第7話 盗賊拠点逃走
ギーシュの仲間の一人が弓を構えて矢を射る。
射られた矢は真っ直ぐに飛んで見張りに立っていた男の一人の首に突き刺さる。
「う……」
突然の攻撃に呻き声を上げるだけで精一杯の男はそれだけで倒れてしまう。
「てき……!」
もう一人の見張りが敵襲を継げようとするが、身を低くして一気に駆け抜けて来た男に喉を斬られて声を上げることもできずに息絶えた。
あっという間に二人の見張りが無力化されていた。
襲撃を自分から仕掛けられるだけの実力はあるみたいだ。
「やっぱ俺たち最強」
倒れた見張りの死体に近付くとギーシュが蹴り飛ばしていた。
いくら盗賊の死体が相手だったとしても普通の冒険者はあんな風には扱わない。
「こんな雑魚、魔物よりも弱いぜ」
「同感だ。俺たちCランクの魔物だって倒しているからな。そいつらに比べれば本当に雑魚だぜ」
「人間なんて魔物よりも弱いんだからな」
盗賊の二人を倒せたことで陽気に笑い出すギーシュの仲間たち。
その場所が洞窟の前で中に声が響き易いということをすっかり忘れている。
「よし、さっさと盗賊共を仕留めるぞ」
「そして、俺たちが報酬を独り占めだ」
ギーシュが仲間7人を連れて洞窟の中へ入って行く。
その様子を俺たちは離れた場所から見させてもらった。
「これが現状です」
「あの人たちは……」
明らかな命令違反にルーティさんが頭を抱えている。
俺の傍にはルーティさんとロゼッタの二人がいた。ギーシュが襲撃を仕掛けようとしていることが分かった瞬間に二人から了承を貰って俺が抱えてここまで運ばせてもらった。
おかげで見張りに奇襲を仕掛ける瞬間に間に合った。
「目が回ります」
少々荒っぽい動きになってしまったせいでロゼッタは目を回していた。
対して平然としているルーティさんからギーシュがどのような人物なのか聞く。今回の依頼だけの付き合いだから問題ないかと放置していたが、あからさまな命令違反をされてしまうと困る。
「彼らは最近アリスターへ来た冒険者なのですが、辺境に出る強い魔物に対しても自分たちの実力が通用すると知って少し調子に乗っているようだったので魔物相手で上手く行っていたとしても人間を相手にした場合には上手く行かない事もあるということを知って欲しかったんです」
だが、結果的に暴走を招いてしまった。
俺たちだから最悪の事態を免れることはできたが、ただのベテラン冒険者だと手遅れになっていた可能性がある。
「クソッ……逃げられちまった!」
憤った様子のギーシュが洞窟から出て来る。
少しすると仲間たちも洞窟の中からゾロゾロと姿を現す。
「ダメだアニキ。洞窟の中は迷路みたいになっていた」
仲間の一人が洞窟内について報告する。
こちらでも確認しているが、洞窟の方は道がいくつも分かれていて入り組んでいるので正しい道順さえ把握していれば迷うことはなさそうだが、初めて入った人間が迷わずに出られるような場所ではない。
「ここいらで功績を残して次の戦争では真っ先に呼んで貰えるよう目立つ計画だったのに!」
彼らの中では自分たちの実力は軍隊を相手にすることができるぐらい強いらしい。
実力があるのにランクが低いのは戦争のような目立つ功績を残せる機会に恵まれなかったから。一方で機会に恵まれた俺たちを目の敵にしている。
「そんなところでしょう」
そういった事情をルーティさんから教えてもらう。
「そこまで言うなら実力を見せてもらいましょうか」
見事に対応することができたなら今回の抜け駆けは不問にする。
「作戦B開始」
『了解』
シルビアとイリスから念話が届く。
「な、何をするつもりですか?」
目を回していたロゼッタが復活する。
「簡単ですよ。穴の奥に逃げ込んだ鼠を炙り出すんですよ」
教えて貰ってもロゼッタはキョトンとしている。
