第24話 『巫女』の責務
次々と倒れて行く観衆。
中でも体力のない子供が真っ先に倒れた。
原因は――熱中症。
急激に気温が高められたことによって耐えられずに眩暈を起こし、中には倒れる者まで出始めた。
「おい、全然収まらないじゃないか!」
一人が声を荒げた。
王都に住んでいる人にとっては既に慣れた現象。
何の前触れもなく気温が急激に上昇してしまう。
それが、炎鎧の持つ特性の一つ。
彼らが『巫女』に期待していたのは舞を神に奉納することで神獣の怒りを鎮めてもらう事。ところが、舞が行われても怒りを鎮めるどころか舞が終わったタイミングで再び現れてしまった。
彼らの怒りは自然とノエルへ向けられた。
そして、さらに事態はややこしくなる。
「なにっ!?」
部下から何らかの報告を耳打ちされた獣王が驚く。
万が一にも観衆に聞かれてしまうとパニックが起きてしまうと考えた部下が気を遣った結果だ。
だが、空気を読まない者が隣にいた。
「海蛇に雷獣までが暴れているだと!?」
隣にいた為に聞こえてしまった貴族が報告された内容を復唱してしまった。せっかくの気遣いが無駄になってしまった。
と言うよりも態と聞こえるように復唱していた。
目的はパニックを引き起こさせる為。
「詳しく説明しろ」
「ハッ」
既に海蛇と雷獣が暴れている件は伝わっている。ここで下手に教えない方が不安にさせてしまうと判断した。
「港湾都市デュポンと都市ヴァートンから救援要請が届きました。いかがしますか?」
「……」
獣王は何も答えられない。
明確な対抗手段を用意できない為だ。
「王都からも救援部隊を派遣する。だが、今暴れている魔物については自分たちで対応してもらわなければならない」
「レムタール侯爵!」
獣王が隣にいた貴族に掴み掛かる。
さっきから空気が読めていないように色々と言っているのが召喚魔法の魔法陣に細工をしたレムタール侯爵なのか。
こいつは今起きている問題の元凶なのに何も知らないフリをしている。
「陛下、今の状況を理解して下さい。王都の気温が猛暑を越える勢いで上昇しているのです。王としては、まず王都の危機に対応しなければなりません。それに救援要請のあった都市までどれだけの時間が掛かると思っているのですか?」
「そうだが……」
近い方のヴァートンでさえ馬車で数時間掛かる。
動きの遅い軍隊なら半日以上の時間を要することになる。今まで救援を要請されても国で動く事がなかったのは救援に到着するまで時間が掛かってしまい、到着する頃には神獣が消えた後になってしまうからだ。
それにデュポンについては馬車で3日。
どう足掻いたところで救援に辿り着けるはずがなかった。
「まずは、熱に倒れた者の救護を優先させるべきでしょう」
「……仕方あるまい」
命令を受けた兵士が熱中症で倒れた人々を回収して行く。
その様子をノエルは不安そうな瞳で見ているしかなかった。いくら自分が悪い訳ではないと分かっていても責任を感じずにはいられない立場にいた。
ただ、この場にはその気持ちが分からない者、分かっていて無視する者が多くいた。
「……何が『巫女』だよ」
会場にいた一人がボソッと呟いた。
その言葉は本当に無意識の物でノエルを本気で咎めるような気はなかった。
けど、一度放たれてしまった流れは止められなくなってしまった。
「ちゃんとやれよ!」
「お前が『巫女』だって言うなら魔物共を鎮めろよ」
「この熱で父は倒れたのよ」
会場中から次第に罵声が飛び交うようになる。
ノエルの補佐をしていた巫女たちも罵声を浴びせるような真似はしないが、責めるような視線を向けていた。
そして、この状況で口元に怪しい笑みを零している者が一人。
「きさま……」
「おっと、これは失礼」
獣王から咎められてレムタール侯爵は笑みを消していた。
ここまでは彼の思惑通りに事が進んでいるのだろう。
レムタール侯爵がステージへと上がって行く。
「皆、落ち着いて欲しい」
「……なんだよ、あんた」
「私はレムタール侯爵家の当主シェレック・レムタールという者だ。皆が『巫女』を責める気持ちも分かる。だが、彼女も神に仕える一人の人間でしかない。人にはできる事の限界がある。魔物の怒りを鎮める事に失敗したからと言って彼女一人を責めるのはあまりに酷だ」
そう、ノエルは少しばかり特殊な能力を持っているのかもしれないが、できる事には限界のある人間でしかない。
自分たちではどうにもできない事を押し付けておきながら責め立てるのは、ノエルがあまりに可哀想だ。彼女は自分から望んで『巫女』になった訳ではない。
「しかし、『巫女』を継承した人物に責任が伴うのもまた事実。彼女には申し訳ないが、力不足である以上は『巫女』を引退してもらわなければならない」
