第13話 人影護衛の奮闘
アリアンナ視点です
「なんですか、あなたたちは?」
仕事の帰り道。
未だ通い慣れない感覚ながらも最近お世話になり始めた屋敷への道を歩いていると路地の奥から現れた見知らぬ男たちに囲まれていました。
数は10人以上。
女の私では、それ以上の人数を確認する必要がありません。複数の相手に囲まれた時点で相手の好きにされるだけです。
みすぼらしい服装からスラムの人物だと予想されます。
アリスターのような大都市でも……大都市だからこそ夢を抱いて田舎から出て来た若者が夢を叶えることができず敗れて故郷へ帰ることもできずにスラムへと辿り着いてしまう。
私は縁がなかったのですが、そういう場所がある、という事とどのような人がいるのかは都市で生まれ育った身として知っていました。
「悪いが、付き合ってもらおうか」
「……どこへですか?」
私にできるのは少しでも多くの時間を稼ぐこと。
そうして稼いだ時間で誰かが駆け付けてくれるかもしれない。
以前にも男性に絡まれて時間を稼いでいたところをカラリスさんに助けて頂いたことがあります。
決して自棄になってはいけない。
「どこへだっていいさ」
男の一人が懐からナイフを取り出しながら近付いて来ます。
……これは、下手に逆らわない方が賢明かもしれません。
少なくとも今の私には守るべき命があるのですから。
「いいでしょう。付いて行きます」
毅然とした態度で男の前に立ちます。
「ああ、さっさと付いて……!」
私の手を掴もうとした男の手が何かに弾かれます。
すぐ傍にいた私には何が起こったのか分かりません。私は何もしていません。
「何をしやがる!」
怒った男がナイフを振り翳しながら私に襲い掛かって来ます。
咄嗟に目を瞑ってしまいました。
「ぶへっ!?」
――ガラガラガラ。
襲い掛かって来た男が吹き飛ばされて路地に積み上げられていた木箱に頭を突っ込んでいました。
「オイッ」
「何やってんだよ」
吹き飛ばされた場所の近くにいた男が腕を引っ張って起き上がらせていました。
「……気絶していやがる」
ただ、完全に気絶してしまっているらしく起き上がらせても全く反応がありません。
気絶しているのは見ている者なら誰もが分かります。
問題なのは、どうして気絶しているのかという理由。
私のような華奢な女では大人の男性を気絶させられる訳がないというのは全員の共通の認識です。現に私は何もしていません。
「どきやがれ!」
みすぼらしい格好の男たちを掻き分けながら4人の男が姿を現します。
他の男たちと違って装備が調っているので冒険者だと思われます。伊達に生まれた時から冒険者の多くいる町で過ごしている訳ではないので、冒険者なのかそうでないのかぐらい一目で分かります。
「あんたを酷い目に遭わせるだけでこっちは大金が入るんだ。あんたに恨みはないが大人しく付いて来て……」
「ぶへっ!?」
また、喋っていた男の隣に立っていた男が何かに吹き飛ばされていました。
「なん……!」
「ぎゃっ!?」
さらに二人の男も同じような末路を辿ります。
「なんだ、この影は……!」
「影?」
最後に喋っていた男も吹き飛ばされて行きます。
男に言われて目を凝らしてみると男の前に人影のような物が立っていて拳を突き出していました。
男たちを吹き飛ばしていたのは、この人影です。
ですが、これは人影ではありません。
人影というのは、人の姿がはっきりとしない状態を指すはずなのですが、目の前にあるのは人の形をした影そのもので顔などの特徴は一切ありません。
「ひっ……なんなんだ、この化け物は!?」
最後に吹き飛ばされた男が上半身を起こしながら後退りします。
私に聞かれても分かりません。
でも、一つだけ分かるのは……
「もしかして私を守ってくれているの?」
人影が顔をコクンと縦に振ります。
いつの間にか私の護衛として守っていてくれていたみたいです。
「ええい、何をしている!?」
そこで、スラムの住人とも冒険者とも思えない人物が乱入して来ます。
その人物の顔はローブのフードを被っていてみえませんが、体付きなどから冒険者ではない事は分かりますし、ローブに隠れていない手の様子を見ればスラムの住人のように汚れていないのも分かります。
「さっさと、その女を……」
