第9話 雷獣
門まで戻って来ると既に閉じられていた。
雷獣に備えての防備なので街の中へ入れて貰えただけでもありがたい。これ以上の無茶を言う訳にはいかない。
「どうします?」
「跳び越える」
簡潔に言うと3人とも従って門を跳び越えてくれる。
街の外に着地する。
「……!」
門の前で武器を手に雷獣の襲撃に備えていた30人ほどの兵士が突如現れた俺たちに武器を向けて来る。
「落ち着いてくれ」
宥めるように言うと武器を持つ手から力が抜ける。
「大丈夫だ。彼らは街の中から来た。少なくとも私たちの敵ではない」
指揮官らしき人物が声を掛けると兵士たちも納得していた。
「だが、何の用だ?」
救援に駆け付けたことを説明する。
俺の目的を聞いた瞬間、兵士たちの表情は安堵と懐疑に分かれた。
彼らはこれまで雷獣の強さを嫌と言うほど実感させられている。いきなり現れた冒険者にどうにかできる訳がないと思っている。逆に安心した者は雷獣と戦わずに済んでホッとしていた。
「本当に勝てると思っているのか?」
「さあ?」
「なに!?」
「俺は雷獣の姿を見たことがないし、どんな力を持っているのかすら知らない」
鯨と同様に迷宮核へ問い合わせてみたが芳しい答えは得られなかった。
全く情報のない相手に勝てるかどうかなど答えられる訳がない。
「ま、やれるだけの事はやりますよ」
街から離れた場所へ顔を向ける。
同時に稲妻が地面に落ちる。
たった200メートル先の出来事だ。
「ひっ……!」
地面に落ちた稲妻を見ただけで兵士は怯えている。
「ら、雷獣……!」
稲妻と共に突如として現れた雷獣。
その姿は、体長5メートル近くある獅子型の魔物で真っ白な体に金色の鬣を持つ威風堂々とした魔物だ。
――グオオオォォォォォン!
雷獣の咆哮。
雄叫びが聞こえると同時にそれまでは小雨だった雨が激しく降るようになる。
「これが雷獣の力か」
咆哮だけで周囲に雷雨を発生させる。
雷雨を発生させただけではない。その咆哮を聞いただけで恐怖による震えから自分の武器を取り落としてしまう兵士が何人かいた。
「……もう、ダメだ」
今にも逃げ出しそうな雰囲気だが、兵士としての矜持がその場に踏み止まらせていた。自分が逃げれば街の人々が傷付くことになる。
「戦うつもりがないなら逃げて下さい」
「……そういう訳にはいかない」
逃げるように言ったところ武器を持つ手に力を籠めた。
「雷獣が恐ろしくないんですか?」
「恐ろしい……既に雷獣の襲撃によって兵士に8人の死者が出ている。この場に来られないほどの怪我を負った者だけでも30人以上になる」
既に半数以上の兵士が犠牲になっている。
それでも退く訳にはいかない。
「その心意気を気に入った」
「は?」
雷獣から魔力が迸る。
直後、雷獣の周囲に稲妻が4本落ちる。
稲妻の直撃を受けて畑が抉られ、使い物にならなくなる。
「なにしてくれてんだ!」
200メートル先まで視界を遮る物は何もない。
一瞬で【跳躍】を使って跳び込むと雷獣の顎下から思いっ切り蹴り上げる。
下から顎を蹴り上げられた雷獣は後ろに一回転しながらも4本の足で着地する。
「ここじゃあ、畑から近過ぎるんだよ」
雷獣の鬣を無造作に掴むと遠くへ一気に投げる。
大きな音を立てながら雷獣が地面を転がる。
畑に戦闘の影響を残す訳にはいかないので離れた場所で戦う必要がある。先ほどの様子から少なくとも自分の周囲に稲妻を落とす能力ぐらいはあることが伺える。
最低限離れた場所で戦う必要がある。
「じゃあ、やるか」
「はい」
シルビアたちも同じように俺の隣に【跳躍】してくる。
メリッサが雷獣の足元に発生させた土台が雷獣の体を押し上げて吹き飛ばす。
放り出された先にはイリスが生み出した氷柱が剣山のように鋭い先端を空へ向けていた。
そのまま地面に落ちれば氷柱が背に突き刺されることになる。
だが、雷獣が落下する前に氷柱が砕け散る。
