第10話 雷雲割く隕石
土属性Sランク魔法――落下隕石。
遥か上空に巨大な土塊を生み出して対象へ向けて落下させるという魔法。
土属性魔法の中でも最強クラスの魔法なので、知識があるだけでこれまで目にしたことがなかった。
雷雲を割く隕石。
雷雲の全体に比べれば隕石の方が小さい。しかし、隕石の落ちて来た場所だけでなく、落下する衝撃によって雷雲のほとんどが吹き飛ばされてしまった。
「あ、晴れた」
微かな雨が降って来るだけで太陽の光が差し込んでくる。
雷獣が自分の生み出した雷雲を吹き飛ばした隕石を睨み付ける。
唸り声と共に雷獣の周囲に生み出された雷の矢が隕石に向かって飛んで行く。
「危なっ!」
こちらへ飛んで来た岩の塊を風の弾丸で落とす。
隕石へ飛ばされた雷の矢だったが、表面を僅かに削るだけで隕石を破壊するには至らない。岩の欠片が飛んで来て危ないが、簡単な魔法で対処できるレベルだ。
隕石は未だ健在。
自分に向かって落下してくる隕石に対して雷獣が逃げる。
「で、この後はどうするんだ?」
「あれを落とす訳にはいきませんから対処をする必要があります」
隕石のような大質量が地面に落ちる。
これまでは街の外にある畑を気にしながら戦っていたが、隕石がこんな場所に落ちるような事態になれば畑だけでなく街にも被害が及ぶ。
メリッサが落下を続ける隕石に杖を向ける。
すると杖の先端に黒い球体が生み出される。
黒い球体は杖から放たれると一直線に隕石へ向かって当たる。
雷獣の放った雷の矢と同様に弾かれる、もしくは無意味なように思えた球体だったが、すぐに効果が現れた。
球体の当たった場所を中心に隕石が吸い込まれるようにして消えてしまった。
「……今のは?」
メリッサが何かをしたのは明確だ。
「空間魔法の一つです。迷宮魔法の道具箱と同じように亜空間に対象を閉じ込める効果を持った魔法です。ただ、収納先がどこに繋がっているのか分からないうえ、取り出すことができない魔法になっています」
「それは……」
捉えようによっては非常に危険な魔法だ。もしも収納してはいけない物まで収納してしまえば二度と取り出すことができない。おまけに収納した物がどうなったのか魔法の使用者にも分からない。
それでも道具箱とは違った利点がある。
道具箱の場合は、宝箱を出現させて宝箱の近くにある物を収納する、もしくは道具箱を使える者が触れた物を収納する。つまり、近くにある物しか収納することができない。
だが、空間魔法による攻撃――【亜空弾】なら遠距離からでも対象を収納することができる。
「ですが、練習中の魔法ですから魔力の消耗が激しいですね」
メリッサの息が僅かにだが荒くなっていた。
魔力を大幅に消耗したことで疲労が現れていた。
「後は、こっちでやる」
雷獣に向かって駆ける。
途中、地面に置かれたままの神剣を回収するのを忘れない。
隕石を脅威に思って空を見上げていた雷獣が接近する敵に気付いて、左右に顔を振る。左からは俺が、右からはイリスが剣を振り下ろしていた為だ。
二人の剣が雷獣へ振り下ろされる。
――グオオオォォォォォ!
