第14話 巫女の神託
舞の練習をする為の部屋から出て隣の部屋へ連れて来られた。
「少し、この部屋で待っていて下さい」
その部屋は、普段から舞の練習で疲れた体を癒す為に使われているらしくテーブルが置かれ、テーブルの横と奥にソファが置かれていたし、お茶を淹れる為の設備も整っていた。
俺たちを案内した『巫女』が部屋の奥にある個室へと消える。
その間にシルビアがお茶の用意をしていた。
俺の隣にメリッサとイリスがソファに座り、目の前のソファにはミシュリナさんとクラウディアさんが座っていた。
「どうぞ」
出されたのはイシュガリア公国の特産品である茶葉を用いた紅茶。
ミシュリナさんたちもいるということで選ばれた。
「お待たせしました」
汗を拭き、巫女服からラフな服へと着替えた『巫女』がいた。
『巫女』が奥のソファに座る。
「初めての方もいるので、まずは挨拶からさせていただきます。当代の『巫女』を務めさせていただいておりますノエルと言います。神託によれば同い年ということなのでノエルで構いませんよ」
『巫女』――ノエルが微笑む。
しかし、その笑みには生気が感じられない。
舞の練習で疲れているというのもあるのだろうが、おそらく『数日後には死ぬ』という神託のせいだろう。
たった数日しか生きられない少女には生きる希望がなかった。
「Aランク冒険者のマルスです。今回は『聖女』様に連れられて来ました」
シルビアたちも名乗り、お互いの名前を確認する。
「わざわざ遠い所から来ていただいてありがとうございます。ですが、わたしには護衛など不要です」
「どうして!?」
ミシュリナさんがソファから立ち上がる。
今にも詰め寄ろうとしていたが、隣にいたクラウディアさんによって阻まれた。
「訳を聞かせてもらえますか?」
クラウディアさんが静かに尋ねると俯きながら答えてくれる。
「最初に起こったのは1カ月前に行った『神託の儀』でした」
神託の儀――本来、神託は神が気まぐれで発した言葉を巫女が聞き届けるもので望んだ言葉を得られる訳ではなく、時には全く役に立たない言葉を聞いてしまうことがある。その本来の在り方に反して自分から望んだ言葉を得ようと祈りを神に捧げるのが目的の儀式だった。
成功する確率は低いものの全く成功しない訳ではなかった。
その日も定期的に儀式は行われた。
だが、成功して得られた内容は衝撃的なものだった。
「わたしが受けた神託は『次に豊穣の舞を神に奉納した日に亡くなる』というものでした」
その神託を聞いた人は慌てた。
『巫女』が亡くなる――それは、メンフィス王国にとっては無視できない重要な出来事だった。
「特に貴族の方たちが慌てていました」
自分の娘を次代の『巫女』に推薦しようと水面下で動き始めた。
今代の『巫女』が未だに若い事を考えると諦めていた人たちにも可能性が出て来たのだから仕方ない。
「でも、それって……」
「はい。私が死ぬ事を望んでいる人たちですね」
正確には神託の通りに死ぬ事。
神託が間違いなどではないと望んでいた。
神託が降りた後の事を知ってミシュリナさんとクラウディアさんが眉を顰めていた。俺だって話を聞いていて気分のいい話ではない。
「どうして、神託の内容を他人にも聞かせたんですか?」
さっき白い部屋で初めて会った時に「神託が降りた」と言っていた。
そのおかげで俺たちが何者なのかも分かったみたいだ。
だが、その時には神託の内容を誰かに伝えたりはしていない。神託の内容を他人に教える必要はないはずだ。
「たしかに神が気まぐれに呟かれた言葉を聞き届けただけの神託なら他者に教える必要はありません。それは、わたし一人が聞き届けているからです。ですが、神託の儀はわたし以外にも複数の巫女が参加して行う儀式です」
巫女の頂点に立つのはノエルだが、補佐をする為の巫女もいるらしい。
そういった巫女たちは次代の巫女の母親候補とされているらしく、権力を持った貴族の息が掛かっている者が多い。
そこから貴族にも神託の内容が漏れてしまったらしい。
神託の内容そのものが漏れることはこれまで気にされていなかったが、内容が内容だったので大きな波乱を生み出すことになった。
