第30話 VS海蛇―後―
「落下隕石」
天空から落ちて来る隕石。
『なんだ、あれは……』
その光景を見て海蛇様が呆然としています。
海蛇様の意識は呆然としていましたが、体は命令により隕石を迎撃するべくスキルを発動させます。
水流竜巻による水の竜巻が天へと昇って隕石を破壊しようとしています。
ですが、巨大な隕石が相手では表面を僅かに削るのが精一杯で押し留める事すらできていません。
『水流息吹』
海蛇様の咆哮と共に口から放たれる水の息吹。
激しい水流が隕石を吹き飛ばそうとしますが、私の重力加重によって更に重くさせられた隕石を吹き飛ばすには至らず、隕石の接近を許してしまいます。
『くっ……』
自分の力では隕石をどうにかすることができないと判断した海蛇様がその場から離れて行きます。
隕石が到達するまでは、まだ時間が少し掛かります。
迎撃に時間を使ってしまったとはいえ、急いで逃げれば隕石から逃れられない訳ではありません。
隕石に背を向けて逃げ出す海蛇様。
しかし、次の瞬間には海蛇様の体が海面に横たわっていました。
先ほどの重力加重によって至る所を痛めていた海蛇様の体は急な方向転換と移動に耐えられずに倒れてしまっています。
こんな状態の相手に追撃しなければならないのは気が引けます。
……ごめんなさい。
隕石が海面にいる海蛇様の体に直撃し、落下の衝撃によって大きな水柱が上がっています。
着水した隕石はそのまま海底へと沈んで行きます。
「……少し、やり過ぎましたか」
海蛇様の姿を探して海上を探してみると海中から浮上して姿が見えます。
体を起こしてくる様子も見られないのでゆっくりと近付きながら確かめてみると呻き声みたいな声が念話ではなく耳に届いて来ます。どうやら直撃を受けてしまったせいで気絶しているみたいです。
回復魔法を掛けてあげたいところですが、これから行う事を考えるとしばらくは回復する事ができません。
「空間魔法――」
海蛇様に触れながら空間魔法を発動させます。
こういう事態が起こった時に備えて去年の年末から密かに練習していた魔法です。
「【転送】」
海蛇様の長い体が光に包み込まれると消えてなくなっていました。
空間魔法――転送。
触れている物を任意の場所へと移動させる空間魔法。本来ならば『物体』だけしか対象にすることができないのですが、私なりに強化させてもらった結果、対象に意識がなければ移動させる事が可能になりました。
この魔法は迷宮魔法の【転移】と似たような効果ですが、私まで迷宮に戻る必要がないという利点があります。主に喚び出して貰えば私たち眷属なら迷宮へ戻っても問題ないのですが、今は主も私たちの召喚を片手間にできるような状態ではありません。
何よりも主が迷宮へ戻らなくても済むようにする為に開発しました。
以前にイシュガリア公国で起こった騒ぎの時には主が迷宮へ戻る必要があったのですが、イシュガリア公国へ戻って来る為にクラウディア様の力を借りなければならなくなりました。あの時は、『聖女』と『侍女』に転移の力があったから問題ありませんでしたが、状況が違えば手詰まりになってしまう可能性が高かったです。
ですから任意の場所へ自由に移動する事ができる魔法が必要でした。
空間魔法による『転移』では私しか移動することができません。
適性の関係からか主も『転移』を上手く使うことができません。
そこで、主が迷宮へ戻った後で元の場所へ戻る際には私が一緒に迷宮へ戻って、眠るなどの方法で意識を失った主を元の場所へと『転送』を使って転移させる。
幸い、迷宮魔法:睡眠などがあるので意識を失うのも難しくありませんでした。
この方法なら手間は掛かりますが、主も自由に移動する事ができるようになりました。
「そちらの状況はどうですか?」
迷宮の管理をしている迷宮核様に確認を取ります。
『うん、大きな混乱はないかな』
転移させられた海蛇様には迷宮の地下40階へと移動してもらいました。
海蛇様の巨体では、海のような広い場所が必要となりますが、迷宮には海フィールドぐらいしかそのような場所がありません。
