第14話 迷宮の牢獄
「ここは……?」
呻き声を上げながら気絶していた男性の意識が回復した。
「ようやくお目覚めか」
あまりに遅い回復に少しばかり呆れていた。
男性がキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「なんだ、ここは!?」
「牢獄」
迷宮内に作った牢獄。
フィールドは洞窟だが、その中に作られた出入口が一切ない牢獄。外へ出ることができなければ外から誰かが入って来ることもできない。唯一の出入する方法は俺や眷属による【転移】のみという密閉空間。風が通れるぐらいの僅かな隙間は用意されているので呼吸ができなくなるということはない。
以前から用意しておいた物で誰かを捕らえた時に利用するつもりでいたので、改めて利用させてもらった。アリアンナさんを襲う為にオッサンが雇った連中は騎士に引き渡したが、こいつだけは直接話をしたかったので俺たちが回収させてもらった。ただし、傷付けるつもりは今のところないので牢獄はちょうどよかった。
牢獄は後ろを岩壁があり、左右と正面を鋼鉄製の格子によって囲まれた牢がいくつも並んでいた。
そんな牢の一つに入れられたオッサンが鎖の付いた手錠を後ろの岩壁に繋がれ、ある程度しか身動きができないようになっていた。
オッサンがジタバタと動く。
しかし、鎖に繋がれた状態のままでは格子に近付くことすらできない。
そんな様子を牢の外から眺めさせてもらっていた。
今回、尋問の必要はないのでこれだけで十分だった。
「こんな事をしてタダで済むと思っているのか」
「思っているから捕らえている。それよりも正面を気にした方がいいぞ」
「正面……っ!?」
ようやく外側へと意識を向けてくれた。
牢の外には一本の道が真っ直ぐに伸びており、道を挟んだ向かい側には同じ牢が続いていた。
オッサンが入れられている向かいの牢には同じように鎖で繋がれた少年がいた。
その少年はオッサンにとっては絶対に守らなければならない存在。
決してこのような牢に入れられていい存在ではない。
「キサマら……!」
オッサンがこちらを睨み付けてくるが全く気迫を感じない。
向かいの牢に入れられていたのはサルマ・グリーソンの一人息子であるエルマーと言う名の少年だ。
「エルマー!」
「……おじさん」
エルマーは意識もはっきりしているし怪我をしている訳でもない。
もちろん尋問を受けて憔悴している訳ではない。
「オッサン……いや、ロビン落ち着け」
「なぜ、私の名を!?」
落ち着いてもらおうと名前を呼んだのだが、ますます警戒させてしまったみたいだ。
「俺は【鑑定】が使える。だから、あんたの名前からステータスまで全て丸見えになっているんだよ」
「そんな、貴重なスキルまで……」
【鑑定】は強力なのだが、持っている人はかなり少ない。
王国内ですら数えられるレベルでしかいないはずだ。
俺たちの使っている【迷宮魔法:鑑定】は条件が難しいものの条件さえクリアできればあらゆる情報を手に入れることができる。【迷宮魔法:鑑定】は迷宮外で使用する場合には迷宮に関連する物しか対象にすることができないが、自分の迷宮内で使用する場合には全てに使用することができる。
名前程度の情報なら簡単に手に入る。
「悪いが、俺たちはロビンとエルマーの関係性について知っている。だからご足労願った」
襲撃を知ったことで対象を絞り込むことができた。
そこから捜索範囲をロビンの周辺に絞って調べた結果、大人しく宿で待っている少年の存在に気付くことができた。
後はシルビアに頼んで宿に侵入してもらって迷宮まで連行した。
「いや、あのような少年については知らない」
この期に及んで無関係を装うつもりでいるらしい。
さっきお互いに呼び合っていたので無関係というのはあり得ない。
「仕方ない。こんな所で保護していても無駄なだけだし、サクッと処分するか」
「なに?」
俺の傍に立っていたシルビアが格子を擦り抜けて少年の近くへ移動する。
いつも思うけど、【壁抜け】も便利なスキルだな。
「盗賊団の言っていた事について確認したい事があった。けど、無関係だって言うならいらないや」
「ゴメンね」
シルビアがナイフを取り出してエルマーに見せる。
銀色に輝くナイフを見てもエルマーに怯えた様子はない。恐怖を感じていないというよりも全てを諦めて受け入れているような様子だった。
「ま、待て!」
ロビンが声を上げる。
「その子は関係者だ」
「最初からそう言ってくれ。こっちにあまり手を煩わせないように」
シルビアが離れる。
自分が助かったと思ってエルマーが静かに息を吐いていた。殺される覚悟はあるみたいだけど、子供だから殺されるのは本当なら怖いみたいだ。
「お前たちには恥とかないのか!」
「恥?」
「たしかにその子は私の関係者だ。だが、どんな用事なのか詳しい事は知らないが私に用があるんだろう? 盗賊団との交渉だって全て私がやっていた。なら、私だけを攫えばいいはずだ。それなのに盗賊団とは無関係な子供を攫って来るなど……っ!」
――ガン!
