第20話 神獣の召喚陣
メリッサは魔法陣が召喚魔法を目的とした物である事を一目で見抜いていた。
「まず、この部分を見て下さい」
魔法で投映した魔法陣の下の方を示す。
「この部分に使われている陣は主が使っている【召喚】と同じ物です」
俺も上から見下ろした時に見慣れた魔法陣の一部に見慣れた紋様が使われていたから、すぐに召喚を目的とした魔法陣だと理解した。
だが、それは普通ではない。
俺が使っている【召喚】も召喚魔法と同様に離れた場所にいる人や魔物を喚び出す為の魔法だが、迷宮魔法と普通の魔法は使っている魔法陣からして全く違う。
この場合、床に描かれた魔法陣が特別という事になる。
「それから上の部分で喚び出す魔物を大まかにですけど指定しています。あまりに複雑すぎて、これでは神獣クラスの魔物しか喚ぶことができません。もっとも喚び出す為に必要な準備さえ整えば神獣が相手であっても喚び出すことが可能になります」
神獣の召喚を目的とした召喚魔法陣。
それは、特別と言っても差し支えない。
そこまでは俺でも分かった。問題は残りの一部分だ。
「書き加えたような形跡のある場所がありますが、これはそれほど難しい内容ではありません。召喚した魔物を特定の場所へと転移させる効果があります」
「特定の場所?」
「はい。詳しい座標まで求める必要があるなら詳しく解析する必要がありますが、この国の現状を考えると――」
海蛇は、港町デュポンの近海。
雷獣は、ヴァートン郊外にある畑の近く。
炎鎧は、王都フィレントの近郊。
「……それは、どこへでも可能なのか?」
任意の場所へ自由自在に転移させる事が可能なら世界中のどこであっても危険に晒される可能性がある。
そんな物が自分の国にある。
自国を正しく統治しなければならない王として気にせずにはいられない。それに万が一、他国にも危害を加えてしまった場合に原因が知られてしまうと責任を取らざるを得なくなる。
「いえ、その可能性は低いです」
「そう、か……」
メリッサの言葉に安堵していた。
「転移先にも潤沢な魔力が要求されています。大きな港や穀倉地帯、それに大都市の近くでもなければ転移させるのは不可能です。そして、転移先に指定するにもかなりの手間が掛かります」
他の場所へ転移させられる可能性は低い、と考えていい。
そうして事態がこれ以上悪化しないと分かれば獣王の心には次第に怒りが沸々と湧き上がって来る。
「誰だ!? 誰がそんな事をやった!?」
「そこまではさすがに分かりませんよ」
詰め寄る獣王に対して正直に答える。
本当に分からない。
そもそも本当に誰かが描いた物かどうかすら怪しい。
「神獣を喚び出すほどの召喚魔法に必要なエネルギーが簡単に用意できると思いますか?」
「それは……」
獣王の視線が囚人たちに向けられる。
死ぬ一歩手前……と言うよりも死んでいた方が楽だったと思えるほどに衰弱してしまった彼らの姿を見て召喚魔法の為に利用されたと思ったのだろう。
残念だが、召還魔法に必要なエネルギーに使われた訳ではない。
「いくらあのような状態になるまで生命力を吸い上げたとしても、ほんの数十人程度のエネルギーを使った程度では足りませんよ」
そう全く足りない。
だから成功するはずがない。
……しかし、現に成功してしまっている。
俺は正体が分かっている。何度か触れる機会があったから探知することに成功した。シルビアたち眷属だって気付いている。ただ、非常に気まずい。この問題は俺の口から言わないといけないだろう。
「神気、と呼ばれる力がエネルギーとして使われています」
神気を消費する事を前提として作られた魔法陣だったからこそ【召喚】と似ていた。
「なんだ、それは……」
エルフには親しみのあるエネルギーとして知られていたが、他の種族によっては全く聞いたことのない名前のエネルギーと言っていい。
メンフィス王国の住民にとっても分かり易い言葉で伝える。
「『巫女』が舞った時に生まれる特別な力です」
『……!』
俺の言葉に獣王とノエルが驚いている。
だが、二人が驚いた内容は違う。
獣王は『巫女』が生み出すことのできる特別な力について知っていた。その力が土地に作用し、国に恵みを生み出してくれる。それが、召還魔法に利用されていると聞いてノエルを僅かにだが疑ってしまった。
