第31話 VS雷獣
王都から近い場所にあるヴァートンまで疾走。
王都へ向かっていた時は馬車で数時間掛かった距離だが、全速力で走ったおかげで5分と掛からずに到着した。
「全員、気合を入れて守れ!」
「先日は彼らが守ってくれたが、今日は王都にいる。救援はないと思え!」
「おう!」
街の外では大盾を装備した兵士が雷獣――テンペストタイガーと対峙していた。
雷獣が現れた事でヴァートンの周囲は雷雨によって地面が濡れて、視界の確保すら難しい状況になっていた。
『避けろ』
念話が飛ばされる。
しかし、テンペストタイガーが念話を使える事を知らない者は頭の中に響いて来る声に戸惑いながら戦っていた。
「うわっ!」
テンペストタイガーの放った雷撃が盾を装備した兵士に直撃する。
たった一撃によって盾が吹き飛ばされて尻餅を付いてしまった。
恐怖から手と足が震えている。
街への被害を抑える為に死に物狂いで防御に徹しているのは分かるが、兵士のステータスでは肉の壁にすらなれていない。
「要塞城壁」
咄嗟に兵士を守る為に魔法を発動。
テンペストタイガーから放たれた雷撃が兵士に当たる前に地面から盛り上がって出現した土壁に阻まれて消失した。
さらに土壁は街を覆うように何枚も出現した。
「あなたは……」
「ここから先は俺が引き受ける。あなたたちは下がっていて下さい」
「はい!」
俺の事を知っている兵士が壁の後ろへ下がって行く。
少なくとも壁の後ろなら攻撃されることはない。
『来てくれたか』
「今回は最初から俺と会話が可能なだけの理性が残っているんだな」
『今まではワシに抵抗される事を恐れて理性も失わせる事で凶暴になっていた』
結果的に凶暴な姿が人々を恐怖させていた。
『しかし、今回はワシの凶暴性よりも街への被害を優先させた。それでいて命令による強制力が強くなったせいで自分では暴れるのを抑えることができそうにない』
ノエルが本気の舞を奉納したことによって今までよりも多くの神気が魔法陣へ注がれることになった。
そこまで計算して神獣を召喚したのだろう。
『ワシからの最期の願いだ――殺して欲しい』
「悪いが、その願いを聞き届けるつもりはない」
『なに!?』
今頃はメリッサも同じ目的の為に戦っているはずだ。
報告を聞く限り炎鎧はダメっぽい。
移動手段と距離のせいで俺が一番遅く戦い始める事になる。あまり時間を掛けていられる余裕はない。
『では、どうするつもりだ?』
「こうする」
跳躍で近付いてテンペストタイガーの顎を下から殴る。
そのまま浮かび上がった体を蹴って地面に叩き付ける。
地面を転がりながらゆっくりと立ち上がった。
「爆発拳」
行動を起こさせる前に再び殴りつける。
今度は殴る度に爆発が起こる攻撃だ。
殴られた瞬間に吹き飛ばされた空高く舞っていた。
『何を考えている……!?』
「やっぱり殴っているだけじゃ気絶させられないか」
空へ飛ばされたテンペストタイガーが顔をヴァートンヘと向ける。
口から放たれた雷撃が収束され、一直線に飛んで行く。
「何の為に要塞城壁を使ったと思っているんだ」
街を貫くと思われた雷撃が土壁と衝突した瞬間に霧散した。
「前回と同じ轍は踏まない」
数日前に戦った時は街の防衛を考えずに戦ってしまったせいで俺が身を挺して街を守らなければならなくなった。
だから、兵士を助ける意味もあったが真っ先に土壁を出現させた。
『そうか』
自分の意思に関係なく街を壊してしまうような事にはならずに安心しているテンペストタイガー。
「助けるつもりではあるが、痛い思いをしなくてはならないのは許してくれよ」
『……そんな物を取り出してどうするつもりだ?』
テンペストタイガーが街を攻撃している間に道具箱から全長5メートルは近くある鉄球を取り出す。
