第7話 デュポン
鯨の魔物の討伐を終えると船へと戻る。
「ただいま。船は大丈夫だったか?」
「はい、問題ありません。攻撃そのものは何度かされましたが、全て私たちの手で防いでおりますので船への被害はありません」
「そうか」
メリッサから船の状況を聞いて安心する。
こんな海のど真ん中で放り出されれば俺たちでも帰られるかどうか分からない。いや、【転移】を使えば迷宮やアリスターには帰ることができるので安全は保障されていると言っていい。
だが、イシュガリア公国や戻ることもメンフィス王国へ向かうこともできないので船は必要になる。
「それと、これが戦利品になる」
道具箱から取り出された魔石を見て冷静に分析している。
「これは偽核ではなく普通の魔石なのですよね」
「ああ」
メリッサにも一目で分かった。
というよりも【鑑定】が通用しないので迷宮に関連する代物ではないということになる。
「正体不明の迷宮主が造った巨大魔物ではなく、普通に存在している巨大な魔物……」
脅威としてはかなり高い。
しかし、一般的な冒険者とは一線を画す俺たちにとっては強敵と呼べるほどの相手ではなかった。
それでも無視できるような存在ではない。
「この近くの海にはこんな魔物が出て来るんですか?」
甲板に集まっていた船員に尋ねると力強く首を横に振った。
彼らも鯨の魔物なんて知らなかった。
「この海域は魔物が出現しないことで有名な場所なんだ。海では比較的多く見掛けるサハギンだが、アレもどうして現れたのかが分からない」
サハギンが現れた理由については分かっている。
「おそらく鯨の支配下に置かれていたんでしょう」
あれだけ巨大な体の魔物だ。
鯨に比べれば豆粒に思えるようなサイズのサハギンでは傷を付けることすら難しい。
他の海域で自由に生活していたサハギンは鯨に襲われて生き残る為には渋々ながら鯨の支配下に収まるしかなかった。
支配下に置かれていたサハギンはこちらの威力偵察に使われた。
命令されていただけの彼らには可哀想なことをしてしまったかもしれないが、襲われてしまった以上は対処しなければならなかった。
「問題は鯨の方です」
あんな魔物の情報は聞いたことがなかった。
迷宮核にも問い合わせてみたが、それらしい情報は見つからなかった。
つまり、全くの新しい魔物である可能性が高い。
「何か心当たりはありませんか?」
未発見の魔物などそうそう見つからない。
しかも、巨大な体の鯨なのだからこれまで見つからず隠れ続けていたという可能性も低い。
人為的な手が加えられている可能性があるが、鯨の魔石を確認する限り自然発生した魔物のように思える。
船員たちが顔を見合わせている。
少し困惑した様子はあるものの思い当たる事が何かあるようだ。
「あの……」
船長が手を上げた。
聖女が乗るということで乗船時に簡単な紹介は受けていた。
「鯨の魔物に関する心当たり、という訳ではないが数日前からメンフィス王国付近で異様な魔物の影を見たという報告を聞いていた」
さっきも船員が同じ事を言っていた。
その魔物が現れるのは、ここからさらに先へ進んだ場所らしく、その海域まで時間があったこともあって油断していたせいでサハギンの接近に気付くことができなかったと言っていた。
「その魔物の影が鯨だと?」
俺の質問に船長は首を横に振る。
「いいえ、報告によれば蛇のように長い体をしていたそうです」
そのため海竜の類ではないかと予想されていた。
少なくとも鯨と間違えた訳ではなさそうだ。
「メンフィス王国付近で出現する蛇型の魔物」
そこに鯨型の魔物まで出現した。
偶然と片付けるのは危険な可能性がある。
「例の件と関係があると思いますか?」
ミシュリナさんに尋ねる。
例の件――この場には船員たちもいるので言葉を濁させてもらった。
「分かりません」
報告にあった魔物の影だって見た訳ではない。
情報が不足している。
「ただ、凄い胸騒ぎがします」
聖女としての勘が働いているのか蛇型の魔物に対して危機を抱いている。
「とりあえずメンフィス王国へ向かうことにしましょう」
☆ ☆ ☆
