第19話 地下牢
王城の地図作成を初めて3日目の朝。
「ちょっといいですか?」
最初は俺とイリスだけでの探索だったが、シルビアとメリッサや護衛対象も連れて獣王の下を訪れていた。
「どうした?」
「見て頂きたい物が城の中で見つかったので付いて来て欲しいんです」
「それは緊急か?」
「はい」
場合によっては雷獣たちが暴れた時以上の災害になる可能性だってある。
「分かった」
俺の表情から不穏な空気を感じ取った獣王が了承してくれる。
「護衛の者を呼ぶ」
王城内とはいえ裏切り者がいないとは限らない。
王だからこそ護衛を連れずに歩き回る訳にはいかない。
「いえ、できれば一人でお願いします」
今から見せる物は知っている者が少なければ少ないほどいい。
「いいだろう。その代わりにノエルだけでなく俺も守れ」
「はい」
案内する先は王城の1階をさらに奥へと進んだ先にある暗い場所。
「この先に案内するというのがどういうことなのか理解しているのか?」
「もちろんです」
王城の主である獣王は向かう先に何があるのか歩いている最中に理解していた。
そのまま誰も寄り付かないような行き止まりへと辿り着く。
「あの……どうしてこんな場所へ連れて来たんですか?」
「どうして地下への入口っていうのはどこの城も行き止まりに造るんだろうな」
メティス王国の王城も地下にある迷宮の入口が城の奥にあった。秘匿しなければならない場所なので、誰の目にも付かない場所に隠す為なんだろう。
メンフィス王国の王城にも地下に重要な施設が同じようにあった。
もっとも、あるのは迷宮ではない。
行き止まりの壁をずらす。壁とは思えないほど軽い力でずらされた壁の向こう側には地下へと続く石造りの螺旋階段があった。
「城にこんな場所があったなんて……」
螺旋階段を初めて見たノエルが驚いている。
城に長く住んでいるノエルでも地下の存在は知らされていない。それだけ秘密にしなければならない施設が地下にはあった。
「付いて来て下さい」
階段の先に何があるのか知らないメンバーの為に言う。
地下へ続く道は真っ暗ですぐに何も見えなくなっているので、魔法で作り出した光の球――光球を手から放って明るくする。
二人の人間が通るのが精一杯な狭い螺旋階段を下りて行く。
「どこまで続いているのですか?」
「大体5階分ぐらいかな?」
ミシュリナさんの質問に答えると無言のまま階段を下りる。
地下から流れて来る風が冷たい。
しばらくすると階段の終点まで到達し、灯りのある広い空間へと出た。
「ここは……」
空間は円形になっていて、広さは直径100メートルほど。かなり広く造られており、高さも10メートル以上ある。
そして、円の外周には鉄格子があった。
「まさか……」
「そうだ。重罪を犯した者を捕らえておく為の地下牢だ」
鉄格子の先は牢になっており、30人以上の犯罪者が閉じ込められていることになっていた。
「こんなところへ連れて来て何を見せたい?」
「まだ、気付きませんか?」
入口に近い場所の牢には誰も入っていない。
一番近い囚人でさえ入口から20メートル以上離れた場所にいるから暗いこともあって気付かなくても仕方ないか。
「……たしかにおかしいな」
獣王は違和感に気付いた。
「外にいる人間を恨んでいる囚人なら誰かが来れば怨嗟の一つでも上げてもおかしくない。それどころか――」
生気が感じられない。
囚人、ということは生きて罪を償っている人物たちである。
少なくとも生きていなければならない。
「生きていますよ。でも、あの状態を生きていると言えるのかどうか……」
一番近くにいる囚人に近付く。
「うっ……」
囚人の状態を確認した獣王が呻いた。
同じように確認したクラウディアさんが気絶しかけて倒れたのをシルビアが支え、ミシュリナさんは祈りを捧げていた。ノエルは胃の中の物を吐き出さないよう口を押さえている。
「これは、一体……」
「ほとんどミイラ化していますね」
