第16話 減刑の対価
俺はメリッサ、イリスと一緒にエルマーをアリスターの領主であるキース様の所へ連れて来た。
目的はエルマーの減刑だ。
「ほう……その子が今回の一件の首謀者か」
「その、通りです」
緊張した様子でエルマーが答える。
たどたどしい様子だが、同い年の他の子と比べれば十分しっかりとしている。
「さて、君は自分がいけない事をしてしまった自覚はあるかな?」
キース様が子供に話し掛けるように優しく尋ねる。
実際、相手は11歳の子供なので間違っていない。
「はい。僕は盗賊を雇ってグリーソン一家の再興を謀りました。それに、その途中で更なる資金を獲得する為に商人を襲ったりもしています。これは許される事ではありません。それに父が亡くなる原因である冒険者の身内を襲わせる計画も立てました。家族がいなくなった事で僕も色々と困っていたんです」
「……」
キース様も反応できない。
彼も実務的な交渉なんかは別の人間が行っていた事は簡単に予想できていた。だからエルマー本人はほとんど事情を知らないと思っていた。
ところが、今の言葉から事情を理解していることが分かった。
「君は罪を犯したまま私の領へと逃れ、この地でも罪を犯した」
アリスター周辺の街道を利用していた商人も盗賊の被害にあっている。
さらに都市内での襲撃事件。これが領主としては問題だった。
「私の領で罪を犯し、私の雇った者に捕らえられた。よって私の采配で裁かせてもらうことになる。いいな?」
「問題ありません」
アリスターで罪を犯していなかったらそれまでに悪事を働いていた以前の場所へ戻さなければならなかった。
だが、アリスターでも罪を犯していた事とこちらで捕まえた事を理由にキース様が裁くことになった。もちろん向こうに配慮して色々と贈り物をしたり、配慮をしたりすることになるが、領民に対してしっかりと罰を与えることができたとアピールする方が優先させた。
「いい子だ。では、これより――」
「――!」
罰を言おうとしたところでエルマーの隣に立った人物が気になってしまった。
「彼はいいのか?」
「気になるならせめて喋れるようにしますか?」
「頼む」
隣に立っていたのはロビンだ。
自分のせいで子供が罰せられると知って色々と言って来たのだが、あまりに煩いので【迷宮魔法:沈黙】で喋られないようにさせてもらった。
何か言いたそうにしていたので魔法を解除する。
「――! 待って下さい。この子は何も悪くない。全ては私の罪――」
「黙れ」
キース様が静かに言うと凄まれて何も言えなくなる。
「罰についてだが、二人とも犯罪奴隷にさせてもらう」
「……!」
告げられた罰の内容にロビンが息を呑む。
犯罪奴隷に堕ちれば主人の命令に従って永遠と働き続けなければならない。借金のせいで奴隷になってしまった奴隷と違って奴隷という身分から解放されることはないと考えた方がいい。
しかも課せられる労働は過酷。
そのため寿命を全うできずに死んでしまうのがほとんどだ。
「来年の種植え期が終わって落ち着いた頃に開拓を考えている。お前には大人としてこの作業に従事してもらうことになる。覚悟しておけ」
「……はい」
ロビンには刑を軽くするよう要求する権利がなければ仕事を選り好みする権利も与えられていない。
言われた仕事を渋々こなすしかない。
「ただし、子供にまでそんな事をさせるつもりはない」
開拓は力がなければ難しい。
子供一人を増やしたところで大した戦力にはならない。
それどころか奴隷を養う為に必要な費用に金を使ってしまうせいで逆に損をしてしまう。
子供の奴隷を使うなら小間使いのような仕事をさせた方がいい。
「君は大人になるまで小間使いとして働いてもらう。その後、大きくなったら開拓などに従事してもらう」
「はい……」
エルマーは受け入れている。
だが、何度か話していてこの子が聡い子だというのはキース様も含めて全員の共通認識だ。
「キース様」
「なんだ?」
「この子の減刑を要求します」
