第17話 敵の多い巫女
シルビアたちと別れると王城内を歩く。
メンフィス王国の王城は建て替えられることもなく古くからあり、非常に歴史的価値の高い建築物だった。
だが、常に増え続けた国民と同じように王城で働く人も多くなっていた。
そのため、いつまでも同じままという訳にはいかなくなった。
そこで増改築だけは何度も行われていたおかげで王城内は一種の迷路のように入り組んだ構造になっていた。
迷路を歩きながら【迷宮操作:地図】スキルを使用する。
このスキルは自分の歩いた場所や見える場所くらいまでの地図作成を自動で行ってくれる。
イリスと歩きながら王城の地図を作成する。
もしもの場合にはどこへでも逃げられるようにする為だ。
「それにしても本当に気付かれないんだ」
王城内は侍女や官僚が忙しく働いている場所でもあるので廊下を歩いていれば誰かが通り掛かることもある。
しかし、誰も廊下を歩く俺たちを咎めるような真似をしない。
今日来たばかりで顔を覚えられていない俺たちは間違いなく不審者。
普通なら止められても文句を言えない。
その秘密は、今の状態にあった。
「この場合シルビアの持っているスキルが強力すぎるんだよ」
気配遮断。
言葉通り自分の気配を抑え込むスキルで、シルビアはこのスキルを利用して重要施設なんかにも忍び込んで情報収集をしている。さらにシルビアは【壁抜け】まで持っているので誰も彼女を止められない。
そして、迷宮にいる魔物や眷属のスキルを魔法として再現したのが迷宮魔法だ。
シルビアと同じようにスキルを使用した俺たちは、目の前にいるのに誰にも気付かれる事がない。迷宮魔法でスキルを再現した場合、元のスキルよりも再現度が低くなってしまうのだが……どれだけ元のスキルが凄かったのか。
そのまま王城を進む。
部屋があれば開けて視界に収めることで地図を作成する。
「ん……鍵がかかっている」
王城と言えば国でも重要な施設。
鍵が開けっ放しな部屋が続いていたことの方が珍しい。
そういう部屋は【壁抜け】を使って中の様子を確認。
「セキュリティとか関係ないんじゃない?」
「別に悪用するつもりはないし、今回の一件が片付けば帰るんだから使う機会なんて今後はないだろ」
1時間もする頃には上階の探索が終わった。
どれだけ広くて複雑なんだよ……
「下の階に行くか」
「それよりも聞いていい?」
「なんだ?」
ただ探索しているだけなのが暇になってきたのかイリスが質問してくる。
探索するだけなら会話をしながらでも可能だ。
「どうして途中からタメ口を使っていたの?」
「……それはノエルの事か?」
「そう。ノエルとか呼び捨てにしているし」
途中から敢えてそういう風にさせてもらっていた。
傍で聞いたイリスたちにしてみれば疑問だったのだろう。
「お前と同じような理由だよ」
「私と?」
「お前だって俺たちと仲良くなる為にタメ口を使い始めたんだろ」
それまで年上ばかりの環境の中でずっと敬語を使い続けていたせいでなかなか抜けないところがあったけど、今では自然な感じで話せている。
イリスのそういった結果からヒントを得てノエルとも親しく接してみた。
「あの子は、おそらく同年代の友達なんてミシュリナさんやクラウディアさんぐらいしかいないんじゃないか?」
元々は平民だったところを貴族以上しかいない王城へと無理矢理連れて来られた。
平民から成り上がった彼女の事を敵視している者が多い環境で友達など作れるはずもなく、そういった問題とは無縁のミシュリナさんたちとぐらいしか親交を深めることができなかった。
「せめて、ここにいる間は護衛で一緒にいるんだからお前たちとも仲良くしてもらおうと考えたんだよ」
「なるほど」
主である俺がそういう姿勢を見せればシルビアやメリッサも積極的に親しく接してくれるはずだ。
「この王都には確実に敵がいる」
雷獣を召喚した人物。
他の2体も同じように召喚したのなら目的もなんとなく見えて来る。
3体の召喚された魔物によって災害が引き起こされた。それを鎮めようとノエルが奮闘するもののノエルの力では鎮めることができずに災害は次第に激しくなって行く。その結果、ノエルの立場が非常に難しいものとなっている。
