第13話 告白
「まあ、金貨1000枚を免除する方法がないわけじゃないんだけどな」
「え、でも……さっきは契約の破棄はできないって言っていたじゃないか」
「契約の破棄はたしかにできない。けど、俺が持っている金貨1000枚分の債権をデイトン村に渡す契約を再度交わせば、金貨1000枚分の債務と相殺されて借金をなくすことができる」
金貨1000枚が俺と村の間で相殺される。
村が生き残る為には、もう俺の要求を受け入れるしかなかった。
「さて、契約を確実に履行する為に契約書は誓約書を使用することにしよう」
何も書かれていない誓約書を収納リングから取り出す。
契約書に書く文面は既に決めておいたため、思い通りにスラスラと書き、すぐに書き終わる。
「さて、これが新しい契約の内容だ」
村長に見せる前に村人全員に確認してもらう。
「なあ、本当にこんなことでいいのか?」
「もちろん」
村人にとっては、あまりに簡単すぎることだったため、それで本当に金貨1000枚分の借金がなくなるのか不安に思ってしまったのだろう。
そして、この契約内容では村人にできることは何もない。全ては村長たち次第だった。
「さて、この契約において最も重要な人物である村長たちにも確認してもらう」
「何をさせるつもりだ?」
「なに、してもらうことは本当に簡単なことだ」
村人から契約書を渡され、内容を確認する。
「本当にこんなことでいいのか?」
「当然」
村長は、そのまま兵士長とランドにも渡し、内容を確認させる。
二人とも確認したところで、契約内容を改めて告げる。
「契約内容は、俺の質問に対して村長デニス・兵士長ヴェズン・名士ランドの3名が俺の質問に対して嘘偽りなく答えること。質問する権利は、1人につき1つ。
正直に答えた場合は、俺が持っている債権を全て返上する。ただし、1つでも嘘を吐いた場合には借金が再び100倍になる」
質問に対して正直に答えるだけで借金が帳消しになる。
だが、嘘を言えば金貨1000枚の借金が10万枚になる。とてもではないが、村人全員が協力したところで一生懸けても返し切れるような金額ではなく、その権利は子孫に移譲されることになるだろう。彼らも誓約書による呪いのせいで死ぬことができずに借金を返済する日々を過ごすことになる。
それでも選択肢は与えた。
「さあ、俺の提案を受けるか?」
村長は、俺の言葉や契約書に何か罠があるのではないかと疑っていた。
最初に交わした契約によって、自分に有利なはずの契約が不利に働いてしまったため契約内容を疑ってしまっている。
しかし、ここで俺が何かをする必要はない。
なぜなら、村長の隣には農具を武器のように持った村人が立っており、村長たちのことを睨み付けている。村人にとって生き残る為には、契約を受けてもらうしかなく、断るような真似をすれば村長を躊躇なく傷つけるだろう。
そもそも裏などない。
だから安心してサインをしてほしい。
「安心しろ。契約内容に嘘も罠も含まれていない。村長たちは、俺の質問に対して正直に答えてくれるだけでいい」
俺の言葉に村長が兵長とランドの間で視線を交わし、
「いいだろう」
契約書にサインをした。
サインのされた契約書を受け取ると、それを村人全員に見せるように掲げる。
「それでは、質問をしてもらおうか」
「その前に移動する必要がある。もちろん付いてきてくれるよな」
俺の言葉に全員が首を縦に振っていた。
彼らの生殺与奪権は、全て俺が握っているようなため断るような意思はない。
断る意思のない村人たちを連れて行く。俺から離れた後方を村人たちが歩き、俺の傍にはアリスターの街から連れて来た面々が歩いていた。
「お兄様、一体何が目的なんですか?」
「そうよ。魔物を倒しただけでも凄いことなのに、この準備の良さは最初からこっちを計画していたみたいじゃない」
さすがは母だ。俺の目的が、どこにあるのか見抜いている。
妹にも心配させてしまっている。