雷獣よりも速く落ちて来た稲妻が氷柱を粉々に砕いてしまった。
「ごめん」
「いや、これだけ離せば十分だ」
土台で持ち上げたことで畑から十分に離れることができた。
神剣を抜いて雷獣に斬り掛かる。
硬い金属音のような音と共に神剣が雷獣の牙によって受け止められた。
「これは神剣でも斬れないな」
雷獣の口には上下に2本ずつ鋭い牙が生えている。4本の牙によって神剣は上下から押さえ込まれている。何でも斬れる神剣でも押さえ付けられては効果を発揮してはくれない。
4本の牙がバチバチと電撃を放ち始める。
「これは……」
電撃が神剣を握る手を伝って痺れさせる。
牙の間から引き抜こうとするが、ガッチリと咥えられているせいで電撃から逃れることができない。
「はぁ!」
シルビアの短剣が雷獣の横腹に迫る。
しかし、短剣が届く直前に雷獣が体から電撃を周囲に放つ。
「あ……」
電撃の直撃を受けて短剣を落とす。
そのまま雷獣が神剣を咥えたまま顔を振り回す。
神剣と一緒に俺の体も振り回されるが、すぐに放り出されることになった。
神剣を手放してしまった。
雨が降りしきるせいもあって手が濡れていた。おまけに痺れていたこともあって握り続けることができなかった。
「さすがは災厄扱いされる魔物だ。けど、同じように災厄扱いされていたシルバーファングよりもずっと強いな」
似たような姿をしていたが、強さは雷獣の方が上だ。
だが、知能はシルバーファングほど高くないみたいだ。
「ああ、ご主人様の剣が……!」
咥えていた神剣を地面に捨てて前足を乗せた光景を見てシルビアが嘆いている。
「問題ない。あの剣はあの程度で壊れるような代物じゃない」
現に雷獣の巨体を受け止めても神剣はビクともしていない。
「だけど、そんな状況を受け入れられるかと言えば別だ」
自分の愛剣が足蹴にされていて気分がいい者などいない。
そんな事は同じように剣を扱うイリスには分かっており、主である俺の剣が奪われた光景を目にして魔力が迸っている。
イリスの持つ剣が蒼い輝きを放つ。
「どうする?」
「剣がなくても戦う方法はある」
魔法や直接触れることを前提とした魔導衝波。
剣がなくても雷獣のような強い魔物を相手にする方法は他にもある。
「了解」
それでも接近戦をするのは危険が伴う。
アイラがいない状況ではイリスが前衛を務めるしかなかった。
しかし、こちらから何かを仕掛けるよりも早く雷獣が突っ込んで来た。
「むっ……」
牙と同様に前足の爪が電撃を放って金色に輝いていた。
鋭さも持っているらしく、イリスと斬り結んでいられる。
「マズいな……」
「はい」
イリスは雷獣の攻撃を全て受け流せている。
しかし、防戦一方になっている。
そんな状態になっている事そのものがイリスの実力を考えれば異常だ。
「理由はこの雨だな」
雷雨が視界を閉ざし、ぬかるんだ地面が動きを鈍らせている。おまけに濡れた状態では上手く剣を扱うことができない。
「石弾」
石の弾丸を撃って雷獣を下がらせる。
こちらを警戒した様子になりながら睨み付けて来る。
空へ向かって咆哮。
「チッ……!」
舌打ちと共に横へ跳ぶ。
シルビアたちも各々別方向へと跳ぶ。
自分たちの立っていた場所に稲妻が落ちて来る。いや、正確にはあちこちの場所に稲妻がいくつも落ちている。回避する為に跳んだ場所も危険だ。
「うおっ!」
すぐに別の稲妻が落ちて来た。
「石弾」
今度は当てるつもりで撃った石の弾丸だったが、雷獣に届く前に稲妻が落ちて来て砕けてしまった。
雷獣を守るように落ちて来る稲妻。
遠距離からでは攻撃を当てることすら難しい。
「何か方法がないか?」
俺の質問に対してシルビアが首を横に振る。
だが、メリッサには策があったらしく杖を空に向かって掲げた。俺にこれからやることを言う余裕もない。
「落下隕石」
上空に雷雨と共に発生した雷雲。
それよりも高い場所に生み出された大岩が地面に向かって落ちて来る途中で雷雲を吹き飛ばした。




