第13話 舞の練習
王都の中心にある王城。
俺たちの目的は王城ではなく、その隣にある大神殿にあった。
「止まれ」
大神殿へ向けて王都を馬車で進んでいると検問で止められる。
「失礼しました!」
それも他国の要人だと分かれば通してくれる。
「……こんな簡単に通していいものなのか?」
「どうやら、ただ通した訳ではないみたいです」
シルビアの【探知】は遠くからこちらを窺う気配に気付いていた。
「どうしますか?」
「放置するしかないだろ」
襲われるなどして実害があった場合には別だが、ただ監視されているだけではこちらから仕掛けるには力が弱い。
それに監視しているだけの人物がどのような立場にいるのか分からない。
下手に敵対しない方がいい。
大神殿の前に着いたところで馬車を下りる。
「お久しぶりです聖女様」
大神殿の前では一人の男性が待っていた。
その男性の背中からは真っ赤な翼が生えていることから鳥に類する獣人なのだが詳しい種類までは分からない。
「たしか……サイモンさんですよね」
「はい。今回の祭事において警備責任者となりました」
知り合いらしく簡単な挨拶と談笑をしていた。
「ところで、クラウディア様とは面識がありますが、他の皆さんとは初対面ですよね。よろしければ紹介していただけませんか?」
「これは失礼しました。彼らは私が護衛の為に雇った冒険者の方たちです」
「初めまして」
代表として俺が挨拶をする。
手を差し出したのだが、サイモンさんは顔を顰めたまま手を取ろうとしない。
「聖女様」
「はい」
「巫女様と旧友である貴女を大神殿へ招くのは構いません。ですが、素性すら明確でない者を神聖な大神殿へ入れる訳には参りません」
まあ、紹介者の身元が確かだったとしてもいきなり現れた俺たちは不審者以外の何者でもない。
ただし、こちらには功績がある。
「現在のメンフィス王国は非常に状況が不安定ですよね」
「それは……」
海は荒れ、畑は落雷によって種植えができず、王都も日照りによって人々から潤いを奪っている。
このまま行けば国として破綻する可能性だってある。
「彼らはここまでの旅で私たちを守ってくれました」
「どういうことですか?」
海蛇には遭遇していないが、鯨と戦い討伐したことや雷獣と戦った結果は残念ながら途中で逃げられてしまったということにして伝える。雷獣によれば王都のどこかに召喚者がいるらしいので召喚された事については知らないことにしておいた方がいい。
「実力は十分なようですね。ですが……」
「素性なら確かです。彼はAランク冒険者ですから」
「……分かりました」
Aランク冒険者は複数の冒険者ギルドのギルドマスターから承認を得なければランクアップを果たすことができない。しかも、その時の記録はきちんとギルドに残されている。
俺たちの身元は冒険者ギルドへ問い合わせれば簡単に知ることができる。
「ノエルに会いに来ました。会う事は可能でしょうか?」
「申し訳ございません。『巫女』様は現在、明後日の儀式に備えて舞の練習をされております。お急ぎでしょうか?」
「できれば――」
護衛として傍にいるなら早い方がいい。
10秒ほど悩んだ後で答える。
「特別に許可いたします」
身元保証が分かったところで大神殿の中へと通される。
白い石で造られた建物。歩く度に足元からカツカツ、と音が鳴り響く。
「すごい所ですね」
大神殿に入った瞬間に驚かされた。
「ええ、この神殿は何百年も前から朽ちることなくこの場所にあります。この神殿そのものに歴史的価値があります」
「そういう意味じゃないんですけどね」
サイモンさんの言葉に曖昧に頷く。
内装が素晴らしいのはもちろんなのだが、それ以上に神殿に入った瞬間に感じた世界が変わったような雰囲気。
これは神気だ。
外からでは感じることができなかったが、エルフの里にあった神樹が放っていた神気と同質の力が神殿内に満ちているのを感じられる。
「どうしました?」
「いや――」
サイモンは気付いていない。もしくは、この状態を自然だと思っているらしく不審に思っていないみたいだ。
下手な事は言わない方がいい。
大神殿の中を進む。
入ってすぐの場所は一般人でも入ることができるようになっている広場で、メンフィス王国で祀っていると思われる長い髪を伸ばした女神が祈りを捧げている像があった。
大神殿の中は誰もいないかのように俺たちの足音以外には全く音がせず、誰かがいるような気配もしない。
こんな場所に『巫女』が本当にいるのだろうか?
