第32話 暴徒
シルビア視点です。
仲間が全員討伐の為に外へと出てしまったため一人取り残されたわたし。
わたしの役割は討伐を終えるまでの間にノエルさんに危害が加えられないように守っている事。
「ノエル様!」
ステージの上で待機していると巫女の一人が声を張り上げていた。
「とりあえず移動する事にしましょう」
「それは……」
ステージの下には『巫女』に対して罵詈雑言を飛ばしていた観衆がいる。
彼らはミシュリナさんの言葉で一応の落ち着きを取り戻したけど、今にも責任をノエルに押し付けて暴徒と化してしまいそう。
何よりもこの場には『聖女』組もいる。
彼女たちも最低限戦えるだけのステータスを持っているけど、戦闘向きのスキルではないから本当に身を守れる程度。
それから炎鎧の影響によって屋外は危険な状態になっている。
「いいえ、そういう訳にはいきません」
ノエルが決意する。
これだけの条件が揃っていても逃げ出す訳にはいかなかった。
「逃がすか!」
観衆の一人がステージへ上がってこようとしている。
護衛であるわたしは収納リングから小石を取り出して投げ付ける。
「あだっ……」
額を強く打った後ろへ倒れる。
隣にいた人の手を借りながらゆっくりと立ち上がる。
石をぶつけられた人の眼がわたしに向けられる。
それでいい。ノエルにぶつけられるぐらいなら、早ければ今日中にでも国を出て行くわたしたちに憎悪を向けてもらった方がいい。
――ゾクッ!
人々の憎悪に紛れて浴びせられる殺気。
「まったく……少しは隠す努力をしたらどうかしら?」
殺気を飛ばして来た相手に向かってナイフを投げる。
――ドサドサドサドサドサッ!
「……え?」
ステージの脇に倒れている5つの死体を見てノエルたちが驚いている。
同じように見ていた観衆は状況が呑み込めず呆然としている。
「彼らは暗殺者です」
僅かながら気配が漏れていた。
なので、向こうから動きがある前にこちらから動かせてもらった。
「死体の片付けはそちらでお願いします」
兵士の一人に死体を片付けるようお願いする。
護衛のわたしがそんな雑事に手を煩っているほどの余裕はない。
「ええと、彼らは本当に暗殺者なのですか?」
彼らにしてみれば、いきなり5つの死体が転がっていたようなもの。
暗殺の為に行動を起こした訳でもないので暗殺者だと断定する要素がない。けれども、暗殺者である必要はない。
「たとえ暗殺者でなかったとしても不審者である事には変わりありません。ここは『巫女』が神に舞を奉納する為のステージの裏ですよ。誰か倒れた人たちの顔に見覚えはありますか? こんな部外者は立入禁止な場所にいる時点で問題です」
暗殺者たちはステージの脇で隠れるように待機していた。
少なくとも一般人が立ち入っていい場所ではなかった。
「うっ……!」
ノエルたちを連れて離れようとすると一人の巫女が呻き声を上げながら頭を押さえていた。
その様子に『聖女』であるミシュリナさんが近寄ろうとする。
人を癒す力を持っているので心配で仕方ない。
けど、今はノエルを優先させたいという想いがあるから様子見に留めている。
「彼らは……神兵……」
譫言のように何かを呟く巫女。
巫女から強い殺気がノエルへ向けられている。
「神敵を、排除、せよ……」
バタッと舞台の上に倒れる巫女。
「これでハッキリした」
侯爵がノエルを睨み付けていた。
おそらく、憎んでいる訳じゃないけど、そういう表情をしていた方が後々の為にもなると判断して表情を作っているんだと思う。
「魔物の怒りを鎮められないどころか被害を拡大させてしまう『巫女』。神にとって『敵』以外の何者でもないのだろう!」
「ちょ……!」
無理矢理な言い掛かりにノエルが言葉を失っている。
ミシュリナさんも何を言おうか迷っている。
そうしている間に警備に当たっていた兵士が剣を抜いてわたしたち……ノエルに向けて来た。
「どういうつもり?」
「神敵は排除しなければならないんですよ」
こいつら……買収されている。
金か地位、なんでもいいけど侯爵から何か与えられることになっているはず。
「ノエル!」
ミシュリナさんが盾になる為にノエルの前に立つ。
兵士たちも他国の重要人物であるミシュリナさんを簡単に傷付けることはできない。隣にはクラウディアさんもいるので万が一の場合も防げるはず。
「あなたたちは本気で『巫女』と対立するつもり?」
「俺たちが排除しなければならないのは、役立たずの『巫女』だ」