一方で疑われたノエルは、自分はそんな事をしていないという明確な自覚があった。だからこそ驚きから怒りを露わにしていた。
もちろん俺はノエルが仕組んだ事なんて考えていない。
「安心して下さい。ノエルは利用されていただけです」
「利用?」
召喚魔法の魔法陣には、魔法陣に繋がるようにしてエネルギーの供給ラインが敷かれていた。
普通なら感知するのは難しいが、地図にはしっかりと記載されている。さらに言えば王城近辺の地図は既に地下も含めて完成されているので、どこに繋がっているのかも分かる。
大神殿の中心部にある女神像。
しかも地図を完成させたことで厄介な特性も分かった。
大神殿にある女神像には、迷宮と同じように周囲からエネルギーを集積して魔力へと変換する力があった。もっとも、その適用される範囲は女神ティシュアに対して捧げられた祈りに対してのみ。祈りの力がそのまま魔力へと変換されていた。
そして、変換された魔力は国を豊かにする為に使用されていた。
「ええ、祈りの力がそのまま土地を豊かにしていたティシュア教ですけど、中でも強力な力を持っているのが『巫女』です。『巫女』には、魔力よりも強力なエネルギーを生み出すことができる能力が備わっています」
その辺りは、数日間ずっと一緒にいたシルビアやメリッサが確認していた。
「神獣を喚び出す為に使われているエネルギーのほとんどはノエルが負担しているだけです」
『巫女』は舞うことによって神の心を安らかにさせ、舞に感動した神が国を潤わせると言われていた。
だが、実際には舞うことによって生み出された神気が土地を強力な力で一気に潤わせていただけだ。
「彼女に罪はありませんよ」
ノエルは神獣を喚び出す為に必要なエネルギーを生み出していただけに過ぎない。
もしも、ノエルに罪があるとするなら女神ティシュアを今でも信仰している人物全員に罪がある。
国王としては、そんな事を認める訳にはいかない。
国教であるティシュア教を信仰している国民は多い。
信徒を罰するようなことになれば国が割れる。
「囚人たちですけど、彼らの生命力は供給ラインを維持する為に使われています」
膨大な量の魔力が常に送られているため生半可な対価では済まされなかった。
さらに酷いのが生命力を限界以上に引き出す為の方法として半アンデッド化させる為にアンデッドの魔石が埋め込まれてアンデッドに近しい体質へと変えられていた。もう、普通の人間に戻るのが無理なレベルだ。
「何よりも問題なのは、こんな魔法陣を利用している人物でしょう」
「その通りだ」
突然現れるようになった神獣。
タイミングを考えれば、ちょっと問題を起こさせた程度では失脚させることのできない『巫女』の座からノエルを引き摺り下ろす為に利用した人物がいるはずだ。
「クソッ、誰がこんな事をした!?」
獣王が床をゲシゲシと何度も蹴りつけている。
イラつく気持ちも分からなくはないけど、できる事ならやめて欲しい。
「その程度の攻撃なら壊れないと思いますが、絶対に魔法陣の破壊だけは止めて下さい」
「なぜだ?」
「魔法陣には既に大量の魔力が蓄積されております。神獣を喚び出す為の魔法陣については壊れたところで魔力が霧散されるだけで済みますが、魔力を供給しているラインについては危険です。壊れるようなことがあれば蓄積された魔力が一気に解放されて大爆発を引き起こすことになります」
「なに!?」
「具体的に言えば、王都が跡形もなく消滅しても被害としては規模が小さいレベルです」
メリッサの見立てを聞いて獣王が魔法陣から離れていた。
そんな風に聞けば危険な代物にしか見えない。
俺も危険な代物だと直感で分かったから手を付けるような真似だけは絶対にしなかった。
「ですが、正しい方法で供給ラインを解除すれば爆発が起こるような事はありません。問題は、その方法を知っているのが供給ラインの細工をした人物だけ、という事なのですが……」
「……早急に調べる」
誰がこのような事態を引き起こしたのか。
国王なら調べるのも難しくないだろう。
「分かると思いますか?」
「無理だろ」
それも平時に時間があれば、という条件が付く。
今は国を挙げての行事の前々日で誰も彼もが忙しく働いていた。
とても調査をしていられるような余裕はない。
「ここの監視はサファイアイーグルに継続させる。誰かが来た時には、そいつを尋問して情報を吐き出させよう」