鉄球は鎖に繋がれており、俺の手に握られていた。
「もちろんぶつけるんだよ」
上空にいるテンペストタイガーに向かって鉄球を投げる。
人よりも大きなテンペストタイガーだったが、同じくらい大きな鉄球によって体が覆い隠される。
鉄球を脅威と見做したのか体の周囲に現れた雷撃の槍が鉄球に向かって次々と放たれるが、特殊なコーティングが鉄球に当たった瞬間に雷撃が散らされてしまっている。
――グチャ。
あまり聞きたくない音が雷雨の中で聞こえて来た。
重たい音を響かせながら地面に転がり落ちて来る。
「悪いな。あんたほど強いと睡眠も効き難い。眠らせるならそれなりにダメージを与えてからになるんだ」
テンペストタイガーが体を痙攣させながら立ち上がる。
ダメージのせいで思うように動かないみたいだけど、意識を手放すまでには至っていないみたいだ。
と、状態を確認していると上空から雷が俺に向かって落ちて来る。
鉄球を上空に向かって投げると鎖を使って振り回す。
回転する鉄球によって雷が散らされる。
『その鉄球は何だ?』
「あんた用に準備した秘密兵器で、雷系の攻撃を全て無効化する魔法効果が付与されている」
『そんな物が、存在しているとでも?』
存在していた。
何か使える物が迷宮にないかと一覧を探っていると雷系の攻撃を無効化できる武器と防具が4つ存在した。
そこで一覧から選んだのが『崩雷の鉄球』なのだが、一覧に載っていた元々の鉄球は1メートルぐらいの今と比べれば小さな鉄球だった。テンペストタイガーに攻撃する事を考えると攻撃力不足が否めないサイズだったので変更させてもらった。
「鉄球だけじゃない。この鎖だって雷を無効化する」
『散雷の縛鎖』。
周囲にある雷撃も含めて鎖に集めて散らしてしまう効果がある。
2つの魔法道具を合わせて対雷獣用兵器とさせてもらった。
『なるほど。きちんと準備をして来たのだな』
「ああ、本気で気絶させてもらう」
雷獣の口に魔力が収束して行く。
前回だけでなくさっきも街を壊そうと考えて放たれたスキルだ。テンペストタイガーの持つスキルの中では最強と考えていいだろう。
ただし、今回は街ではなく俺へ向けられている。
「あれま。本気にさせちゃったかな?」
『避けろ、小僧!』
「避ける必要がないんで却下」
『は?』
鉄球をテンペストタイガーとの間に盾のように置く。
街すら貫く雷撃だったが、崩雷の鉄球はビクともせず全てが散らされている。
『ハハッ……これだけの力の差があると笑うしか……っ!』
笑っていたテンペストタイガーだったが途中で意識を失ってしまった。
崩雷の鉄球を盾にしている間に後ろから蹴り飛ばさせてもらった。
真っ直ぐ前へ飛んで行った鉄球は顔面に直撃して意識を刈り取っていた。
「……若干顔面が陥没しているように見えなくもないけど、後で謝るので許して下さい!」
テンペストタイガーに触れながらメリッサから借りた【迷宮魔法:転送】を発動させる。
迷宮魔法と化した事で最低限の適性は必要になるが、任意の場所と迷宮の間で物のやり取りができるようになった。
気絶したテンペストタイガーを迷宮の地下45階へ送る。
密林フィールドなら雨を降らせることも可能なのでテンペストタイガーのスキルによって雷雨が発生してもおかしいと感じる人は少ないだろう。
「さて、そろそろ他の二人も終わったかな」
4人の間で念話を繋げる。
状況を確認してみるとイリスとメリッサも戦闘を終わらせていた。
そんな中で混乱の真っただ中に居たのがノエルの傍に置いていたはずのシルビアだ。
「落ち着いて状況を説明しろ」
聞こえて来るシルビアの声は涙声になっていた。
『ですから、胸をナイフで、刺されてしまったんです!』
神託は成就されてしまった。
雷獣戦闘報酬
・雷獣