咆哮と共に雷が放たれ吹き飛ばされる。
「雷雨を止ませてもこれだけの攻撃ができるのか」
鋭い牙の生えた口を大きく開ける。
口の中に魔力が集中し、金色の光が溢れる。
「避けて下さい!」
いつでもサポートできるよう離れた場所にいたシルビアが叫ぶ。
雷獣の口がイリスへ向けられる。
口の中から溢れた光が一直線に伸びる。
「くっ……」
歯噛みしながら倒れ込むようにして砲撃を回避する。
ギリギリではあったものの回避には成功した。それでも砲撃が持つ熱量は凄まじく、服の胸元が微かに焼け焦げていた。
砲撃に籠められた魔力の量から考えてイリスのステータスでも受け止めれば無事では済まされない。
「いや、マズい!」
咄嗟に【跳躍】で街の前まで移動する。
顔の向きを瞬時に変えて雷獣の方を向くと5メートル先まで砲撃が迫っていた。防御障壁を展開していられるような暇はない。
仕方なく右腕で受け止める。
「……っ!」
痛みから声にならない声を上げてしまった。
雷撃の砲撃に対して盾にした右腕だったが、直撃を受けた肘辺りに力が入らなくなっていた。コートの上から受けたおかげで直撃を受けた部分に力が入らなくなった程度で済まされている。どういう状態になっているのかは考えたくない。
「だけど、守り切った」
雷の砲撃はコートに当たった瞬間に霧散していた。
俺の後ろにはヴァートンの街がある。
あのまま俺が受け止めずに砲撃が直撃していれば街が壊滅的なダメージを受けていた。
街を守る為に雷獣と戦っているのにそんな状態になれば目も当てられない。
俺が多少のダメージを負うぐらいで街を守れるなら安いぐらいだ。
ただし、そう思っていたのは俺ぐらいだけだった。
「この……!」
シルビアの投擲する何十本というナイフが雷獣を襲う。
「串刺しになれ」
イリスの生み出した何十本という氷柱が宙を舞い、何本かが体に刺さったことで雷獣の動きが止まる。
そして、そのまま地に伏せてしまった。
メリッサの魔法によって増加された重力が雷獣を地に縫い付けていた。
「捕獲完了です」
圧し潰された雷獣の体から雷撃が放たれる。
が、それまでの雷撃に比べて威力が弱い攻撃では重力の枷から逃れることができず近くに集まった彼女たちまで届くことはない。
重力によって圧し潰されている、というのもあるがそれ以上に大技を放った影響で魔力が不足していたために満足な攻撃ができていない。
俺も街の近くから【跳躍】で彼女たちの近くまで跳ぶ。
「大丈夫ですか!?」
「問題ない……と言いたいところだけど、凄く痛い」
慌てて詰め寄って俺の状態を確認するシルビアにやせ我慢していることを伝える。
「もう、あんな無茶な事はしないでください」
「街を守る為には必要な事だった。それに俺のステータスを考えればこの程度のダメージは大した問題でもないだろ」
回復魔法でも掛ければ問題ない。
それにイリスのスキルもあるので多少の無茶はできる。
「それでも、です!」
シルビアとしては俺が怪我を負う事すら我慢できない。
「で、こいつは捕らえたけどどうする?」
「サクッとやってしまおう」
予想以上に苦戦させられてしまった。
おそらく全力で戦ってくれたのだろうが、これが普通の兵士だった場合には戦った兵士は無事では済まされない。最悪の場合には門の前にいる30人の兵士が全滅していた可能性だってある。
イリスが道具箱から大太刀を取り出す。
……どうして、そのチョイスなのか?
重力が解除されると同時に大太刀を首目掛けて振り下ろす。
――サクッ。
大太刀が地面に突き刺さる。
ただし、地面が血に濡れるようなこともなければ雷獣の首が転がるようなこともない。
地面に突き刺さった大太刀は半透明になった雷獣の体の中にあった。
「【壁抜け】みたいな擦り抜け……いや、違うな」
まるで幻のように透けている。
だが、先ほどまでの戦闘の感覚が幻などではないと告げている。
では、透けるようになったのはなぜなのか?
「――召還魔法」
メリッサがボソッと呟く。
「召喚魔法?」
「異なる場所にいる契約した魔物を喚び出す魔法です。あまり使い手がいないので見るのは初めてですので、今までに見たことはありません。おそらく今の状態は元いた場所に還されている最中ではないかと推測します」
「それじゃあ――!」
「はい。今からでは、どんな事をしたとしても雷獣を傷付けることはできません」
ここまで追い詰めておきながら仕留めることができなかった。
その事実を悔しく思っていると女性の物とは思えないくぐもった声が聞こえて来る。
『お前たち……』
シルビアたちにも聞こえているらしく声の発生源を探してキョロキョロしている。
「まさか……」
メリッサの声の正体に気付いた。
『ワシは、お主たちが「雷獣」と呼ぶ存在――テンペストタイガーという者じゃ』