第8話 迷宮流尋問―猛獣―
迷宮流尋問方法第2弾です。
「う……」
捕らえられた盗賊の一人が目を醒ました。
「ここは……?」
周囲を見渡しても気絶する前にいた場所とは全く違う光景に自分が今どのような状況にいるのか分からなかった。
だが、近くに知り合いがいたのでとりあえず起こしてみる。
「おい!」
何度か体を揺すると気絶していた他の3人も目を醒ました。
「……ここは?」
「分からん」
最初に目を醒ました盗賊がキッパリと言う。
自分たちのいる場所の向こう側に密林が広がっているのは見える。
しかし、そこへ行くことはできない。
「さあ、楽しい尋問タイムの始まりです」
「はあ!?」
捕えられた盗賊が驚きから声を上げる。
「君たちは気絶する前にどこで何をしていのか覚えているかな?」
「たしかアジトが襲撃されて逃げ出したところで……」
「そうだ。あの女にやられて……」
あの女というのは、シルビアかイリスのどちらかだ。
その言葉を聞いて怒っているが、顔を見られている二人はこの場にはいないので襲われるような心配はない。
「そう。君たちは二人の女性の手によって気絶させられて檻の中に閉じ込められたことになっている」
盗賊の拠点の出口を塞いでいたシルビアとイリスだったが、彼女たちには逃げた盗賊を最低でも二人ずつは捕らえるようにお願いしておいた。
結果、4人の盗賊を捕らえることに成功した。
捕らえられた盗賊は迷宮の地下45階にある密林フィールドへ設置された檻の中に閉じ込められていた。
今回の尋問がいつもの墓地フィールドではなく密林フィールドなのは単純に毎回アンデッドに襲わせるばかりでは芸がないと思ってしまったので趣向を変えてみただけだ。
「俺たちを捕えてどうするつもりだ?」
「もちろん聞きたい事があるから捕らえただけだ」
4人を連れて行くことはルーティさんから許可を貰っている。
最初から盗賊の生死を問わない依頼だったので、捕らえた盗賊をどうしようと構わない。
「俺の知りたい事に対して必要な情報を渡せたなら『ここ』から安全な場所まで連れて行ってやる」
「ハッ、こんな場所が何だって言うんだ」
盗賊として生きて来た彼らにとって檻から抜け出すことも密林から生還することなど簡単なのだろう。
……それも、ここが普通の密林ならの話だ。
「俺が知りたいのは『誰が』『どうして』グリーソン一家の後継者なんて名乗っていたのかっていうことだ」
「悪いが、協力者を裏切るような真似はできない」
盗賊団の中でも下っ端ぽかった奴らだったが、それなりに意地はあるみたいだ。
「じゃあ頼む」
檻から離れる。
――グラグラグラ。
「ひっ!」
檻が揺らされて盗賊たちが怯えた声を上げていた。
檻が揺れている理由にはすぐ気付いた。何かが檻に寄り掛かっている。檻の中にいる盗賊たちに見えているのは毛むくじゃらな自分たち以上の巨体。
「あ、言い忘れていたけど、その檻は君たちを閉じ込めておく為に用意した物じゃない。君たちを守る為に用意した物だ」
何から?
そんな事は、檻に寄り掛かっていた生物が檻から下りて目が合わさった瞬間に理解しただろう。
虎型の魔物が檻の前にいた。
「スミロドン。この中層で最強クラスの魔物だ」
スミロドン――剣のように鋭い牙を左右に持つ虎型の魔物で喰らい付くとそのまま牙を使って絶命させる非常に凶暴な魔物。スミロドンに勝てないせいでベテラン冒険者でも45階よりも先へ進むことができずにいるほど強い。
久し振りに見る新鮮な肉にサーベルタイガーの口から涎が垂れている。
普段はボス部屋から出られないせいで迷宮から定期的に与えられる肉しか食べられずにいる。今回は俺の要請で同行しているということで俺の近くなら自由に動き回ることができていた。
「ひっ!」
スミロドンが足で檻を突いている。
足には牙ほどではないが、鋭い爪もあり盗賊たちの力では掠っただけでも致命傷になる。
「た、たかが虎の魔物が何だって言うんだ」
「虎以外にもいるぞ」
ガサガサと離れた場所にある草が揺れる。
俺が出て来るよう指示を出すとスミロドンがいて怖いにも関わらず巨大な熊やら5メートル以上ありそうな蛇、熊にも引けを取らないほど大きな猿など様々な魔物が姿を現す。
どれもこれも盗賊たちを瞬殺できるだけの力がある。
「状況は分かったかな?」
ガタガタ体を震わせるばかりで反応を示さない。
