第10話 経路構築
「さて、始めますか」
祖父と領主に報告をした翌日。
朝から迷宮と都市を繋ぐ街道に立つ。
この場にいるのは俺一人だ。
「状況は?」
『現在、迷宮と都市の間を繋ぐ街道に迷宮の魔力を流す為の経路を構築中――達成率は今のところ60%ってところだね』
「なら、今日中には繋がりそうだな」
アリスターの食料供給率には余裕がある。
その理由は、近くに迷宮があるためだ。
地下11階から20階の草原フィールド。ここでは獣や食べられる肉を持つ魔物が数多くいる。それに地面を少し掘れば芋などの野菜が出て来ることがあるし、木には美味しそうな実も成っている。
豊富な食材の手に入る宝庫なのだ。
当然、両者の間における輸送はやり易くされていた。
そういう訳で俺は都市側から、イリスは迷宮側から街道を歩いてスキルを使用していた。
【迷宮操作:経路】――迷宮の最下層に集められた魔力は使用する為に各階層へと流される。その時に通る経路。それを迷宮の外へと伸ばすこともできる。
ただし、他の迷宮操作と同様に外で使用する場合にはリスクが伴う。
迷宮内ならちょっと指示を出すだけで済む作業でも迷宮の外へ使用する場合には異常なほど手間が掛かる。
『もっと効率的な方法はない?』
経路を伸ばしているイリスから念話が届く。
「ない」
街道の都市に近い場所に立ちながら否定する。
イリスのげんなりとした感情が伝わってくるが、この作業は【迷宮操作】が使える俺とイリスでなければできないので他の眷属に代わってもらうこともできない。
「そもそも手間が掛かるから今まで手を付けて来なかったんだからな」
昨日は会談で休んでいたが、既に街道に立ったままの状態で3日。
飽きて来た。
「経路を伸ばすのがここまで時間が掛かるのは俺も予想外だった」
立っている場所から前後に1メートルまではスキルを使用することができるのだが、1分間スキルを使用していても進められるのは1メートル半ぐらい。1時間で100メートル進んでいるかどうかという進捗状況だった。
迷宮からアリスターまでの距離は約10キロ。
とにかく時間が掛かるうえに代わり映えのない作業なので飽きる。
『そもそも、どうしてこんなに離れた場所に都市があるの?』
「迷宮核も知らなかったんだけど、その辺は冒険者ギルドで情報を集めたら簡単に知ることができた」
以前に時間ができた時に調べたことがあった。
最初の町と呼べる頃はもっと迷宮に近い場所にあった。ところが、アリスターが迷宮の恩恵もあって発展して都市にする為に規模を拡大させようとすると住宅地として適していない土地まで開拓する必要があった。
そんな事をするぐらいなら、ということで都市という巨大な街を造るのに適した場所に新しく造られた。
それが現在のアリスター。
「まあ、ここは辺境だからな。危険な魔物が生息している森なんてそこら中にあるし、草原に見えても少し隆起していて土地を均すだけでも手間が掛かる。村程度の規模なら問題ないんだろうけど、都市規模の場所を確保しようとなるとあそこぐらいにしか土地がなかったらしい」
『なるほど』
後は奥へ行き過ぎてしまっても貿易の観点から考えてマズい。
そういう訳で今の位置が適していた。
『……辛い』
無言で作業をしているとイリスの声が届く。
「言うな。俺だって炎天下の作業で辛い」
冬だというのに太陽が燦々と輝いているせいで暑かった。
いや、吹雪いている状況よりは断然作業がし易いのだが、それでも大変な作業であることには変わりない。
『これで実はできない、とか言われたら凹むんだけど』
『それは大丈夫だよ』
イリスの懸案を迷宮核はキッパリと否定する。
『今やっている作業は経路を繋ぐ作業。今のところ魔力は順調に流れているから供給されないなんていう事態にもならない』
「ただ無茶苦茶面倒なだけだな」
『そして、繋いだ先でやろうとしていることも迷宮に最初から備わっている機能の一つだし、君たちは既に帝都で実感しているからなんとなく分かるだろう?』
グレンヴァルガ帝国の帝都。
そこは迷宮を中心に発展した大都市。魔物から守る為の結界が都市全体に及んでおり、その結界を維持しているのは迷宮から供給される魔力だ。その事実は帝都の住民にも公表され、食糧や素材が得られる以外の恩恵があることに感謝を捧げている。
だが、公表していない事実もある。
結界維持の為に魔力が流される過程で、帝都は迷宮の拠点領域となる。
拠点内で行われた全ては迷宮に筒抜けとなっている。そして、その事実は迷宮主なら簡単に確認することができるようになっている。
そのおかげで皇帝となる予定だったリオは事前に不穏な計画を察知したり、特定の物を探したりすることができた。
それをアリスターでも行う。
そうすれば都市内にいる探したい人物を見つけるのも簡単だ。
「ただし、今回限りの処置だぞ」
経路も迷宮近くで切断して放置するつもりだ。
時間が経てば放置された部分も自然と消滅する。
『勿体なくない?』
これだけの手間を掛けているのだから使い捨てにするのは勿体ないと言っている。
ただし、今後も維持し続けるということは魔力をずっと消費し続けるということを意味していた。
「帝都は迷宮を中心に発展した都市だ。迷宮に入る冒険者はアリスターよりも多い。だから魔力にも余裕がある。だけど、アリスターは違う」
アリスターは迷宮を頼って発展した都市だ。
迷宮を利用する冒険者はかなりの数がいるが、帝都ほどの利用者ではない。
「ウチには帝都みたいに支配領域を拡大する余裕はない」
現にこんな面倒な手段を採っている。
当初から備わっていた機能としては、拠点である迷宮を中心に支配できる拠点領域を広げる為の機能だ。
だが、アリスターで迷宮を中心に拠点領域を広げてしまうと必ず魔力が足りなくなって破綻する。
だから都市内の拠点を中心に拠点領域が広がるように手間を掛けている。
都市内の拠点――俺の購入した屋敷だ。
拠点と認識している場所に魔力の集積装置でもある迷宮核の代わりとなる偽核を置くことで都市全体にまで広げた拠点領域を維持できるだけの魔力を供給することができるようになる。
拠点領域は、当然のように拠点を中心に広がって行く。
屋敷は東側にあるものの中心寄りだったので拠点として広げていくのにちょうどよかった。
屋敷を中心に迷宮から供給された魔力で都市全体を覆う。
それによって一時的にでもアリスターの全てを管理下に置く。
それが、情報の少ない相手を見つける為に考えた方法だった。
『……面倒臭い』
唯一の誤算が経路を繋げる退屈さ。
イリスの協力は絶対に必要不可欠だったので協力してもらっているが、こんな面倒な作業に女性陣……特に今のアイラを手伝わせる訳にはいかないので屋敷で待機してもらっている。
協力してくれているイリスには本当に申し訳ない。
「我慢しろ。この調子なら今日の夕方前には終わりそうなんだから」
遠くにイリスの姿が小さく見える。
だが、走ればすぐに辿り着く距離でも作業をしながらだと物凄く時間を必要としていた。