第11話 召喚魔法
『さて、時間があると言っても制限時間は1分もない。ワシがこの場に残っていられる間に説明させてもらおう』
頭の中に直接響いて来るような声。
その声は、目の前で倒れ伏している雷獣――テンペストタイガーが発しているらしい。
「待て待て! なんだ、この声は!?」
『ワシらほど上級の魔物ともなれば魔力を媒介に自分の伝えたい事を相手に伝える術ぐらいは持っている』
目の前にいるテンペストタイガーが凄いというのが分かった。
この件に関して迷宮の魔物は参考にならない。迷宮の魔物は迷宮主限定ではあるものの意思の疎通が可能になっている。もしかしたら最下層付近の魔物なら一般的な冒険者が相手でも意思の疎通が可能かもしれないが、誰も訪れたことのない階層の魔物では試しようがなかったので詳細は不明だ。
少なくとも人類が到達したことのある階層にいる魔物では不可能だ。
「それで、テンペストタイガーのあんたが俺たちに伝えたい事っていうのは何なんだ?」
『そっちのお嬢ちゃんが予測したようにワシは召喚魔法によってここへ強制的に連れて来られたんじゃ。そして、召還主が下した命令を果たしたから元の場所へ還されようとしている訳じゃ』
この場に残っているのはテンペストタイガーの影みたいなもの。
「命令の内容は?」
『「ヴァートンとかいう名前の街に災厄を齎せ」――それだけじゃ』
それだけ、と言うが当事者にとってはたまったものではない。
テンペストタイガーが現れただけで雷雨が降り注ぎ、穀倉地帯にも関わらず作物を育てる事ができない期間が続いている。
召還主の詳しい目的が分からないが、ヴァートンに甚大な被害を齎すことが目的ならほとんど達成されていると言っていい。
『ワシもこのような命令に従うのは不本意じゃ』
「不本意?」
『存在しているだけで周囲に災厄を齎す存在だという事はワシ自身が一番よく理解しておる。だから被害の出る事がない別世界でのんびりと過ごしていたのじゃ』
ところが、何者かの手によってこの世界へと再び戻された。
災厄を起こしたくないテンペストタイガーにとってはこれ以上に許せない状況なのは間違いない。
『じゃが、何らかの理由で喚び出されてしまったのじゃ』
しかも召還主の命令には絶対に従わなければならないという強制力があった。
『ただし、どんな命令であろうと従わなければならないという訳ではない。術者の力量にもよるんじゃろうが、ワシに下すことができる命令はせいぜいが「どこどこを襲え」程度の命令じゃ』
襲い方などはテンペストタイガーに任されてしまっている。
だが、単純な命令であるが故に襲うまで正気を取り戻すことができない、という厄介な特性を持っている。
『礼を言うのじゃ。お主が街を守ってくれたおかげで街に被害を出すことなく「街を襲う」という事実を得ることができた。それにワシの力がほとんど尽きかけていたおかげでこの場にいられなくなった』
女性陣3人による殺意の籠った攻撃に怯えたテンペストタイガーは真っ先に元の世界へ還る事を選択――というよりも願った。
その結果、実体が別世界へと移っている。
話をしている間も薄れて行った体はほとんどが透けている。
『最後に忠告じゃ。何者かは知らないが、ワシを喚び寄せた者はこの先にいる』
テンペストタイガーが示した先には王都がある。
場合によっては召還者と敵対してしまう可能性もあるだろう。
『戦うつもりはあるみたいじゃな』
「喧嘩を売られた場合には買うさ」
向こうが敵対しないならこちらから敵対するつもりもない。
『ワシも相手の素性については知らないが、召還されると命令が頭の中に響いて来たんじゃ。その声は男の物じゃった……ワシから言えるのはそれだ、け――』
そこから先は聞き届けることができなかった。
テンペストタイガーの姿が完全に消えてしまった。