『巫女』でなくなったノエルは誰からも見向きされない。
元々『巫女』に選ばれてしまったノエルを妬んでいる人物は多い。引退だけで済まされても、その後で色々として来る相手がいるかもしれない。
それこそがノエルの死因になっている可能性もある。
「使い物にならない『巫女』なんていなくなっちまえ!」
「そうだそうだ!」
ノエルがいなくなる事を望む声が上がる。
予め打ち合わせしておいてあるとはいえ、この声は簡単に耐えられるものじゃない。現に俯いて悔しそうにしている。
それでも耐えられているのはノエルの味方がいるからだ。
「さっさといなくなっちまえ!」
観衆の一人が足元に転がっていた石を拾って投げる。
その石は掌に軽く収まる程度の大きさしかない小さな石。当たり所が悪ければ血が流れることだってある。
ノエルの近くにいた巫女たちは誰も助けない。
けれども、石がノエルに届くことはなかった。
光り輝く盾によって石は阻まれ、ステージの上に転がり落ちていた。
「落ち着いて下さい」
ステージへと出て来たのはミシュリナさん。
観衆は初めて見る『聖女』の美しい姿に圧倒されていた。何よりも『巫女』と同じように彼女の発した言葉は彼らの心に染み渡るように届いた。
「私も彼が言うように皆さんが『巫女』を責めたい気持ちは分かります。それと同時に力不足によって何もできない彼女の気持ちも分かります」
かつて世話になった人物から妻を救ってほしいと頼まれた。
しかし、癒しに特化した『聖女』でも死者や寿命の尽きた人を癒すことはできなかった。
そのせいでミシュリナさんは夫から一方的に恨まれることになった。
「そのうえで問います。皆さんは本当に彼女の力が『巫女』として不足していると本気で思っているんですか?」
「何を言っている……現に魔物は暴れているじゃないか?」
いくら侯爵と言えどミシュリナさんの言葉を一蹴することはできなかった。相手は友好国の重要人物の一人だ。
ミシュリナさんは侯爵を無視して観衆に尋ねる。
「たしかに彼女は『巫女』として求められている務めを果たすことができず神獣を鎮めることができませんでした。けど、それが『巫女』としての力が不足しているということになりますか? 『巫女』の務めは祈りや舞を捧げて神を満足させることにあります。皆さんは、先ほどの舞を見て本当に神が満足していないと思いますか? 彼女の舞に心を動かされた人は本当に誰もいませんか?」
「……」
観衆は誰も答えられない。
少なくとも舞を見ている間、ノエルに魅了されていたのは間違いようのない事実なのだから。
そして、神も本当に見ていたのなら感動していたに違いない。
観衆は迷ってしまっていた。
「だが、結局のところ国が荒れればどうしようもない」
侯爵は諦めていなかった。
彼の思惑としては、この場で民衆を味方に付けておきたかった。
「彼女は『巫女』が最低限果たすべき仕事を果たせていない」
「それも問題ありません」
「なに?」
「民衆が求めているのは『「巫女」の舞に感動した神が神獣を鎮める』というものです。ですが、『神獣を鎮める』という結果さえ同じなら神である必要はないはずです」
「そんな事が――」
「できるから名乗りを上げるんだよ」
俺たちもステージに上がる。
「貴様らは、『巫女』が新しく雇った護衛……」
「俺たちの仕事は『巫女』の護衛だけだ。本来なら、その間にこの国がどうなろうが知ったところじゃない。けど、彼女の舞に感動させられた。だから、彼女の願いに応えるため神獣の怒りを鎮めて来ようじゃないか」
ノエルの舞に感動させられた俺たちが神獣を討伐する。
願いを叶える相手が『女神ティシュア』から『迷宮主』に変わっただけで結果は何も変わっていない。
「おい、そこの伝令」
「はい!」
「出現した魔物はいつも通りなんだろうな」
「その通りです」
デュポンに海蛇。
ヴァートンに雷獣。
王都に炎鎧。
「メリッサ、お前がデュポンに行け」
「はい」
ステージ上にいたメリッサの姿が一瞬で消える。
空間魔法による転移だ。
「炎鎧はイリスに任せた」
「任された」
イリスが観衆の頭上を跳び越えて王都の外へと向かう。
「じゃあ、俺も現地に行きますか」
俺の相手は雷獣だ。
時間を掛ける訳にはいかないので同時進行で戦う必要がある。
「後はお願いします」
「さっき言った事は間違いじゃないですから気にしないで下さいよ」
神獣を相手にできるほどの戦闘能力を持たないミシュリナさんたち『聖女』組は置いて行くことになる。
ついでに彼女たちの護衛に引き続きシルビアを付けている。
――さあ、神獣VS迷宮主・眷属だ。




