第26話 VS炎鎧―中―
聖剣ヘルヴォル。
何年も前に実力を試す意味でアリスターとは違う迷宮へ挑んでみたところ幸運にも手に入れることができた聖剣。
思えば幸運過ぎた。
たぶん迷宮側が仕組んだビギナーズラック――と言うよりもそれ以降も私に迷宮へ足を運んで貰う為の餌の一つだったのだろう。現に私は聖剣と同等の価値を持つ物を求めて迷宮へ何度も足を運んだ。結局、聖剣ほどの代物は手に入らなかった。
それが今まで自分の愛剣として使用して来た剣。
ヘルヴォルには使用者の水属性魔法の消費魔力を抑えると同時に威力を高めてくれるという効果があった。その効果は私と相性が良かった。
だから、今まで使い続けて来た。
けど、私にはもう1本剣があった。
それは、私が憧れた女性――ティアナさんの愛剣。
彼女が戦場で使っていたのは魔剣で、相手の攻撃によって弾かれたりしない限り狙った場所へ剣を当てることができる、という効果を持っていた。
魔剣ティル。
ティアナさんの遺品である魔剣をマルスのパーティに加入する時に餞別ということでフィリップさんたちから譲り受けていた。
けれども今まで使うことはなかった――と言うよりも使うことができなかった。
魔剣ティルのランクはB。
Bランクの魔剣では戦場の連戦に耐え切ることができずに刀身がボロボロに朽ちてしまっていた。剣として使い物にならなくなっただけなら鍛冶師に頼めば修復してくれたかもしれないけど、魔剣としての機能も失われてしまっていたためにティアナさんが使っていた時と同じように使うことはできない。
だから、ティアナさんを目指していたと知ってフィリップさんたちも想い出の品という事で私に託してくれた。
「けど、私には元通りに修復する手段があった」
迷宮に与えて財宝として量産する事ができるようにする。
魔力さえ支払えば私も手にする事ができるようになる。
ティアナさんの使っていた剣ではなくなるけど、魔剣ティルは再び蘇ることができるようになる。
剣は戦いに使われてこそ価値がある。
元々の使用者だったティアナさんもティルが蘇る事に期待している。
そんな予感が私にはあった。
だから、マルスには迷惑を掛けないようティルを蘇らせる為に必要な魔力を私自身の貢献で溜めてから、この手にするつもりでいた。
けど、神獣みたいな敵を相手にするなら強い力が必要になる。
マルスに迷惑を掛けることになるけど、ちょっと魔力を消費してティルを蘇らせる。
「うん。私が見たティアナさんの剣だ」
間違いない。
あの日憧れた人が手にしていた剣が目の前にあった。
宝箱の中から出て来た剣の柄を握る。
その剣は、初めて握ったにも関わらず私の手にしっくり来る。
「今さら新しい剣を手にしたところでどうした!?」
炎鎧の鎧から炎が吐き出される。
「行こう」
右手にヘルヴォル。
左にティル。
2本の剣を持って炎へと突っ込む。
「あ?」
炎を全身で浴びることになるけど、全然熱くない。
私の周囲に発生した冷気が熱を遮断して炎を逸らしているからだ。
2本の剣が炎鎧の鎧を打つ。
「……無駄だ。2本に増やしたところでオレにダメージを与えられない」
鎧は熱を吸収したことによって攻撃力だけじゃなくて防御力も強化されている。
「何も理解していない」
空中に出現させた氷で造られた10本の槍。
放たれた10本の槍は鎧に阻まれることなく突き刺さった。
「なんで?」
ティルの能力は、私の使った魔法にも適用される。
つまり、ティルを持った状態で使った私の魔法は的確に狙った場所へ飛ばすことができる。
今の状態なら氷の槍を関節部分みたいな鎧の隙間に突き刺せる。
「ふんっ!」
それも炎鎧が自分の体に力を込めてしまうまで。
体から放たれた熱が突き刺さっていた氷を溶かしてしまった。
「相性が悪くて残念だったな」
炎鎧が持つ斬馬刀から炎が噴き出す。
氷と炎では、相性的に私の方が圧倒的に不利。
炎を纏った斬馬刀が私へ振り下ろされる。
