第33話 成就する神託
神託。
これまでに神から告げられた言葉は未来の事であってもほとんど外れた事がなくメンフィス王国に住む人々は神託を絶対的に信用していた。
ほとんど、というのは神託の中には神から告げられた言葉以外にも人が神託だと勝手に偽って伝えられた言葉も含まれており、その言葉が悉く外れて来ている為であったのだけど、一般人には神託の真贋などできない。
けど、高い的中率を誇っているのは間違いない。
だからこそ、今回もノエルの死を誰も否定していなかった。
……いや、一人だけ否定している人物がいた。
「なのに、どうしてあなたが殺しているんですか!?」
ノエルの体を背中から貫いている剣。
その剣を握っていたのはレオニード獣王だった。
「父上……」
息子であるレオルド様も自分の父親がどうしてそのような行動に出てしまったのか理解することができずにいた。
それよりも優先させる事がある。
「この……!」
信頼していただけに裏切られた時の気持ちも強い。
獣王を殴ってノエルから引き離す。
この人からは色々と事情を聞かないといけない。
種族として強い虎の獣人で、元々鍛えられていることもあって殴った時にわたしの手も少し痛くなったけど、眷属の攻撃に耐えられる程じゃない。
倒れそうになるノエルを支える。
「ミシュリナさん!」
「はい!」
治療してもらう為にミシュリナさんを呼ぶ。
「彼女を近寄せるな」
ワラワラと湧いて来る暗殺者たち。
「邪魔を、するな!」
ノエルを寝かせて全員の首を刈り取る。
けど、次から次へと湧いて出て来るせいでミシュリナさんをノエルの下に辿り着かせることができない。
失敗した。
他の3人が出払っているせいでわたししかノエルの護衛に就くことができなかった。せめて、もう一人ここにいてくれれば……アイラがいてくれれば二人で『巫女』と『聖女』を分担して護衛する事もできたのに。
「34人目」
襲って来た34人目の相手を斬り捨てたところでミシュリナさんがノエルの下に辿り着いた。
ミシュリナさんがノエルの手を取って状態を確認している。
わたしにも分かるよう首を振る。
ノエルの口からか細い息が漏れている。
「後悔、しないで……と、伝えて」
それが誰に向けたメッセージなのかは分かっている。
血を流しながら息を引き取ったノエルの姿を見ながら念話で護衛依頼が失敗に終わった事を伝える。
☆ ☆ ☆
「ご、ごめんなさい……」
跳躍を駆使して全速力で戻って来るとシルビアに抱き着かれた。
抱きしめて落ち着かせようとするが、俺の胸にいるシルビアに泣き止む様子はない。それだけノエルの死がショックだったのだろう。
この場には既にメリッサとイリスも戻ってきている。
ノエルが刺されてから1分と経過していない。
「事情を説明してもらいましょうか」
凄みながらメリッサが獣王に質問する。
迷宮同調でシルビアが見聞きした事実は全て伝わっている。だから、こんな凶行に出たのが獣王だという事は知っている。
「それは構わないが、俺の声は彼らに届くのか?」
ステージには結界が張り巡らされている。
おかげで暴徒と化した観衆はステージに上がって来ることができないし、ステージ上で交わされた会話が聞かれることもない。
これ以上暴れられると危険になる可能性があるから張らせてもらった。
現在、ステージの上には獣王や貴族のお偉いさんたち、それから巫女やノエルを襲おうとしていた兵士たちがいる。殺気立っていた兵士たちだったが、殺すべき相手が既に死んでいるという事で動けずにいた。
「分かった、話そう」
獣王の口から真意が語られる。
「平民の出……それも貧民と言っていいほど貧しい暮らしをしていたノエルが『巫女』に選ばれた事に対して不満を述べる貴族連中は当初から多くいた。俺の方でも認めてもらうよう色々していた。最近では、ノエルに貴族よりも強い力を与える為にレオルドの嫁は無理でも他の息子に嫁がせようとしていた」
