く。そうすれば巫女たちは老いて行くしかない。
マルセーヌの時のように触れている訳ではない。
「これが本当の神罰。最初の1回だけは神の手で直接行う必要がありますが、神に罰せられる光景を見ていた人々の中で同じ罪を犯したという自覚を持つ者に同様の罰を与える。つまり、罪を犯し、罰を見ていた時点で逃れることはできません」
そうして出来上がる10人以上の老婆。
若いノエルを補佐するという名目だったためステージの上には同年代の巫女しかいなかったが、今となっては半数以上の女性が老婆になっていた。
そんな中、数人の少女たちだけは罰を逃れていた。
彼女たちは本心からノエルを支えようと奮闘してくれていた少女たちであり、次の『巫女』にも興味がなかった。
そんな少女たちだからこそ未来を望む事ができる。
「――では、次ですね」
巫女たちへの罰は終わった。
だが、女神ティシュアの怒りは収まっていない。