「元の場所に戻ったか」
「おそらく……」
状況を見ていたメリッサは送還されたと判断した。
本来ならすぐに戻されるところをテンペストタイガーのような上級の魔物だからこそ力を使って留まって俺に言葉を残した。
自分を良いように扱う相手を懲らしめて欲しい。
そんな想いが隠れていたように思える。
「どうしますか?」
「さっきも言ったように喧嘩を売られたなら買うだけだ」
こちらから積極的に敵対するつもりはない。
しかし、現在の状況で召喚がされるようになった事を考えると面倒事に巻き込まれる可能性が高そうだった。
☆ ☆ ☆
イリスの【天癒】もあったおかげで負傷した右腕も完治していた。もっとも対価にイリスの魔力が空になってしまったので現在は俺に背負われている。
「迷惑をかけてゴメン」
「気にするな。俺を癒す為に力尽きたんだからこれぐらいはさせてくれ」
事情が分かっているのでシルビアやメリッサも何かを言うことはない。
メリッサも魔力の消耗が激しかったので今は早くヴァートンヘ戻って休みたかった。
テンペストタイガーが消えるのを見届けるとヴァートンヘ向けて歩く。
歩いているとヴァートンの方から何人かの兵士が近付いて来た。
「ら、雷獣はどうなった?」
「見ていたなら分かるでしょう」
「いや、遠くてよく分からなかった。それに奴の死体はどこへ行ったんだ?」
俺たちが無事なら雷獣は討伐されたと考えるのが普通だ。なのに雷獣の死体はどこにも見当たらない。
それと距離があったせいもあって消えた理由が分かっていない。
「実は――」
雷獣が最後に残した言葉と共に召喚魔法で喚び出されただけの存在であることを伝える。
「そんな……!」
召喚された魔物である事を伝えると兵士が言葉を失っていた。
「では、再び雷獣が姿を現す可能性があるというのか!?」
再び召喚魔法が使われれば可能性はある。
ここ最近ヴァートンに住む人々を悩ませていた雷獣が討伐されたと思いきや、まだ生きていると知って落胆している。
それから先ほど見せてしまった戦闘もいけなかった。
雷獣を倒すにはあれだけの力が必要になる。
だが、遠くから見ていただけでも自分たちではどう足掻いたところでできない戦闘だという事ぐらいは理解できた。
自分たちでは雷獣の討伐は不可能だ。
「頼む! 次に雷獣が現れた場合に備えて街に滞在して欲しい」
今度こそ雷獣を討伐してもらう為に俺たちの滞在は必須になる。
ただし、こちらにも優先させなければならない用事がある。
「申し訳ありません。こちらも王都へ急がなければならないんです」
数日ぐらいの余裕ならあるが、次にテンペストタイガーが姿を現すのがいつなのか分からない。
滞在していられるほどの余裕はない。
「そうか……」
落胆した様子の兵士たち。
しかし、自分たちが無理を言っているという自覚があるのかそれ以上は何も言って来なかった。
ただし、次の言葉は無視できなかった。
「王都を襲う日照りから解決される事になりそうですね」
兵士の一人がボソッと隣にいた先輩に言う。
その言葉は隣にいた先輩にしか聞こえないほど小さな声だったが、俺たちの耳にはしっかりと聞こえた。
「それってどういう事ですか?」
「え……?」
尋ねられた兵士は困惑していた。
まさか、王都の近くにいる者なら誰もが知っている情報を尋ねられるとは思っていなかったのだろう。
困惑している兵士の代わりに隊長が答える。
「現在、このメンフィス王国には3つの災厄が発生している」
一つは港町を襲う激流を引き起こす海蛇。
一つは穀倉地帯を荒らす落雷を発生させる雷獣。
そして、最後の一つが強烈な熱を常に放って日照りにする炎鎧。
「まったく厄介な……」
『巫女』という重要人物が命を落とすことになる時期に現れた3体の魔物。
とてもではないが、無関係だと思えない。