それは――王族の仲間入りを果たすという事だ。
その方法なら権威は得られる。けど、生まれまで変わる訳ではないからネチネチと嫌味を言われ続ける事になるのは変わりない。
「けど、ここまでの騒ぎが起こっちまった。このまま神獣関係の問題を解決させたとしても――」
「もう解決しましたよ」
「そうだったな」
暴れていた神獣は討伐するか迷宮送りにさせてもらった。
他に喚び出す余裕がないのなら解決したと言っていい。
「だが、彼らを見てみろ」
獣王の視線は暴徒と化した民衆へと向けられていた。
炎鎧のせいで大切な人を喪った者までいる。
『巫女』に責任を取らせようと暴走している。
「既に神獣を鎮めたところで解決するような問題ではなくなっているんだよ」
「父上……」
レオルド王子が悲しそうな表情で獣王様を見ている。
「それで、獣王様はどうするつもりなのですか?」
「神託を成就させる」
「それで?」
「国を揺るがした問題の責任は全てノエルに背負ってもらって次の『巫女』に国を安定させる」
「貴方は、知っているはずです!」
メリッサが憤る。
俺だって同じ気持ちだ。
ノエルは精一杯頑張っていたにも関わらず自分の成果が全て自分を陥れる為の力に利用されていた。
何よりもノエルは自ら望んで『巫女』になった訳ではない。
「知っている。だが、そんな事情を民たちは知らない」
だから罪を被せ易いノエルに責任を取ってもらう。
「それに、このままだと次の『巫女』を巡って貴族たちの間で戦争が起きる。そうなれば国が割れてしまう事になる」
「だから被害が少なくなる今の内に事を治めようとした……?」
レオルド王子には自分の父親の決断が信じられなかった。
親身になってノエルの味方でいた獣王。彼らなら国と義娘の両方を守ってくれるかもしれないと信じていた。
だが、結局は国だけを守る選択をした。
……そして、その選択は最悪の結果を招くことになる。
「俺は、今回の一件が片付けば王位をお前に譲るつもりだ」
「何を考えておられるのですか?」
「次の『巫女』が誰になるのか分からないが、俺とノエルで全ての責任を背負う。後の事は頼んだ」
自らも表舞台から去ることによって事を有耶無耶にするつもりだ。
そうして、国民の誰もが悪かったのはノエルだと思い込み、獣王はノエルが『巫女』でいた事に責任を感じて退位したと考える。
その計画を遂行する為には前提が間違っている。
――いいえ、次などありませんよ。
天から聞こえて来る声。
荘厳な雰囲気に包まれた声に誰もが空を見上げていた。
少し前まで暴徒のようになっていた人たちも、『巫女』候補である少女たちも、メンフィス王国の貴族たちも……身分に関係なく見上げている。
威圧されているかのような力を感じる。
「主」
「マルス」
獣王に詰め寄っていたメリッサとイリスが俺を守る為に近付いて来る。
「いや、それよりも……」
空から一筋の光が降り注いでくる。
そこに現れたのは女性の影。
女性の姿が見えた瞬間、メンフィス王国の住民全員が膝をついていた。
――パリン!
ゆっくりと降りて来た女性が球形に展開された結界に触れた瞬間、甲高い音を立てて結界が壊れた。
「おい、あの結界は魔力障壁とはいえ、かなりの強度があったはずだろ」
「そのはずなのですけど、触れただけで破壊――いえ、結界の起点となった部分が吸収されてしまっています」
「はあ?」
言ってみれば結界の大黒柱だけが消滅した。
一番重要な柱がなくなったことによって結界は自分から消滅してしまった。
「あの人ってやっぱり……」
「はい。人と呼んでいいのか分かりませんが……」
その女性の顔は大神殿で何度か見た事があった。
白いワンピースのような服を着た長い髪を持つ女性。像と違って着色されているため碧色の髪に蒼く透き通った瞳に意識が吸い込まれそうになる。
「あれが神か」
女神ティシュアが降臨した。
ただし、その表情はかなり怒っている。