「そう」
ノエルの答えは素っ気ない。
兵士から武器を向けられたこともそうだけど、この状態になってノエルの味方になってくれる人が誰もいない。
つまり、『巫女』の排除に消極的ながら賛成の姿勢は崩されなかった。
「すまないね」
剣を振りかざしながら一人の騎士が近付いて来る。
「申し訳ないと思うなら斬り掛かって来ない」
首を軽く斬る。
それだけで騎士は血を流しながら倒れて――死んだ。
他にも襲い掛かってこようとした連中がいたけど、全員が死んだ騎士を見て襲い掛かるのを躊躇していた。
「ええい! 何をしている!? 奴の討滅は神が望まれた事。貴様らもティシュア神に仕える者なら武器を手に戦え」
何人かはノエルへ武器を向けて来る。
けど、本当に『巫女』へ武器を向けていいのか躊躇している者もいる。
両者の違いはきっと買収されているかどうか。
「襲い掛かって来るならご自由にどうぞ。けど、命の保証はできないので自己責任でお願い――」
お願いしようとしたところで会場の外からもワラワラと殺気に満ちた人々が押し寄せて来た。
正確な人数を確認するのは軍隊レベルの人数だと分かった時点で止めた。
「こちらへ!」
剣を手にした獣人の一人がステージの一部を斬り裂いて姿を現した。
獣王様と同じ虎耳を持つ青年。耳が獣王様と同じせいかどことなく似ているように感じられます。
「次期獣王であられるレオルド様です」
「という事は、獣王様の息子さんですか」
親子だから似ているように感じられたんだ。
レオルドさんのいる方へノエルを逃がそうとする。
「いいえ、逃げる訳にはいきません」
「ノエル?」
「『巫女』であるわたしが舞の最中に舞台から降りる訳にはいきません。まだ、わたしの舞は終わっていません」
「ちょ、何を言って……」
「わたしの舞に感動してくれたマルスさんたちが今も戦ってくれています。彼らの戦いも含めて今回の舞です。なら、主役たるわたしがこの場から逃げる訳にはいきません」
「そんな事を言っている場合じゃ……」
こんな展開は打ち合わせになかった。
この場でも戦闘が起こる事は予想されたからわたしの手でミシュリナさんたちも含めて逃がす予定でいた。
それをノエルも納得してくれていたはず。
「ノエル……」
決意に満ちた表情をしていたノエルを見てミシュリナさんが呟いた。
思わず、わたしも見惚れてしまった。
あれは――何かを覚悟をした者の眼。
「ミシュリナ様!」
呆然としているミシュリナさんの頭上に一人の男がナイフを手にしながら飛び掛かって来る。その攻撃もクラウディアさんの拳によって倒された。
「まさか、『聖女』にまで手を出してくるなんて」
「役立たずの『巫女』に手を貸す貴様らも同罪だ」
煌めいたナイフがミシュリナさんたちに迫る。
「ああ、もう!」
二人を守るべく5人の暗殺者の首を斬る。
「これじゃ、本当に内乱じゃない」
暗殺者を倒している間にもノエルへ兵士の剣が迫る。
「もらった!」
「させない」
レオルド王子の剣が兵士の剣を横から弾き飛ばして剣の腹で叩いて兵士を昏倒させる。
「我が国の兵士だ。私の手で斬る訳にはいかない」
「ありがとうございます」
「気にするな。義理とはいえ、妹を守るのは兄の役目だ」
「そうだぞ」
レオニード獣王様もノエルを守る為に彼女の前に立つ。
「舞台から降りるつもりがない、と言うのなら俺たちの手で助けてやるしかないだろ」
「……ありがとうございます」
義理の兄と父の行動にノエルが涙を流している。
向こうは二人に任せてもいいかもしれない。
「どうしますか?」
尋ねるミシュリナさんの視線の先ではステージへ上がろうとする観衆たちの姿がある。
兵士たちの行動。
暗躍する正体不明の人物たち。
目の前で行われている光景に観衆たちの箍が外れてしまった。
「邪魔」
怒りの捌け口をわたしたちへ向けて来た観衆を蹴り飛ばす。
「皆さん、落ち着いて下さい」
ノエルが声を張り上げるけど、人々は全く聞く耳を持っていない。
むしろノエルが呼び掛ければ呼び掛けるほど怒りが募って行くみたいだった。
「こんな光景、ティシュア様が最も望んでいなかった事なのに」
その時、王都を苦しめていた熱が引いて行く――春の陽気に戻って行くのを感じた。
イリスが炎鎧を倒した。
「皆さん、もうすぐ元に戻ります」
頭を下げて落ち着くよう言うノエル。
――グサッ!
次の瞬間、顔を上げたノエルの胸から剣が生えていた。