船での移動を始めて3日後。
結局、警戒していたものの魔物の襲撃はなく、報告にあった蛇型の魔物を見ることはできなかった。
「聖女様、メンフィス王国へ着きました」
「ありがとうございます」
船長に先導されながら港に下り立つ。
メンフィス王国の港町――デュポン。
王国の海における玄関口とされた巨大な港湾都市で様々な国から商売の為の船が停泊していた。
船の数が多い。
それよりも俺の目を引いたのが港にいる人種だった。
「おお、人間種よりも獣人種の方が多い」
港で働いている人の頭の上には虎や狼のような獣の耳が左右に生えており、腰には揺れている尻尾を持つ人が多かった。
獣人。
初めて見る訳ではないが、メティス王国では珍しい。
……と言うよりも本来なら数が少ないはずの獣人の方が多いメンフィス王国の方が異常だと言える。
「皆さんは獣人がどのようにして誕生したのか知っていますか?」
「いいえ」
「獣人は、魔力異常があった大昔に影響を受けた者が体に異常を来たしてしまったせいで変化してしまった、という言い伝えが残っています……一般には信用されていない言い伝えですが、皆さんならこの言い伝えが正しいというのが理解できますね」
獣人が生まれるきっかけになった魔力異常というのは避難施設として迷宮が必要とされることとなった大災害の事だ。
大災害については大昔の事なため現在では資料が全く残っていない。
いつしか大災害があった事すら人々の記憶から消えてしまった。
そのせいで獣人が生まれるきっかけについても忘れられてしまった。
「獣人は無事だった人から忌み嫌われて僻地へと追いやられました」
その後、辿り着いたのがメンフィス王国のある場所。
「全くの未開地だった場所を開拓して国まで興したのがメンフィス王国の成り立ちです」
追いやられた人々が集まって興した国だから獣人が多い。
ミシュリナさんの案内を受けながら港を進む。
「聖女様、本当に我々は帰ってしまってよろしいのでしょうか?」
「はい。帰りについてはその時の状況次第で考えます」
実際には【転移】で帰ることになるのだが、そんなことは船員たちには分からない。聖女を異国の地に置いて行く事を不安に思っている。
「護衛もいるので問題ありません」
実際には『巫女』の護衛の為にメンフィス王国へ赴いた俺たちだったが、船員たちには『聖女』の護衛だと説明していた。
「……分かりました。旅の無事を祈っております」
船員たちが船に戻って行く。
ただし、すぐに帰る訳ではない。彼らも商売のついでに俺たちを運んでくれたので船に積み込んでいた商品を港に卸して、逆に船に積み込んでイシュガリア公国に持ち帰るという仕事がある。
数日は港で運搬作業に従事しなければならない。
「では、王都へ向けて移動しましょう」
移動手段は馬車を使用することになる。
「急いでいるなら走った方が速くないですか?」
冒険者として普段から走って移動している俺たち。
そんな俺たちに前回の作戦時には走って着いて来ることができたミシュリナさんたち。
走れば王都までは明日中には辿り着くことができる。
「いいえ、それはできません」
俺の提案はクラウディアさんによって却下される。
「どうしてですか?」
「私たちは王都に着いたら『巫女』に面会する必要があります。ですが、『巫女』との面会など一般人では簡単にできません。ですから、期日まで時間がない現在では『聖女』として会う必要があります」
一般人が抱く『聖女』のイメージはお淑やかに微笑む女性。
とてもではないが、馬車で4日も掛かる道を自分の足で走れるはずがない。
「ここは他国です。ミシュリナ様が姿を現した段階で監視は付いていると考えた方がいいでしょう」
「それは正しいです。誰かに見られています」
シルビアの視線だけがあちこちに向けられる。
単独ではなく複数の監視が付けられていた。
「ミシュリナ様は王都に着いてからの行動をスムーズに進ませる為に『聖女』として行動する必要があります。時間は迫っていますが、こうした方が後々には助かるはずです」
港町でクラウディアさんが馬車を用意して王都へと向かう。