「俺は理由があって魔物に襲われることがない――これから檻を解放する」
「な!?」
「俺の質問に対して素直に答えてくれるなら檻ごと安全な場所まで運んであげてもいいけど、どうする?」
檻の中にいる盗賊たちが顔を見合わせる。
これまで自分たちが相対して来た獣や魔物とはレベルが違う。どう考えても檻の中から出て生き残れるはずがなかった。
改めて檻が自分たちの身を守ってくれているのだと理解した。
「分かった。素直に言う」
近くにいる魔物に指示を出して下がらせる。
その光景を見て俺が魔物に指示を下せられると理解したみたいだ。
代表して盗賊の一人が説明する。
「あいつらが俺たちの前に初めて姿を現したのは去年の春頃だ」
「あいつらっていうのは?」
「一人は白髪の40代ぐらいの男。もう一人は10歳ぐらいの緑色の髪に碧眼のボウズだ」
中年男性と少年のコンビ。
「どんな奴らだ?」
「えっと……」
人相について尋ねるものの芳しくない。
盗賊団と接触する時はほとんどフードを被っていたので顔は見えていない。時折フードの影から覗くことができる髪や瞳の色を確認できただけ。相手が中年男性と少年だというのは頭領から聞いて知っていた。
「二人は盗賊として商人を襲って金を稼いでいた俺たちの所へ来ると『金を渡すから雇われないか』って言って来たんだ」
「で、雇われたと?」
「だって、金貨が大量に詰まった袋をいくつも置かれたんだぞ!」
「こんな感じの物か?」
「そうだ!」
金貨が50枚詰まった袋を収納リングから取り出して見せる。
これがいくつも用意できたとなるとかなりの財を持っていたことになる。
「どうしてグリーソン一家の後継者なんて名乗った?」
「俺たちとの交渉はほとんどオッサンがやっていたけど、オッサンが言うにはボウズはグリーソン一家をまとめていたボスの隠し子らしい。だから奪われたグリーソン一家の資産はボウズが継承するべき物だ、取り返すのに雇われて欲しいって言っていた」
「チッ、面倒な」
サルマ・グリーソンの隠し子。
グリーソン一家は非合法な手段で金を稼いでいた連中だ。時には高額な報酬と引き換えに危険な相手にも野盗の振りをして襲撃を仕掛けたり、暗殺を請け負うこともあったりしたみたいだ。
実際に暗殺を仕掛けられたので返り討ちにした。
かなりの被害が出ていたので盗賊と同じような扱いになっていた。そのため、彼らが所有していた財産は持ち主が特定でき、持ち主に返さなければいけないような物を除いて全ては討伐した者の物になっている。
継承される物など何もない。
「そいつらはどこにいる?」
討伐した盗賊の中に該当するような人物はいなかった。
「俺が知っているのは、辺境まで逃げて来た後で戦力を集める為に近くの街へ行って来るっていう話だけだ」
「アリスターか」
普通の父子のようにしか見えない二人。
門番も特に気にすることなく通してしまった可能性が高い。
アリスターに潜伏して何を企んでいるのか分からないが、頼りにしていた戦力である盗賊団が機能しなくなったと知ったらどんな行動に出るのか分からない。
「俺たちが知っているのはここまでだ」
他の盗賊も頷いている。
有益そうな情報は他になさそうだ。
「分かった。解放するが、ここであった事は絶対に誰にも言うなよ」
「ああ、絶対に言わな……あれ?」
意識を失ってバタバタと倒れて行く。
【迷宮魔法:睡眠】。解放はしてあげるつもりだが、ここがどこなのかなど情報を探られても面倒なので眠らせた状態で適当な場所に放り出すことにする。
ついでに呪いも施して約束を完璧な物にする。
「よし、こいつらを盗賊団のアジトがあった近くにでも放り出すことにするぞ」
冬の寒空の下で放置すれば凍死する可能性があったが、相手が盗賊なのでそこまで気を遣ってやる必要を感じない。
「いいのですか?」
「なにが?」
「後顧の憂いを断つためにもサクッと処分してしまった方が……」
「俺は『情報を提供すれば安全な場所へ解放する』って約束したからな」
脅したとはいえ、せめて約束だけは守りたかった。
こんな事に意味なんてないのかもしれないが、約束を破るような大人にはなりたくなかった。
「俺も思いがけず父親になることになったからな。子供にとって恥ずかしくない大人であるなら相手が誰であれ約束は守りたい。ダメか?」
俺の想いを聞いてメリッサは笑っていた。
「いいえ、それが主の決めた事なら眷属は尊重するだけです」