私は、それを下から二本の剣で受け止める。
「はっ……!?」
まさか受け止められるとは思っていなかった炎鎧が驚いている。
けど、驚いて動きを止めるには早い。
「……っ!?」
炎鎧の持っていた斬馬刀が凍り付いて行っている。
正確には、斬馬刀を覆っていた炎だ。
「何をした!?」
慌てて私から離れた炎鎧が叫ぶ。
自分の攻撃が私に受け止められた瞬間から武器が凍り付いてしまったのだから離れた方がいいと判断したんだと思う。
その判断は正しい。
「私が右手に持っている聖剣は使用者の水属性魔法の威力を高めてくれる。その気になれば触れている場所から相手の体を一気に凍て付かせることも可能」
「そんな、はずは……!」
炎鎧が私の言葉、そして自分の武器を襲った現象を思い出して戦慄している。
全てを溶かしてしまえる熱を持っているはずの武器が触れただけで凍らされてしまった。
そんな事は、炎鎧にとって認められるはずがない。
「ふざ、けるな!」
それまで以上の熱が集まって斬馬刀を覆っていた氷が溶かされる。
自分にもこれだけの事ができる。
そんな風に思いながらニヤッとした笑みを浮かべてから私の方を見る。
「あ?」
けど、平然とした様子の私が気に入らないのか怒りを向けて来た。
「何のつもりだ」
「別に。ただ……」
ヘルヴォルの刀身が強い青色に輝く。
「その程度の事で驚けるんだなって思っただけ」
「……斬る!」
赤く燃え上がった斬馬刀。
それを私は蒼く輝く聖剣で受け止める。
熱気と冷気が衝突して周囲の空気が荒れ狂う。
最初は拮抗していた私たちの攻防。けれど、しばらくすると戦いは私に有利な方へと傾いて行く。
「なん、だ……?」
急に炎鎧の体から力が抜けて行く。
と言うよりも何かが邪魔をして力を籠めることができない。
「ようやく効いてきた」
「……! 何をした?」
対には立っていることができずに右膝を地面に付いてしまう。
「自分の鎧をよく見てみるといい」
「鎧?」
炎鎧が最大限の力を込めて私の攻撃を受け止めながら鎧へ視線を彷徨わせる。
特に異常は見当たらない。
「……!」
けど、何気なく見てしまった部分が凍っている事に気付いた。
「ようやく気付いた? それは関節部分なんかにできた僅かな隙間が凍結してできた氷」
その隙間は本当に小さく刃を突き刺す事すら難しい。
「どうして凍っていやがる!?」
「単純。私が動けるように発生させていた戦場を覆う冷気をもう1本の魔剣で操作していただけ」
ヘルヴォルを強く光らせることで意識を集中させる。
それでいながら本命はティルによってヘルヴォルから発せられていた冷気を鎧の隙間へと運ぶ事。
凍結させられたことによって鎧を簡単に動かすことができなくなった。
「どうして鎧の内側の氷は溶けないんだ?」
「どうやら自分の鎧なのに特性をまるで分かっていないみたい」
「特性?」
「その鎧は熱を集めて炎にして発することもできる。けど、鎧が熱を集めているのは表面部分までだし、炎を発するのも表面から外側にしか向けられていない」
その辺りの事はすぐに気付いた。
私も冷気使い――言ってみれば熱を扱っているような物。鎧に集められた熱がどんな風に移動して、利用されているのか感覚で分かった。
結果、鎧の内側に集められた熱が伝わっていないことは分かった。
「もう限界」
私の剣を受け止めている腕がどんどん落とされて行く。
凍らされたことで鎧の重量が増して行くのを止める事ができず腕の力だけで支えることができなくなっている。
「吹き飛ばされやがれ!」
子供騙しの炎が鎧から噴き出される。
炎の衝撃によって吹き飛ばされる……その衝撃を利用して炎鎧を跳び越えて後ろへ回り込むとヘルヴォルを叩き付ける。
「うおっ!」
叩き付けられた場所から氷が花のように開いて圧し潰して行く。
「ま、待て……!」
何度も何度も叩きつけて炎鎧の体を氷の中に閉じ込める。
こちらへ手を伸ばした状態で動かなくなった炎鎧。
「討伐完了」