岩壁を背にして鎖で繋がれている関係で壁のすぐ近くにいたロビンの頬を掠めてナイフが壁に突き刺さる。
ナイフを投げたのはアイラだ。
「あんた馬鹿なの? あんたは恨んでいるマルスに復讐する為に『兄の嫁』っていう関係でしかないアリアンナさんを関係者だっていうことで襲っているの。だったらこっちも『あんたの甥』、『サルマの実の息子』っていうことで関係者っていう事にして巻き込んでも文句を言える訳がないでしょ!」
アイラが怒っている。
最近、同じように子供を抱える身として色々と話をしている内にアリアンナさんとの仲がかなり良くなっていた。だから、アリアンナさんが襲撃されると知った瞬間に自分も助けに行きたかった。
彼女の心境としては、こんなクズはさっさと始末してしまいたいところなんだろうが、エルマーの事を考えて踏み止まってもらっている。
「……」
一方、ロビンは俺たちの意趣返しに何も言えなくなっていた。
むしろ、そちらの方が関係性は強いので俺たちの方に正統性はある。
「ま、オッサンはそのままでいい」
エルマーのいる牢の中にいるシルビアに視線で合図を送る。
俺が色々と聞いてもいいのだが、今回の一件に怒っているのはアイラだけでなく女性陣全員であるので彼女たちに任せることにする。
「聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「うん……」
「自分がどうしてこんな所に連れて来られたのか分かる?」
エルマーは一瞬だけロビンを見る。
だが、俯いているロビンはエルマーの視線に気付くことができなかった。
「おじさんが雇った人たちがみなさんの家族を襲いました。それだけじゃなくて、おじさんが渡したお金を元に装備を調えたりした盗賊の人たちが色々な人に迷惑を掛けました……ごめんなさい」
『え?』
全員が信じられない言葉を聞いた表情になる。
ロビンは幼いエルマーが自分のして来た事を理解しているはずがないという想いだったのだが、実際には正確に知っていた事に驚いていた。
俺たちも同じような理由で驚いていた。
ただ、本来の予定だと諭すように色々な事実を教えて理解してもらおうと思っていたので意外な事態になった事を驚いていた。
「ど、どうしてそんな事まで知っているの?」
動揺しながらシルビアが尋ねている。
「だって一人息子だっていう事を教える為に交渉には関わらなかったけど、僕も立ち会っていたから交渉の内容は全部聞いていたよ」
「そんな……!」
ロビンがエルマーに近付こうとするが、鎖に繋がれた状態では叶わない。
おそらくグリーソン一家の後継者がどのような人物なのか見せる為に交渉の場に就かせた。交渉では子供だと理解できないような難しい言葉が飛び交うから同席しても意味が分からないと思っていたから問題ないと判断した。
ところが、エルマーには理解できるだけの知能があった。
もしかしたら盗賊を相手にした交渉だったから商人を相手にしたような交渉よりもずっと簡単になってしまったので子供でも理解できてしまったのかもしれないが、エルマーが事情を知っている事に変わりない。