第16話 獣王
護衛を引き受けることになった俺たち。
しかし、ノエルの立場を考えれば護衛される本人が了承したからと言ってそのまま護衛に就ける訳ではない。
ノエルに案内されて王城を進む。
「許可は誰に貰えばいいんだ?」
「義父です」
保護者から許可を貰うのは当然だ。
ノエルの言葉に納得しているとクラウディアさんが近付いて来て小声で教えてくれる。
「彼女の義父は、この国の国王です」
「なっ!?」
どうして、国のトップが義父になどなっているのか。
「ノエルさんは、『巫女』になる前は平民でした。それまでにも平民の『巫女』はいなかった訳ではありませんでしたが、いつも貴族から物言いがあったそうでノエルさんが選ばれた時にも国王に再考するよう騒動があったみたいです」
先ほどの説明によれば『巫女』の選出は神が行っている。
貴族が国王に文句を言ったところで覆る訳ではない。
「貴族というのは少しでも多くの権力を得ようと必死になります。この国においては『巫女』の発言力は国王と同等にあると思って下さい」
神託、という形を取れば自分の思うままに国を動かすことができる。
そういう事態を避ける為にも貴族の息が掛かっていない者が『巫女』に選ばれることは歓迎されるべき事なはずなのだが、権力に憑りつかれた貴族にはそんな理屈は通用しないというところか。
「この部屋に義父はいます」
案内されたのは城の奥の方にある部屋。
「誰だ?」
ノックをすると部屋の中から低く渋い声が聞こえて来る。
「わたしです」
「入れ」
短いやり取り。しかし、父娘の間では十分なやり取りだったのだろう。
部屋の中は大きな机と両端に大きな棚が置かれた執務室だった。
机の上には山のようにいくつもの書類が積み重ねられていたのだが、書類の山よりも大きな人物が椅子に腰掛けていた。
「何の用だ?」
書類にサインをする手を止めずに尋ねる。
「まずは、客人がいらっしゃったので挨拶に伺いました」
「ほう」
入室したミシュリナさんの姿を見るとペンを置いて驚いていた。
「イシュガリア公国の『聖女』様を招待した覚えはないが?」
「今回は私用でお伺いさせていただきました」
既に『聖女』としての立場を何度か使用してしまっているのでどこまで通用するのか分からないが、イシュガリア公国とは関係がないというスタンスで話を進ませる必要がある。
「後ろの者たちは?」
「今回の件で護衛に雇った者です」
「そうか」
執務室の主――国王が椅子から立ち上がる。
「俺が、このメンフィス王国の国王であるレオニードだ」
国王はライオンの獣人で鬣のような髭を持った40代ぐらいの男性だった。何よりも驚かされたのは大きさだ。立ち上がると身長が2メートル以上あり、鍛えられた体から放たれる威圧感はまさに王者だった。
獣人が圧倒的に多いこの国では、国王の事を『獣王』などと呼んでいると事前に聞いていた。
「それで、どのような用件で参った? まさか、ただ遊びに来た訳でもあるまい」
「なんでも……『数日後の豊穣の舞の後に今代の巫女が亡くなる』などという噂が王都にも流れているみたいですね」
これは、昨日の内にシルビアとイリスに調べて貰っている。
今の王都では次の『巫女』には『誰』がなるのか、という噂で持ち切りだった。
誰もがノエルが亡くなる事を前提に噂をしていた。
「情けない話だ」
「どういう意味ですか?」
「今代の『巫女』は今も生きている。にも関わらず、貴族は自分の息の掛かった者を次の『巫女』にしようと必死に動き回り、国民もノエルが『巫女』を続けることに誰も期待していない」
その顔には悲しみが浮かんでいた。
「この国は現在未曾有の危機に晒されている。かつては神獣とまで呼ばれていた魔物が復活し、様々な自然災害を引き起こしている。そのせいで日々の糧を得るにも苦労している者が多い。ノエルには『巫女』として神獣を鎮める為の儀式を行って貰っていたが、今のところ芳しい結果は得られていない」
国民は自分たちの生活が保障されることを優先させる。
神獣を鎮められる能力があるはずのノエルの能力では暴れる神獣を鎮めることができない。
そうなれば国民は、新たな『巫女』へと期待を寄せる。
「そんな……これまで頑張って来たのに!」
ミシュリナさんが叫ぶが、その言葉を聞いてもノエルは首を横に振るだけだった。
「全ては『巫女』であるわたしに能力が足りていないせいです」
「そんな事……!」
「このような事態を解決できる能力があるからこそ『巫女』は『巫女』でいられる事ができるんです」
「むぅ……」