ローブを纏った人物の姿が路地の奥へと消えて行きます。
「おい、オッサンどこへ行った……?」
冒険者が路地の奥へ呼び掛けますが、反応が返って来ることはありませんでした。
「何が……?」
途方に暮れる冒険者。
ですが、次の瞬間にはその表情が絶望に染められます。
ガチャガチャという鎧の音が聞こえて来たからです。
どうやら騒ぎを聞き付けた騎士が来てくれたみたいです。
「駆け付けるには早過ぎるだろ」
私が襲われてから1分ぐらいしか経っていません。
「おい、こうなったら全員で襲うぞ!」
冒険者が仲間に号令を発します。
ただし、その言葉に応えてくれるものは誰もいませんでした。
「何で、全員気絶しているんだよ!?」
最後まで起きていた冒険者を除いて全員が気絶していました。
私が見ていた限りでは最初に襲い掛かって来たスラムの住人と冒険者の4人以外は人影さんに殴られていないはずです。ですが、気付けば全員が気絶させられて転がされていました。
「こうなったら……!」
自棄になった冒険者が私に襲い掛かって来ました。
女の私では抵抗すらできない暴力。
でも、今の私には全く怖くありませんでした。
「うっ……」
人影さんにボコボコにされた冒険者が地面に倒れています。
倒れても気絶していないということは他の人たちと違ってしっかりとした実力があったという証拠なんでしょう。
「女性が襲われているというのはこっちか!?」
「はい!」
騎士が駆け付けてくれました。
その姿を見た瞬間、私は駆け付けてくれた騎士の胸に飛び込んでいました。
「遅くなってすまない」
「……いえ、大丈夫です」
駆け付けてくれたのはカラリスさんでした。
恐怖を我慢できなくなった私は気が付けば抱き着いていました。
「――被害女性の保護はお前に任せる」
「は、はい!」
私たちに気を遣ってくれた他の騎士の人たちが私を襲った人たちを次々と捕縛して行きます。
突然の襲撃は訳の分からない内に終わっていました。
「大丈夫だったか?」
「はい。よく分からないんですけど、人影さんが守ってくれたんです」
足元を見ると私の影から頭と手だけを出して手を振ってくれています。
抱き合っているため人影さんの姿は私たちにしか見えません。
「なるほど」
私には正体の全く分からない人影さんですが、カラリスさんには正体が分かっているみたいです。
「これはマルスがこっそりと付けてくれた護衛だ」
「え……?」
「お前も屋敷の門番であるゴーレムの姿を見ているはずだ。あれと同じように弟が家族全員に用意してくれた護衛が彼らだ」
私も屋敷で門番をしているゴーレムは知っています。
初めて訪れた時には見た事もない精巧なゴーレムに腰を抜かしてしまったのですが、門番として紹介されて屋敷を出入りする際には挨拶をするようにしているので今ではすっかりと慣れた存在です。
それと同じような存在だと言うなら人影さんの強さにも納得です。
「私なんかの為に手を煩わせてしまっていたんですね」
「そんな事はないですよ」
☆ ☆ ☆
「マルスさん」
兄とアリアンナさんが抱き合っている傍へ行くと突然現れた俺に驚いていた。
「今回の襲撃は、俺の事を逆怨みした人物が身内であるアリアンナさんを標的にしたものです。こんな事態に対処できるように護衛として張り付かせていたのがシャドウゲンガーです。こちらこそ迷惑を掛けて申し訳ありません」
完全にこちらの落ち度なので頭を下げる。
襲撃を察知して現場の近くへ転移したのだが、既に襲撃が開始される直前になってしまっていた。
本当なら他人に見られても問題のない俺たちで対処したかったのだが、一歩間に合わなかった。
仕方なく人目に付かないほど速く動いてもらっている間に襲撃者たちをボコボコにしてもらって注意がシャドウゲンガーへ向いている間に俺たちの方で残りの襲撃者を気絶させていった。
その際にこちらで確保したかった『オッサン』も連れ去らせてもらった。
「後はお願いします」
「いや、こっちこそ本当にありがとう」
アリアンナさんの襲撃は、迷宮操作で兄に声を届けて通報させてもらった。
突然の声に戸惑っていたようだったが、通報の内容を聞いて同僚と一緒にすぐさま駆け付けてくれた。
拠点領域を広げた今だからこそ、そんな芸当もできた。
初登場から全く出番のなかったシャドウゲンガーの活躍回でした。