第29話 VS海蛇―中―
『……なぜだ?』
「私たちは雷獣様からも似たような事を頼まれました。ですが、到底受け入れられない内容だと感じた私たちは事態を解決させる方法を探しました」
『そんな都合のいい方法など……!』
「ええ、私たちが見つけた方法は召喚魔法の楔から解放できる代わりに一時とはいえ苦痛を伴うものです」
本当ならもっと簡単に事が運べばよかったのですが、海蛇様ほどの実力を考えると簡単に済ませられるような事ではありません。
また、相手が人間に敵対的だった場合には討伐を優先させる事にしていました。
『いいだろう。私にできる事はお前に委ねる事ぐらいだ。お前のやりたいようにやるがいい。ただし、自分の命を優先させろ』
「ありがとうございます」
本当に優しい魔物でよかったです。
ただ、命令されている状態は非常に危険です。
私を命令遂行において最も邪魔な存在だと判断したのか牙の生えた口を開いてこちらへ近付いて来ます。
それを避けると海蛇様から離れて魔法を使用します。
「暴風剣」
『なんだ、それは……』
海蛇様が私の手にある武器を見つめて驚いています。
暴風剣。
風属性のSランク魔法で、嵐のような暴風を斬撃として相手に叩き付けることができます。その威力は、都市すらも切断できるほどの威力と言われていて人間に習得は不可能だと言われていました。
……ところが、加護のおかげで私はすんなりと習得できてしまっています。
さらに私なりの改良を施した結果、杖の先端から20メートルを超える長さがある緑色に輝く光の剣が生まれており、刃を中心にバチバチと放電する風が渦巻いています。
私の作った剣を中心に一つの嵐が発生しています。
『本当に面白い奴だ』
笑いながらスキルを使用して水の竜巻を私へ叩き付けて来ます。
『水流竜巻』
全てを呑み込んで暗い海底へと流してしまう竜巻。
ええ、いいでしょう。
正面から受け止めます。
「ふっ」
長大な剣を水流竜巻に向かって振り下ろします。
中央に暴風の斬撃を受けた竜巻はあっという間に霧散してしまい、直下にあった海が大きく割れてしまっています。
『ぐわっ!?』
水流竜巻の向こうには暴風に吹き飛ばされて海面に叩き付けられている海蛇様の姿がありました。
私の実力を評価している海蛇様にとって水流竜巻が無効化されることは想定済み。そこから自らの牙で噛み付こうと水流竜巻を隠れ蓑にして飛び掛かって来たのですが、後ろにいた海蛇様は余波を完全に受け止めてしまったみたいです。
「も、申し訳ありません……!」
『気にするな。この程度の傷など私の体を思えばなんともない』
「そうですか」
海蛇様の言葉に安心します。
けれども、優しい言葉を掛けて来るのに反して海蛇様は鋭い牙が生えた口を開いたまま私へと襲い掛かって来ます。
本人も命令があるせいで逆らうことができないみたいです。
逆らうことのできない命令。
非常に不愉快なものです。
『どうした? 私の事なら気にせず攻撃して来い』
不愉快なせいで眉を顰めていた事から海蛇様を攻撃することを躊躇していると勘違いさせてしまったようですが、私が不愉快になっている原因は違います。
意に沿わない命令。
私たち迷宮眷属も迷宮主から何か命令をされれば拒否する事ができません。ですが、今のところ拒否したいと本気で思うような命令をされていないので、そのような権限があっても気にしたことがありませんでした。
そして、今初めて意に沿わない命令に従わなければならない存在を見て非常に不愉快な気分にさせられています。
その怒りをぶつけるように2本目、3本目と押し寄せて来る水流竜巻に暴風剣の斬撃を当てて霧散させて行きます。
『防御するだけか? それでは私を倒せんぞ』
私はアイラさんやイリスさんのように剣術を習った訳でもないので剣を振り回すことはできても剣を振るうことはできません。
だから強大な力を持つ竜巻に暴風を当てて霧散させているだけです。
ですが、それだけでは勝てないのも道理。
「……死なないで下さい」
私から言えるのはそれだけです。
杖に先端にある暴風剣の刃を飛ばして海蛇様に突き刺します。
突き刺さった場所に起こった衝撃に海蛇様が吹き飛ばされて海に叩き付けられています。飛ばされた跡には鱗と思しきものがいくつも散乱したままになっており、海も赤く染まっています。
『や、やるじゃないか』
体には無視できないダメージがあるにも関わらず気丈に振る舞っています。
彼女にも神獣としてのプライドがある、という事でしょう。
「まだ駄目ですか」
私の目的を達成する為には意識を失わせる必要があります。
ダメージを与えるだけでは意味がありません。
……さて、どんな攻撃をするのが効果的なのか?