「どのような基準で選んでいるのか分かりませんが、新たな巫女は神託によって神から複数の巫女候補に告げられることによって決まります。そのため今は巫女候補による祈りが盛んに行われているのです」
自分がどれだけ敬虔な信徒であるのか神に祈る。
そうすることで神にアピールしようと考えていた。
その行動にどれだけの意味があるのか分からないが、相手が神である以上はそれぐらいの事しかできないのも事実だ。
そういった事もあって選挙みたいな状態になっているらしい。俺が知っている選挙は、村に居た頃に近所の纏め役を相談して決める時にアピールしていたぐらいだが、規模が違うぐらいでそこまでの違いはないだろう。纏め役になれば村の大変な労役の一部が免除されるということで必死になっていた青年の姿を覚えている。
「つまり、仲間だと思っていた巫女候補もノエルが死ぬ事に対して何かを言う事もない」
ノエルが拳を握りながら頷く。
彼女にしてみれば裏切られたような気分なのだろう。
「仕方のない話です。これまでは巫女に選ばれるような人は貴族の親族や近しい人ばかりでした。けれど、わたしは元々どういう訳か平民だったのを『神託が降りたから』という理由だけで連れて来られた者です。貴族や自分の血に誇りを持つ巫女候補たちにとってはわたしが『巫女』であることを許せなかったんです。だから、わたしは――」
誰も味方がいない状況だから大人しく死を受け入れた。
神託に殉ずると言えば『巫女』として聞こえはいいかもしれないが、一人の人間としては気に入らない。
「あんたはどうしたいんだ?」
「どういう……」
「周りの意見や神託なんて関係なく、あんた――ノエル自身はまだ生きたいと願っているのか聞かせて欲しい。この部屋にはノエルの味方になりたいと願っている人物もいるっていう事を忘れるな」
ノエルの視線がミシュリナさんたちに向けられる。
自分の手紙を受け取っただけで心配して駆け付けてくれる友達。
少なくとも同僚だと思っていた巫女仲間よりは深い絆があるはずだ。
「それは……」
顔を俯かせながら言葉を選ぶ。
そうして待っているとノエルの膝に水滴が落ちて来た。
え、泣いている……?
「わたしも生きたいです。だって、まだ17年も生きていないんですよ。わたしも『巫女』をさせられる前は普通の女の子としてお母さんみたいになりたいって思っていたんです! なのに……」
気付けば国の重責を背負わされていた少女の慟哭。
本来なら得られたはずの幸せも今となっては手に入らない。
せめて、もっと生きたいというのは贅沢な願望ではないはずだ。
「あの……」
「分かっています」
ミシュリナさんの願いに頷く。
「どこまでできるのか分からないけど、俺たちがあんたを死から守ろう」
だが、俺の言葉にノエルが首を横に振る。
「無理です。これまでの巫女も寿命が迫ると自らの死と次代の巫女を神託で告げられて死ぬまでの日を次代の巫女育成の為に費やし、神託の通りに亡くなりました。わたしの場合はどういう訳か次代の巫女が告げられなかったせいでこのような騒ぎになっているだけで、わたしも神託からは逃れられずに死にます」
生きたい、と願っていてもどうやって神託から逃れればいいのか分からない。
こちらとしても何をすればいいのか分からない。
「俺たちに何ができるのか分からない。だけど、全力で挑ませてもらうさ」
「どうして、そこまでしてくれるんですか? わたしはお金なんて持っていないですよ」
ノエルが自由に使える金は少ない。
巫女という立場から国に仕えていたため最低限のお金しか持っていない。とてもではないが、Aランク冒険者を雇えるような金額ではない。
「もしかして、ミシュリナさんが何か先に支払っているんですか!?」
何か勘違いをしていた。
まあ、報酬なしで依頼を引き受けるはずがないから『聖女に連れて来られた』という言葉を聞けば勘違いしてもおかしくない。
「いや、そういう訳じゃない」
最初はそうだったが、それ以上にこちらが求める物をノエルが持っていた。
「俺以外の迷宮主に関する情報を渡して欲しい」
それが報酬として俺が求める物だ。
聖女護衛報酬
・迷宮主の情報