第27話 VS炎鎧―後―
花の形をした氷の中に閉じ込められた炎鎧。
この氷は、私が全力で生み出した氷だ。簡単に壊れることがないように造っている。
「さて、あの二人はどうなったかな?」
別行動を取り始めてから10分以上が経過している。
マルスたちなら既に相手を倒していてもおかしくない。
連絡を取ろうと意識を集中させた瞬間――
「……っ!」
咄嗟に伏せる。
すると後ろにあった氷の花が砕かれた気配を感じた。
パラパラと氷の破片が地面に落ちる音が聞こえる。私の近くに落ちて来る音も聞こえて来れば離れた場所に落ちる音も聞こえて来る。
どうやら外から力が加えられて氷が砕かれた訳ではなく、内側から一気に壊されたみたいだ。
「まさか私の氷が壊されるなんて」
熱で溶かされる前に全身を一気に凍らせた。
内側を凍らせておいたおかげもあって問題なく凍らせることができた。
けど、絶対の自信を持っていたはずの氷が砕かれた。
原因は――振り向いた先にいた炎鎧の姿を見てはっきりした。
「なるほど。鎧を脱いで攻撃力を上げたってところか」
砕け散った氷の中心で立っている魔物は私が知っている炎鎧じゃなかった。
赤茶けた肌をした牛の頭を持つ魔物――ミノタウロス。
「それがあなたの本当の姿っていうところ?」
「そうだ。鎧を脱ぐなんていつ以来だ?」
炎鎧が思い出そうとしている。
けど、すぐに意味がない事だと分かって首を振る。
「そんな事はどうでもいい。オレはお前を倒すだけだ」
鎧を着ていた時と同様に体から炎が発せられる。
ただ、その炎は揺らめいていて非常に不安定だった。
なるほど。あの鎧は安全装置の一種でもあったみたいだ。そして、安全装置には膨大なエネルギーが溜め込まれていた。鎧を犠牲にしてそれを一気に解放することで内側から氷を砕けるだけの爆発を起こした。
けど、そういう理由なら2度目は考える必要がない。
鎧が修復される様子はなく、爆発を直近で受けた炎鎧の体はボロボロになっていた。2度目を受ければ無事では済まされない。
「そんなボロボロの体で、しかも鎧を失った体で敵うと思うの?」
「鎧はオレが回復すれば再構成できる。鎧なんかよりもお前はコイツの事を忘れているだろ」
そう言って地面に落ちていた斬馬刀を回収する。
斬馬刀は鎧と同じ材質でできているらしく、鎧と同じように熱を集めて発火する能力があった。
炎を纏う斬馬刀。
斬馬刀を構えた炎鎧が突っ込んでくる。ただし、鎧を脱いだおかげで身軽になったのかさっきまでよりも速い。
巨体を活かして斬馬刀を上から振り落としてくる。
速度が強化された攻撃は、そのまま攻撃力が強化される。
今度は鎧を重くして受け止め切れないようにする、という方法も採れないため私が圧し切れるとも限らない。
けれども、そんな強力な攻撃も当たればの話だ。
「ぶへっ」
上空から飛んで来た氷塊が顔に当たって横へ吹き飛ばされた。
私へ真っ直ぐ振り落とされた斬馬刀も一緒に飛んで行く。
「な、なんで……」
訳が分からず呆然としている。
そこへ氷柱を何本も射出して突き刺して行く。
「ぐあっ!」
血を流しながら地面を転がっている炎鎧。
その姿には災厄を齎す魔物なんて威厳はない。
「分からないみたいだから教えてあげる。鎧を脱いだことでたしかに速くなっている。けど、あなたみたいな巨体が多少速くなったところで私たちレベルだと逆転できるほどじゃない。むしろ落ちた防御力の分を補えていない」
防御を捨てるなら相手の攻撃を全て回避できるぐらいに速くならなければならない。けど、炎鎧はそこまで速くなっていない。
「氷柱疾走」
先端が鋭く尖った人と同じくらいの大きさがある氷柱が私の前にある地面から炎鎧に向かって何本も飛び出す。
炎鎧が横に向かって跳ぶと地面から飛び出した全ての氷柱が先端部分を切り離して対象に向かって飛んで行く。対象は、もちろん炎鎧だ。
「いてぇ!」
ダメージを受けて地面に倒れる。
「あなたは今まで鎧に守られてダメージなんてほとんど受けて来なかった。だから簡単な魔法によるダメージでも私の想定以上に痛がってしまう」
「テメェ……」
炎鎧が私を睨み付けながら氷柱を熱で溶かしているけど、はっきり言って鎧を着ていた時と違って表情が見えているせいで恐怖なんて全く感じない。むしろ、私に怯える憐れな魔物に見える。
「人間程度がオレを見下してんじゃねぇ!」
地面に倒れたまま立っている私を見たせいで、私が見下しているように見えてしまったらしい。私が見下しているんじゃなくて自分が見上げているだけなのに。