そんな事を考えていると海蛇様の胴から針のような物が何百と出てきます。針と言っても海蛇様の巨体のせいで小さく見えるだけで実際の大きさは私よりもちょっと小さいぐらいです。
『マズイ……! 逃げるのじゃ』
胴から何百という数の針が発射されてミサイルのように私へ飛んできます。
空を飛んでいる私が回避する為に旋回すると針もまた移動した私を追って来ます。
『その針は相手に狙いを定めるとどこまでも追い掛けて行く。その程度では回避できん!』
「では、撃ち落とすことにします」
ボッボッ、と私の周囲に生まれたいくつもの火球。
それらを針に向かって飛ばすと数百発のミサイルと火球が海上でぶつかり合い、爆発による煙が空を覆い、火花を海に撒き散らして行きます。
『貴様は、一体……』
自分の意思ではないとはいえ、自らの攻撃が無力化されている様子を呆然と見ている海蛇様。
「よそ見をしている暇がありますか?」
爆煙を突き抜けて一気に接近します。
私の姿を見失っていた海蛇様は全く対応できていません。
そのまま海蛇様の体に触れると、
「重力加重」
闇属性魔法で海蛇様の重量を増加させます。
この魔法は、触れた対象の重量を増加させる魔法ですが、元々の重量から増加させる倍率を増して行けば行くほど魔力消費量が多くなります。
ですので、5割増し程度では大した量ではありません。人間を相手にした場合は大した増加量ではないとはいえ、相手は巨体を誇る海蛇様です。
『ぐふっ!』
海蛇様の体が海中へと沈んで行きます。
沈む体からボキボキと軋む音が聞こえてくるので体内は酷い事になっているはずです。
「さて、どこから来ますか?」
海面から離れて上空へと移動します。
海中にいる海蛇様の姿は海が荒れているせいで見えません。
と、私の背後を突くように海蛇様が海中から飛び出して噛み付こうとしてきます。
「風槌」
背を向けたまま私が放った衝撃波に仰け反らせられますが、気絶させるには至っていません。
海の中で隠れていた海蛇様ですが、海中から飛び出そうとする強い魔力を感知すれば位置を捉えるのは難しい事ではありません。
ですが、気になっていた事があります。
「この程度が神獣の実力なのですか?」
もっと苦戦させられるかと思っていましたが、私の魔力残量にはまだ余裕があります。
『貴様は一つ勘違いをしている』
「勘違い、ですか?」
『私が神獣と呼ばれ恐れられている最大の理由は討伐の難しさにある』
「ですが……」
『私の周りを見てみろ』
海蛇様に言われて見てみます。
荒れ狂った海は渦を巻いており、中心にいる海蛇様へと吸い込まれているようです。
ああ、なるほど。
「たしかに、このような状態では討伐は難しいですね」
私のように飛行しながら戦闘ができるのは珍しい方です。
そのため、通常は海蛇様を討伐しようと思ったら船に乗って接近してから戦闘をしなければなりません。ところが、荒れ狂った海の中では船で近付くことができないために討伐どころか戦闘すら不可能な状態です。
絶対的に有利な戦場。
ですが、そんな戦場も空を飛んだままでいるため私には全く影響を与えられていません。
これでは海蛇様の実力が弱く感じられてしまうはずです。
「こちらも『巫女』の傍を長時間離れる訳にはいかないので、そろそろ決着を付けることにしましょう」