「こちらに『巫女』様はいらっしゃいます」
案内されたのは神殿の中でも奥の方にある一室。
サイモンさんが開けると、そこは全面が真っ白なだけで壁に照明が埋め込まれているだけの何もない部屋。だが神聖な空気に満ちていた。
その理由もはっきりとしている。
部屋の中心では、白い小袖に紅い袴――巫女服を着た一人の少女が舞っていた。
基本的にゆったりとした動きではあるものの人を――神を魅了する事を目指した舞なため時には激しく動き、玉のような汗が浮かび散っていた。まるで戦っているかのように息を呑む動きだった。
少女は俺たちが入って来た事に気付いていない。それだけ舞に集中しているということだろう。
――光?
舞っている少女の周囲が輝いていた。
最初は飛び散った汗が照明の光を受けて輝いているのかと思ったが、光は少女の傍にフワフワと浮いているように見えた。目に見えるほど濃い神気が少女を中心に存在している。
その光景が少女の舞の神秘性をさらに強めていた。
やがて、少女が倒れ込むように動きを止めることで舞が終わる。
「ノエル!」
倒れ込んだ少女をミシュリナさんが駆け寄って支えていた。
「……どうしてミシュリナがここにいるの?」
「そんな……! あんな手紙を貰ったら会いに行かない訳にはいかないじゃない」
「何も言わずに別れるのは失礼だと思ったから手紙を送ったけど、手紙を出したのは失敗だったかな」
疲れた様子の少女にミシュリナさんが回復魔法を使おうとする。
しかし、回復魔法の使用を止めるよう少女が言う。
「ここでは魔法を使わないで」
「どうして」
「この部屋は私が舞を奉納したことで神気に満ちているの。そのせいで凄く制御を誤り易いようになっているから回復魔法でも暴発する可能性があるの」
少なくとも部屋から出てからでなくては回復魔法を使用することができない。
「巫女が舞をしている間は、この部屋には誰も入れていけないという決まりになっていたはずです。なぜ、部外者を入れたのですか!?」
「申し訳ございません。ですが、相手が『聖女』様でしたので……」
「相手が誰であろうと関係がありません! 練習とはいえ、神に奉納する為の舞です。それが中断されるという事がどういう事なのかしっかりと理解して下さい」
「はっ!」
サイモンさんが頭を下げる。
本来ならば部外者は立入禁止なところを特別に入れてもらったが、ルール違反はルール違反だ。最悪の場合には大事故に繋がっていた可能性だってある。
「それで、本当にどうして来たの?」
「もちろん守る為に来たの!」
そう言ってミシュリナさんの視線が俺たちに向けられる。
「彼らは?」
「私が救援の為に呼んだ人たち。この人たちは――」
「知っている。と言うよりも今神託が下りて来た」
神託――神の言葉。
「あなたたちがそうなんですね」
少女が手を差し出して来たのでこちらも握る。
「『聖女』に頼まれて『巫女』であるあなたを守りに来ました」
「必要ありません。神託が下った以上はどのような手段を用いようともわたしの運命は変わりません。わたしは、わたしの運命を既に受け入れています」
そう言って手を放すと顔まで逸らされてしまった。
だが、本音のところではこちらのことを気にしているのが丸分かりだ。
「指摘した方がいいか?」
「止めた方がいいでしょう」
シルビアに相談したところ止めるよう言われた。
指摘したところで恥の上塗りになる。
顔は逸らされてしまったが、彼女の頭の上にある狐耳はピクピクとこちらへ興味深そうに何度も動いていた。
狐巫女ノエル。
それが今代の『巫女』だった。