『今は暴れても問題がないよう青龍に監視を続けてもらっているし、彼女の状態を診させてもらったけど、相当なダメージがあるから数日は満足に戦うこともできないはずだよ』
「では、大丈夫みたいですね」
召喚魔法による命令によって強制的に暴れさせられている神獣様たちに対する私たちの目論見。
それは、召還魔法に縛られた魔物を迷宮の力を利用して調教してしまう事。
事前に迷宮核様とも相談させてもらいましたが、召還魔法が神獣の召喚を目的とした物であっても迷宮の力の方が強いので召喚魔法による命令を調教による命令で上書きする事が可能です。
ただ、残念ながら調教は迷宮主が迷宮にいなければならないので、実際に調教する事になるのは主が迷宮に戻ってからとなります。それまでは命令によって迷宮を抜け出そうと暴れた時には青龍に抑えてもらう事になっています。
☆ ☆ ☆
「皆さん、魔物の討伐は終わりましたよ」
空を飛んで静まり返った港に下り立つと微笑みながら自分の戦果を報告します。
本当ならパーティの方針として目立つような真似をしたくないのですが、今回はノエルさんの功績とする、という目的があるので姿を大胆に晒します。
港から海蛇様との戦いを見ていた人々は唖然としていました。
どう対応したら分からず、仕方なく港を覆っていた要塞城壁に手を向けて魔法を解除すると背後から雄叫びのような騒ぎが起こります。
な、何ですか……!?
「本当にあの蛇を倒しやがった!」
「すげぇな、嬢ちゃん」
「俺は信じていたぜ」
「嘘を吐いてんじゃねぇ!」
人々から上がって来る称賛の声。
本当は海蛇様を倒した訳ではなく迷宮へ送っただけなのですが、遠くから見ていただけの人たちには海蛇様がどうなったのか知る術はありません。
海蛇様が海底へ沈んで行ったと勘違いしているのかもしれません。
称賛の声を受けていると初老の男性が人垣の向こうから現れました。
服装や所作、周囲の人たちの様子からそれなりの地位にいる人みたいです。
「住人を代表して感謝を申し上げます」
「貴方は?」
「失礼。この都市の代表を務めている者です。私たちの都市を救って下さいました貴女に心よりの感謝を述べさせて下さい」
都市の代表である男性は救世主である私にお礼を言う為に来たようです。
代表の言葉を聞いていた人々もウンウンと何度も頷いています。彼らも私に対して本当に感謝をしたいみたいです。
「つきましては宴の準備をさせていただいております。よろしければ参加下さい」
「いえ、遠慮させていただきます」
「え……?」
まさか断られるとは思っていなかった代表が驚いています。
「私は本来『巫女』の護衛として雇われた冒険者です。彼女に要請されてデュポンまで来ましたが、護衛がいつまでも離れている訳にはいきません。すぐにでも王都へ戻らなければなりません。私が彼女の要請を引き受けたのも『巫女』の舞に感動させられたからです」
「本当に、あの役立たずの『巫女』が……?」
「はい。神の代わりという訳ではありませんが救援に来ました」
信仰を大切にしている人にとっては許容できない言葉かもしれませんが、それだけの事をさせてもらったと自負しています。
「今代の『巫女』は決して力が足りない訳ではありません」
「そうだよな……これまでだって災害が起こる時は『神託』で事前に知らせてくれたし、去年までは不作だったこともない」
神託も舞も問題なく行われていた。
神獣による被害にばかり目が行っていた人たちもノエルさんのこれまでの功績を思い出して彼女を責めていた自分たちを恥ずかしく思っています。
直接の被害を被ってしまっていたので、そのような意識を持ってしまうのは仕方ないのかもしれません。ですが、このような状況になっても頑張っていたノエルさんを少しでも評価して欲しいところです。
「え……?」
港の人たちと話をしていると信じられない報告が届きました。
「ノエルさんが死んだ?」
海蛇戦闘報酬
・海蛇




