第11話 おじさんと子
敵の独白回なので飛ばしても問題ありません。
私は焦っていた。
当初の予定では、雇った盗賊たちに騒ぎを起こさせている間に行動に出るつもりだった。
ところが、ほんの少し別行動をしている間に盗賊団が壊滅させられてしまった。
その話を街で噂として聞いた時は驚きから硬直してしまった。
すぐに情報の真偽を確かめる為に冒険者ギルドへと走った。
もちろん素性を知られない為に直接ギルドの職員に尋ねるような真似はしない。腕の立つ冒険者に個人的な依頼を出す為に話をしている内に親しくなった冒険者から話を聞いて噂を集める。その傍らギルド職員の会話の内容も集める。
どうやら盗賊団が壊滅させられてしまったのは間違いないらしい。
しかも討伐した冒険者の中に憎き冒険者もいたみたいだ。
サルマを殺しただけでは飽き足らず、私の計画の妨害までするようになった。もちろん私のことなど知らないのだろうが、結果的に私は計画を変更せざるを得ない状況に陥っている。
情報を集め終えた私はアリスターで仮の拠点としている宿屋へと戻る。
「おかえりなさい、おじさん」
宿屋に戻ると純真無垢な少年の笑顔が迎え入れてくれる。
「ただいま」
宿屋で待っていてくれた少年――エルマーの頭を撫でてからベッドに腰掛ける。
この子は本当に賢い子だ。この齢頃の子供ならもっと遊びたいはずなのに保護者である私の言い付けを守って宿屋で大人しくしている。
「何か変わった事はあったかい?」
「ううん」
エルマーが首を横に振る。
その姿を見ていると保護欲をそそられる。
「そうか」
本当にこの子が私の子供だったら良かったのに。
だが、この子は幼馴染だったサルマが遺した一人息子。
私とサルマは幼い頃に何度か遊んだだけの関係。着ていた服からどこかの貴族の子供らしく、家を抜け出しては外へ遊びに行って私と出会うようになっていた。
腕っ節の強かったサルマは、大人になるにつれて危険な仕事を引き受けるようになり、私との関係も大人になる頃には疎遠になっていた。元々貴族としての生活に嫌気が差していたので早く独り立ちしたかった。
私も大人になって商会に勤めて金を管理する仕事をしている内に忙しい日々に振り回されていた。
普通に生きて、普通に生涯を全うする。
何もない人生が続いていた。
そんな人生において大きな出来事だったのが初恋だった。
街中で見掛けるだけの相手で話し掛けたこともない。
少し調べてみると娼婦だということが分かった。
だが、ある日を境に全く姿を見掛けなくなった。
次に街中で見掛けた時には赤ん坊を抱いていた。
どうやら妊娠したことで外へ出掛ける機会が減っていたので私と出会うこともなくなってしまったらしい。
私の初恋は相手に話し掛けることすらなく終わってしまった。
しかし、父親の姿が全く見えない。
そんな時に幼馴染が突然やって来た。
「俺の子供に金を渡して欲しい」
目的は、父親である事を明かせない自分の子供に金を運んで欲しいというもの。
どうやら危険な仕事をするうえで私が勤めている商会と深い繋がりがあって商会へ訪れた時に私の顔を目撃して懐かしい相手を思い出していた。
その際に私が金の一部を管理していることを知って、信用できる相手だと思って自分の金を預けることにした。
特に断る理由もなかったし、懐かしい間柄だったので依頼を引き受けた。
だが、金を持って行った相手の姿を見た瞬間に後悔した。
「いらっしゃい」
相手は私の初恋の相手。
私はサルマの遣いである事を明かして金を渡した。同時に彼女と短い時間ながら世間話をする。
全く接点のなかった彼女との間に接点ができた瞬間だった。
その後も私から提案して定期的に渡す役割を担った。
サルマとしては、最初の1回さえ引き受けてくれれば独自のルートを使って自分の事が知られないように渡すつもりだったらしい。だが、それも確実ではなく私が渡した方が確実だと諭して納得させた。
そんな生活に意味などない。
私はあくまでもサルマの遣いでしかない。
それでも十分だった。
永遠に続いてくれても構わなかった。
だが、どんな事でも永遠に続くはずがなかった。
そんな当たり前の事実は最初から分かっていた。それでも10年も経たずに終わりが訪れるのは予想外だった。
「なんだ、これは……!」
グリーソン一家のアジトには何も残されていなかった。