それに既に降った神託もある。
この状況でノエルが何らかの要因によって表舞台から姿を消したとしても誰も不審に思ったりしないだろう。
「それって……」
「暗殺される可能性が高いだろうな」
そもそもノエルの死因が分かっていない。
自然災害が王都を襲っているものの王城や大神殿にいるノエルに直接的な被害が加えられている訳ではない。
召喚獣が暴れることによって窮地に陥られたノエルが何らかの被害を受ける。
そんな感じだと考えている。
「――イシュガリア公国から『聖女』様がいらっしゃったようだな」
「心配には及びません。今さら『巫女』の死を覆せるものではありません」
「そうだといいがな」
壁を擦り抜けた先で不穏な会話が聞こえて来た。
「ほらな」
隣にいるイリスに自分の考えが正しかった事を伝える。
今の状況なら不穏な事を考える者が出て来てもおかしくない。
「よりによってサイモンさんか」
会話をしているのは二人。
その内の一人は大神殿で俺たちを出迎えてくれたサイモンだった。
もう一人は牛のような角が頭の左右から突き出た獣人。服装が豪奢なところから貴族なのかもしれない。
「どうする?」
「俺たちに気付いていないみたいだし、悪巧みを聞かせてもらおう」
そのまま部屋の隅で待機させてもらう。
「それで、首尾はどのようになっている」
「問題ありません。儀式の時には警備が手薄になる場所を用意しておきます。神獣が暴れてくれているおかげで他の場所にも警備の者を回さなければならないので多少は手薄な所があったとしても不審には思われません」
「頼むぞ。今こそ下賤な出身の『巫女』を排除する時だ」
なるほど。警備の責任者であるサイモンが隙を作り、その隙を狙って暗殺者でも潜り込ませるつもりだったんだろう。
酷く気に入らないやり方だ。
なによりサイモンが裏切っているのが気に入らない。
ミシュリナさんの態度からそれなりの信頼できる人物だと思っていただけに非常に残念だ。
「報酬の方はお願いしますよ」
「もちろんだ。貴様も見栄を張って王都に屋敷を構えたりするから借金を背負うような羽目になるんだ。身を弁えていないという意味なら貴様も同じだぞ」
「耳の痛い話です。ですが、平民から成り上がるとそれなりの見栄を張る必要があるんですよ。その為に借金までしないといけないというのは辛い話ですよ」
金の為にノエルを見捨てるか。
サイモンの話を聞いていたイリスが今にも剣を抜いて斬り掛かりそうだったのを止める。
「マルス」
「ダメだ」
警備責任者である俺たちが斬り捨ててしまうのは問題だ。
「次は証拠を押さえたうえで獣王に引き渡そう」
「……分かった」
渋々ながらイリスが引き下がってくれる。
「どういう訳か伝説の中にしかいなかった神獣が暴れてくれている。今代の巫女が排除された暁には新たな巫女が選ばれる事になる。あのような下賤な者が巫女に選ばれた時には諦めてしまったが、私にもチャンスが訪れてくれた。次こそ私の娘が『巫女』に選ばれるのだ」
それがサイモンと取引をしている人物の目的か。
実に下らない。
その後、当日の打ち合わせを終えると密談に使用していた部屋を出て行く。
「どうするの?」
イリスとしてはあのような裏切り者はさっさと斬り捨ててしまいたい。
「次は確実に証拠を押さえる」
「どうやって」
道具箱から卵のような形をした道具を取り出す。
それは、魔法道具で周囲の音を記録する効果があった。
「以前に王国の王都で購入しておいた魔法道具。それを使ってさっきみたいな密談を録音することができれば証拠になるだろう」
「なるほど」
さっきは道具箱を使用すれば魔法陣の光で俺たちの存在に気付かれてしまう可能性があったせいで使うことができなかった。
しばらく使う機会がなかったせいで死蔵していたツケが来た。
今度はすぐに使えるよう収納リングの中に入れておく。
「しかし、思った以上に敵が多そうだな」
サイモンたちは神獣の召喚については知らないみたいだった。
どうやら他にも悪巧みをして神獣を召喚した人物がいるようだ。