体は痩せこけ、骨と皮だけしかないような状態になっている。口は開きっ放しになっており、頭髪がほとんど抜け落ちて目が窪んでいた。
俺たちの存在に気付いたのか手を必死に伸ばそうとする。しかし、俺たちに届くことはなく微かに震えたように動くだけだ。
とても生きているようには見えない。
「生気を吸い取られているせいでこのような状態になってしまっているんです」
「これは、どういう事だ!?」
獣王が囚人の様子を見て怒っている。
やっぱり、彼は何も知らなかったか。
他の囚人の様子を確認する為に走って隣の牢へと移動し、確認を終えるとさらに隣の牢も確認する。
結果、地下牢に囚人の全員が生気を吸い取られていた。
「お前は俺をここへ連れて来た。なら、こんな風になっている原因にも心当たりがあるんじゃないか!?」
「もちろんありますよ」
俺が地下牢で行われている事に気付いたのは王城の地図作成が終盤に差し掛かった頃だ。
城の上階から探索を始めた俺たちは1階の探索をしている内に城の地下に広大な空間があることに気付いた。
最初は【壁抜け】を使って地下牢がある空間に擦り抜けた時に床にあった物にばかり意識が向いてしまった。しかし、床に降り立った瞬間から聞こえて来た呻き声でそこが地下牢であり、囚人がどういう状態なのか気付かされた。
「この地下牢ではある儀式が行われていました。その儀式に必要なエネルギーを集める為の供給源として彼らは生命力を使われているんですよ」
「儀式だと!?」
そんな儀式が行われているなど聞いたことがない。
「囚人たちが無事だったのを確認したのはいつですか?」
「……囚人たちには当然のように食糧が必要だ。こんな場所に入りたいと思う者もいないので日保ちする食糧を運ばせていた……その報告だけは聞いていた。最近、囚人が収監されたのは半年前の話だが、その時に立ち会うような事はしていなかった。最後に地下牢へ足を運んだのは5年前だ」
思い出しながら獣王が教えてくれる。
その5年前の時には、儀式が行われているような事はなく、ただ囚人が収監されているだけの牢だった。
「けっこうな時間があるな」
5年もの時間があれば王の目を盗んで準備を進める事も可能だ。
この国でノエルの味方になってくれそうなのはレオニード獣王ぐらいだ。
「獣王。あなたは、この床をどう思いますか?」
壁と同じように石で造られた床を足で叩く。
「別に……ただの床ではないのか?」
「そう見えますか」
光球を床のある場所に近付ける。
獣王にも分かり易くする為だ。
「特段、変わったところはないように思えるが?」
だが、やはり分からなかった。
「色が少しばかり違いますね」
シルビアがすぐに気付いた。
暗くて分かりにくいが、床のタイルには薄い灰色のタイルと濃い灰色のタイルの2種類が使われていた。
「【召喚】」
床に魔法陣を出現させて迷宮から鷲を喚び出す。
鷲――サファイアイーグルは床から飛び上がって天井近くで待機する。
「今飛ばしたのは俺の使い魔で感覚を共有することができます。簡単に言えば使い魔が見ている景色を俺も見ることができます。だから、今の俺には天井から見た床の様子が把握できています」
魔法で空中に映像を作り出す。
床の一部分を見せただけでは分からなくても全体を見せれば分かる事がある。俺も天井から床を見なければ気付かなかった。
「これは、魔法陣か?」
「その通りです」
薄い灰色のタイルの中に濃い灰色のタイルを使用して魔法陣が描かれていた。
地下牢の暗さもあって今まで気付かれることがなかった。
「メリッサ、お前ならこの魔法陣が何を目的にした物なのか分かるな」
「はい。まだ一部分しか解析できていませんが、これは高位の魔物を喚び出す為の魔法陣です」
サファイアイーグルを【召喚】した時の魔法陣を見ながらメリッサが答えた。
2話ほど『敵がいる』と引っ張りましたが、一番ヤバイのはこの魔法陣です。