唸るミシュリナさんだったが、彼女だって『聖女』として活躍しているのだからそういう事情は理解している。
そして、誰よりも国王が理解していた。
「自らの生活が脅かされ、国民の怒りが『巫女』へと向いてしまうのは仕方ない事だと理解している。だが、一人の少女の父親としては納得していない」
「いいんですか?」
「国王としてはいけない事だろう。だが、この娘を引き取る時に煩い貴族共を黙らせる為に義娘として引き取った。幸い、と言っていいのかどうか分からないが俺は後継者には恵まれて男の子供が4人もいる。男ばかりだったところに娘ができたのは本当に嬉しかったんだ。この娘の為に何かをしたいっていうのは間違った考えか?」
「いいえ……」
獣王の問いに首を横に振る。
この人なら信用できそうだ。
「だったら俺たちが護衛に就いても問題ないですね」
この状況で最も厄介なのが護衛にメンフィス王国で全く功績のない俺たちが就く事に反対される事だった。
いくら『聖女』の推薦があったとしても反対されると動けなくなる。
「お前たちは『聖女』の護衛ではなかったのか?」
「『聖女』の護衛でもありますが、同時に『巫女』の護衛にも就いて欲しいと頼まれました」
『聖女』だけの護衛だとは言っていない。
「……お前たちで本当に役に立つのか?」
訝しんだ視線が向けられる。
見た目だけなら獣王よりも体が小さく、とても強そうには見えない。
不安に思うのも仕方ない。
「これで納得してもらえませんか?」
冒険者カードを見せてAランクである事を示す。
しかし、獣王は納得してくれなかった。
「今のメンフィス王国の状況は最悪と言っていい。もしかしたらAランクでは不足かもしれない。それに冒険者ギルドが勝手につけただけのランクなんて信用できない。俺が信用するのは自分の目で見た実力ぐらいだ」
獣王の言う事ももっともだ。
「なら、これでどうです?」
戦闘時以外は填めたままの『制約の指輪』を外す。
人の多い場所を歩く場合には変に警戒させない為に常に填めたまま生活させてもらっていた。
「これは……!」
抑えられていたステータスが解放されて獣王が驚いている。
ステータスを完全に開放した状態の俺はSランク冒険者すら簡単に上回ることができる。
「納得してもらえますか?」
「あ、ああ……」
獣王に相手の実力を理解できるぐらいの実力があってくれて助かった。
これでノエルの護衛として傍にいることができる。
「そういう訳でしばらくの間は彼女たちを傍に就けます」
そう言ってシルビアとメリッサを前に出す。
「お前が護衛に就く訳ではないのか?」
「男の俺が護衛に就くのは問題でしょう」
女性を男性が護衛する場合で最も問題になるのが男性では入る事のできないプライベートな空間に入る場合の護衛だ。
むしろ、そういう場所で一人になった時こそ襲われる確率は高くなる。
そういった事態を避ける為にも女性の護衛には女性が就いた方が適している。
シルビアなら【探知】も持っているので危害を及ぼすような相手にはすぐに気付ける。
メリッサも一緒に就けるのはシルビアでは分からないような難しい話をまとめさせる為だ。貴族関係の話とかはシルビアでは対処できない。
「彼女たちも俺ほどではないですが実力は十分にあるので信用して下さい」
「信用しよう。むしろ国内の人間よりも信用できる」
国内で『巫女』の護衛に就けるほど優秀な者は誰かの息が掛かっている者がほとんどだ。ノエルが生き残る事に対して消極的に反対している者たちなら、護衛に裏切るよう取引を持ち掛ける可能性だってある。
だが、国外から来たばかりの俺たちなら貴族の手も伸びていない。
「そういう訳で頼むぞ」
「分かりました」
既にシルビアとメリッサには『巫女』の護衛に就くよう言ってある。
もちろん『巫女』の護衛だけでなく『聖女』の護衛も兼ねている。
これからミシュリナさんには常にノエルと一緒に行動してもらう事になっているので彼女たちの護衛も兼ねている。
「お前はどうするつもりだ?」
「こちらはこちらで手を打っておこうと思います。神獣と呼ばれる魔物についてなんですけど……」
雷獣が王都にいる誰かに召喚された魔物である事を伝える。
「なに!? 今回の件が何者かによる策略だと……?」
「雷獣以外も召喚によるものかどうかは知りませんが、雷獣は間違いなく召喚された魔物です」
「クッ……!」
天災などではなく人災だと分かって拳を握っている。
「そっち方面でもやらなければならない事があるので別行動を取らせてもらいます」
護衛として張り付かない俺とイリスにはやる事がある。