エルマーが驚きから目を見開いて見上げている。
「だが、犯罪者を罰しない訳にはいかない。刑を軽くさせられるだけの見返りを用意することができるのか?」
「できます」
今回の一件でエルマーとロビンを探す為に様々な情報を集めた。
その時に手に入れることができた情報は二人の情報だけではない。
あらかじめ纏めていた数枚の資料をキース様に渡す。
「これは……」
キース様が凄い勢いで資料に目を通して行く。
「いつの間にこんな物を……それにどうやって……」
「時間はそれほど掛かっていません」
実際に1時間程度――ロビンが気絶していた間に迷宮核が集めた情報を精査し、こういう作業も得意なメリッサに纏めてもらった。
「方法については教えられません」
「それは言っているようなものだ」
もちろん俺が迷宮主だと知っているキース様は迷宮の力を使って情報を集めたという事に気付いた。
これは迷宮主について知らない二人の為の言葉だ。
「この情報ですら全体の内の一部でしかありません」
「なに……?」
「減刑の対価として残りも含めて全ての情報を渡しても構いません」
「いいのか? これは、私にとってかなり価値のある情報だ」
領主にとっては無視することができない情報だ。
「いいんですよ」
あっさりと情報を渡すことにした。
「あの……」
「なんだ?」
戸惑った表情をしたエルマーが聞いて来る。
「その情報は凄く大切な物で、僕の為に使おうとしてくれるんですよね。どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「そうだね。これは、現在アリスターにいる諜報員に関する情報だ」
諜報員がいる事は分かっていた。
グレンヴァルガ帝国も以前は戦争で活躍した俺に関する情報を集める為に送っていると皇帝であるリオが言っていた。
当事者ではない他の国が諜報員を潜り込ませていたとしてもおかしくない。
むしろ当事者でないからこそ多くの情報を必要としていた。
それとなく探してみようかと思ったが、相手がプロでは見つける専門家ではない俺たちでは諜報員を見分けることなどできなかった。
だから諜報員については諦めていた。
しかし、インチキに頼った結果、街にいる諜報員については全員の所在が明らかになっていた。
諜報員の所在だけでなく、リオが俺たちとの約束を守って帝国の諜報員を撤退させている事も確証が得られた。
律儀に約束を守った、と言うよりも自分たちも同じことをしているので迷宮の力に頼れば諜報員の存在が確実にバレるので皇帝の権限を使って無理矢理撤退させたという可能性もある。
「そんな貴重な物を僕の為に使ってもらう訳にはいきません!」
領主としては自分の街に諜報員がいる事は看過できない。
「かなりの数の諜報員が潜り込んでいる。こんなに潜り込んでいるのは俺たちのせいとも言えなくはないから俺たちにも責任があるんだよ」
春先に起こった戦争によって辺境の冒険者の質について注目されるようになってしまった。
間接的だが俺たちに原因があるとも言える。
「それに君は俺たちとの会話で自分が優秀である事を示した」
エルマーは優秀だ。
誰でもできる労働力として使い潰すぐらいなら専門的な知識を身に着けて欲しいと思えるぐらいだ。
というのはほとんど建前みたいなもので、女性陣がエルマーの事をすっかり気に入ってしまっている。
「俺たちに恩義を感じているなら将来返してくれればいい」
「分かりました」
渋々ながら納得してくれた。
「潜伏している諜報員についてはどうしますか?」
「好きにしていい」
「ありがとうございます」
諜報員は静かに暮らしたい俺としては邪魔な存在でしかない。
可能なら今日中に処理してしまいたい。
しかし、彼らのほとんどが既に領主から許可を得て普通に生活している者ばかり。諜報員だと分かったからと言って俺たちが勝手に処理してしまう訳にもいかない。
だが、領主からの許可が得られたので大義名分が手に入った。
ありがたく臨時報酬を頂くことにする。