ただ、2人に関してはこれから起こることを考えると心が痛くなる。なんせ、2人……いや、3人に悲しい事実を告げなければならないのだ。だが、心配させ続けるよりはいい。
「まあ、成り行きを見守っていて下さい」
もう1人の家族である兄は、職務に忠実で事件の顛末を静かに見届けるつもりでいた。
☆ ☆ ☆
俺が村人たちを連れて行った場所は、村はずれにある広場で、一本の大きな木が植えられていた。子供たちが遊び場として、よく利用している場所だ。
村長たちが青ざめていた。
この場所に連れて来たことで、俺がどんな質問をしようとしているのか理解してしまったのだろう。そして、俺が真実を知っていることに気が付いている。
質問の前にすることがあるので、質問は後回しだ。
収納リングからスコップを2本取り出す。
「誰か、この場所を掘ってくれないか」
俺が木の傍を掘ってもらうようにお願いすると2人の男が掘ってくれる。
埋まっている物が物だけに、傷つけないよう慎重に掘ってもらうようお願いすると数分後には土の中から腐敗した死体が出てくる。残念ながら腐敗が進んでいるせいで見ただけでは誰なのか判断できない。
言いたくはないが、確認してもらわないといけない。
「母さん……」
俺の声から何かを感じ取ったのか母さんが掘り出された死体を確認する為に穴へと近付く。
そして、ある物にすぐ気が付いた。
「これは、あの人との結婚指輪、です……」
母が涙を流しながら遺体の傍に落ちていた指輪を拾い上げる。
つまり、遺体が誰なのかと考えれば、簡単に予想できる。
「クライスは死んでいたのか」
母が泣き崩れ、兄と妹が駆け寄って支えていた。
俺も駆け寄りたいところだが、俺にはやらなければならないことがある。
「俺の父さんが遺体で見つかったところで質問だ。土の中に埋まっていたっていうことは、誰かが埋めたっていうことだ。一体、誰が埋めたんだと思う? 全員の名前を答えてくれよランドさん」
ランドさんは必死にこの場を言い逃れる為の言葉を探していた。
「私が嘘を言っていないということは、どうやって保証される」
「その為の誓約書だから問題ない。あんたに僅かでも嘘を吐いたという意思があれば、誓約書はきちんと契約違反だと反応してくれる。逆に1人でも嘘を吐いたという意思を持たずに俺の質問に答えれば契約は履行されたと判断される」
証明など答える人間の心が行ってくれる。
ただ単純に嘘を言わなければいいだけの話だ。
「さ、ランドさんの答えは?」
既に俺は質問をしてしまっている。
ランドさんは正直に答えるしかなかった。
「私たち3人……私、デニス、ヴェズンの3人でこの場所に埋めた」
「この野郎!」
兄が殴り掛かりそうになっていたが、手を掲げて止める。
実際、俺もこいつらを殺してやりたいほど憎んでいたが、そんな逃げ道に逃げるような真似は許さない。
「分かった。次の質問だ、兵士長」
呼ばれた兵士長は明らかに動揺していたが、関係なく質問をぶつける。
「死体をこの場所に埋めたのはあんたたち3人らしいが、殺して死体にしたのは一体誰なんだ?」
まあ、埋めた人間が分かっているのだから状況を考えれば誰にでも分かるようなことだ。
しかし、誓約書に保証された状態で本人たちの口から語ってほしかった。
「俺が後ろから頭を殴って殺した。2人ともそのことについて責めるようなことはなかった」
「きさま……!」
ランドが怒っているが、質問に答えてくれたこいつには、もう用がない。
「最後の質問だ村長。どうして、父さんは殺されなくちゃいけなかったんだ? 動機を村人全員に聞こえるように言ってくれ」
村人から向けられる冷たい視線に狼狽えながらも村長は答えた。
「あの日……私たちが使い込んでいた村の金についてクライスから問い詰められていた。その事に焦ったヴェズンがクライスを殺し、3人で死体を隠した。その後、全ての罪を奴に被せて伯爵からお金も借りた」
動機を聞かせたかっただけだったのだが、ペラペラと色々喋ってくれた。