使われなくなった大きな倉庫をそのままアジトにしていたので簡単には表へ出すことができない盗品が詰まった箱が乱雑に置かれているはずだが、そういった箱すらもない。
人を探しても構成員は誰も見つからない。
必死に手掛かりを探し始めてすぐに何があったのか簡単に知ることができた。
1週間ほど前に襲撃があって構成員は全員死亡。組織が所有していた物も全て討伐した者に没収されていた。
襲撃があった事実を知った街の人々は、そんな危険な組織が同じ街にいたという事に驚き、同時に既に討伐されたという事実を知ってホッとしていた。
私も無関係なら諸手を上げて喜んだだろう。
だが、私には無視できない問題だった。
そのまま拠点にしていた街から姿を隠すと帰るべき場所へと戻る。
こんな意味のない生活も終わりが来てしまった。
「すまない」
二人の下へ戻ると頭を下げる。
「頭を上げて下さい」
彼女がそっと言ってくれる。
「いつかはこんな日が来ると覚悟していました」
それから彼女は泣きながら家の奥へと引っ込んでしまった。
あんな商売をしている男だったが、サルマは彼女にとって愛すべき男だったという事だろう。
――これからは私が彼女を守らなくてはならない。
愛していた男を失ったという状況が私にとってチャンスに思えた、と思わない事もなかった。
だが、純粋に彼女を守りたかった。
そんな小さな想いも成就することはなかった。
彼女が病気で倒れた。
「そんな、どうして!?」
私の前ではそんな姿を見せていなかったが、彼女は以前から体の調子が悪かったらしい。
後になって彼女から聞かされた話だったが、子供を産んでからは娼婦を止めて街のウェイトレスとして忙しく働いていた。それは彼女にとってかなりの負担になっていたらしく、サルマの死を切っ掛けに病状が進行してしまったらしい。
精神的に参っていた彼女は病に勝てなかった。
「息子を、お願い!」
「……分かった!」
そうしてサルマの死を知ってから1カ月と経たない内に彼女は息を引き取った。
私はこれからエルマーを育てていかなくてはならない。
幸い、養育費に関して困る事はなかった。
彼女は私が仲介してサルマが渡していた金にほとんど手を付けていなかった。死の間際に聞かされた言葉だったが、ハッキリと言っていた。彼女もサルマがどのような商売をしているのか知っているので、そんな方法で稼いだ金に手を付けたくなかった。
ただし、自分の意地のせいでエルマーを育てられなくなれば意味がないので僅かばかりは手を付けていた。
残っていた金を使って息子を育てて欲しい。
それが、初恋の人が残した遺言だ。
「ねぇ、おじさん。お父さんはどこにいるの?」
聡いエルマーは母親が死んだことをすぐに受け入れていた。
幼くして母親を亡くした自分が頼れるのは、会った事もない父親ぐらいだということも理解していた。
父親がいる事も私を通して理解している。
「お父さんは……」
私は今まで伝えて来なかった父親について教えるべきか迷った。
それというのもサルマが人に言えないような商売をしていたせいだ。
「お父さんは困っている人のお願いを聞いて悪い人をやっつける仕事をしていたんだけど、少し前に悪い人に負けちゃってお母さんみたいに亡くなっちゃったんだ」
結局、サルマのしていた仕事の内容をはぐらかして既に亡くなっている事だけを伝える。
エルマーも私の言った事を受け入れてくれた。
――これからどうすればいいのか?
私がこの子に対して何かをしなければならない義務はない。
誰もこの子と私の関係について知っている者はいない。
ここで見捨てて孤児院に預けたところで咎められることはない。
だが、我が子のように思っていた子を見捨てることができなかった。
「エルマーはこれからどうしたい?」
情けない事に子供に縋ってしまった。
「おじさんはどうしたいの?」
「私……?」
エルマーの疑問に私は首を傾げてしまった。
これまで何を目標に生きて来た?
初恋の人に想いを告げる事も出来ず、金を渡す用事のついでに世間話をするだけの人生で満足していた。
それが、いつまでも続けばいいと考えていた。
そんな生活が壊れてしまったのはなぜだ?
「お父さんをやっつけた悪い奴らをやっつけたい」
サルマの商売は褒められたものではない。それどころか咎められるものだ。
それでもサルマが生きていれば彼女が亡くなるようなことはなかったはずだし、私の細やかな幸せに満ちた今までの生活が続いていたはずだ。
私の胸に復讐心が宿った瞬間だった。