私から急いで離れて斬馬刀に魔力を込める。
熱と炎が一気に放射されて巨大な刃を形成する。
「防御なんて知った事じゃねぇ。この剣でテメェをぶっ叩けばそれで終わる話だ」
「そう」
たぶん全ての力を込めた攻撃。
防御を捨てて攻撃に集中した結果みたい。
「そっちがその気ならこっちも乗ってあげる」
「なんだ……?」
冷たい風が私を中心に集まって行く。
その様子を不審に思うものの炎鎧には何もできない。
ヘルヴォルとティルを中心に冷気が集まったことで蒼い風が渦巻いている。
「……ッ! オレが恐怖しているだって!?」
「その通りでしょ」
冷気の渦に気圧された炎鎧が足を後ろへ下げた。
その行動は、恐怖から来るものだったけど、今まで人間相手に恐怖なんて感じたことのない炎鎧は否定する。
「オレが人間程度を恐れるはずがない!」
ただの振り落とし。
そこに剣術なんて技術は全くなくてただ上から落としてくるだけ。
それでも炎で作られた剣は十分な威力があり、回避したとしても余波を近くで受けただけで無視できないダメージがあるのは見ただけで分かる。
だから、上から落とされる炎の剣に合わせるように冷気を大きな剣のようにしてヘルヴォルを振り上げる。
冷気と熱気の剣が衝突する。
衝突した場所を中心に蒸気が発生し、衝撃が周囲へと逃がされて私だけじゃなくて炎鎧のいる方へも流れて行く。
2本の剣の衝突はすぐに均衡が崩れる。
全くさっきと変わっていない。
「……!」
私の方へ流されていた蒸気が炎鎧の方だけへ流されて行く。
「どう、してだ?」
「こんな単純な方法にも気付かない時点であなたの負け」
炎鎧は斬馬刀だけに熱を集中させて攻撃力を高めている。
けれども、私は冷気の剣を形作ると同時に炎鎧にも冷気を浴びせるよう操作している。
冷気によって自身の熱を奪われて力を失って行った。
私が強くなったんじゃなくて時間が経てば経つほど炎鎧が弱くなって行った。
「あなたの敗因は敵との攻防から何も学ばなかった事」
自分の力に自信のある炎鎧は私との一撃による勝負に拘った。
その結果、さっきも私への攻撃に集中するあまり自分の鎧が使い物にならなくなったどころか足を引っ張る結果に繋がってしまった経験を活かせず、私との打ち合いに熱中して自身の状態に気付けないという失態を犯してしまった。
「ま、待て……」
「待たない」
既に降伏勧告は済んでいる。
冷気の剣を押し込むと剣を形作っていた炎が霧散して無防備な体を晒した炎鎧を下から縦に斬る。
「へっ?」
体の中心から血を噴き出しながら倒れる。
鎧があったおかげでダメージなんてほとんど負っていなかった炎鎧は自分が斬り殺された事にも気付かずに死んだ。
「つ、疲れた……」
初めてティルを使ったけど、かなり疲れた。
この魔剣は剣だけでなく魔法に関しても操作性を高めてくれるから便利だけど、同時に魔力をかなり消耗する。慣れたティアナさんは疲れた様子も見せずに戦場で振るっていたけど、今の私にはそこまで使いこなせる自信がない。
だけど、私だって今は疲れた様子を見せる訳にはいかない。
「みなさん、王都を苦しませていた魔物は『巫女』から頼まれた私が討伐したのでもう安心です」
私たちが戦ったのはノエルに協力したからだと大々的に宣伝する。
そうしてノエルを非難する人たちの声を退ける。
「『巫女』様が……?」
「けど、あの人は無能だって言っていたぞ」
「そうだよな」
炎鎧との戦いを遠くから見ていた人たちがヒソヒソと話している。
「私は他国から来た冒険者です。たまたま別件でこの国にいたので魔物討伐に協力させてもらいましたけど、協力したのは彼女が『巫女』だったからです。彼女以外が『巫女』だった場合には舞を見ても感動していなかったかもしれないので協力していなかったかもしれません」
大神殿にいる最中に巫女の舞を見せてもらった事がある。
みんな、次の『巫女』に選ばれるかもしれないという想いがあったから練習中でも全力で取り組んでいた。
けど、ノエルの舞を見た時のような感動は何もなかった。
ノエルの技量が凄かったというのもあるけど、それ以上に次の『巫女』を狙っているという邪な感情が見え隠れしていたせいで下品な物に感じられたほどだった。
「では、この場はお願いします」
「はい!」
兵士たちに任せて大神殿へ戻る為の道を歩きながら、炎鎧を討伐した事を報告する為に念話を繋げる。
『――緊急事態発生です』
シルビアの緊迫した声のせいでそれどころではなくなってしまった。