「結局、倒すことができたのは4人だけか」
2人の盗賊が時間を稼いでいる間に残りの盗賊に逃げられてしまったみたいだ。
そういう可能性を潰す為に全員で他の入口がないか確認したうえで殲滅させようという作戦だったのにギーシュたちのせいで無駄になってしまった。
「仕方ない。こいつらの死体を片付けて俺たちがアジトを見つけた時にはもぬけの殻だったっていう事にする……」
『ぎゃあああぁぁぁぁぁ!』
証拠隠滅を図ろうとしている最中に洞窟の奥から悲鳴が響き渡る。
男の悲鳴――盗賊のものだという事は悲鳴が聞こえた全員に推測ができた。
「なんだ?」
8人の冒険者全員が洞窟の奥を覗き込む。
するとドタバタという慌てた足音も聞こえて来る。
「なっ!?」
暗い洞窟の奥から慌てた様子の盗賊が姿を現す。
ギーシュたちも慌てて自分の武器を取り出す。
「頭、出入口にさっきの冒険者連中がいます!」
「構う事はねぇ! 後ろにいる化け物みたいな女を相手にするよりは、こいつらの方が弱ぇ!」
盗賊の頭領だと思われる男は相手の実力が計れるみたいでギーシュたちの方が与し易いと判断した。
実際、その判断は間違っていない。
盗賊の頭領が背負っていた斧を持つ。
「おい!」
「はい」
ギーシュに言われた男が矢を放つ。
だが、放たれた矢は頭領の体に浅く刺さっただけで抜け落ちてしまう。
「え……?」
「ふんっ!」
全く歩みを止めなかった頭領は先頭で剣を構えているだけだった冒険者の体を斧で吹き飛ばしてしまう。
洞窟の壁に叩き付けられた冒険者は地面に崩れ落ちてそのままピクリとも動かなくなる。
「ここが正念場だ。一気に駆け抜けるぞ」
「おう!」
死力を振り絞った盗賊たちが出入り口に殺到する。
「くっ……! 相手は俺たちよりも弱い盗賊だ。こっちに来てくれたなら一気に殲滅するぞ」
「お、おう」
自分の実力にはそれなりに自信のあるギーシュたちだったが、盗賊たちの放っている気迫に押されている。
盗賊たちは死に物狂いで襲い掛かって来る。
「ク、クソッ……なんなんだよ、この強さは!?」
7人の冒険者が協力しながら5人の盗賊を倒したところで冒険者側にも犠牲者が一人出た。
彼らは盗賊たちが死に物狂いで襲い掛かって来る理由を知らない。
そして、死に物狂いで襲い掛かって来る相手が想定以上の力を発揮してしまうのも知らない。
二人の犠牲を出したところでようやく冒険者側も死に物狂いで戦い始める。
「……何をしました?」
冒険者と盗賊が死に物狂いで戦っている様子を見ながらルーティさんが尋ねて来た。
ちなみにロゼッタは血を見慣れていないのか体がフラフラしていた。
「簡単ですよ。洞窟の奥にある二つの出入口にシルビアとイリスを配置していただけです」
事前にギーシュたちが見つけた洞窟の出入口を発見していた俺。
当然のことながら周囲に他の出入口がないか確認している。その結果、見え難い場所に小さな出入口があった。そっちは小さいこともあって洞窟だと分からないようカモフラージュがされているだけで見張りは立っていなかったので別の出入口へ向かったと分かった瞬間にそれぞれに配置していたシルビアとイリスに突入させていた。
後は逃げ出して来た盗賊の何人かを処理するだけ。
二人が塞いでいる出入口からは絶対に逃げられないと察した盗賊はギーシュたちのいる出入口の方から全力で逃げるしかなくなる。
「ありゃ、もう少し頑張って欲しかったんだけどな」
半数の犠牲者を出してしまったところで盗賊の包囲網に穴ができてしまった。
そこから盗賊が次々と逃げ出して行く。
「クソッ……」
ギーシュが地面に拳を打ち付ける。
依頼は完全に失敗。
盗賊は半数以上を討伐することには成功したものの、半数近くには逃げられてしまった。おまけに自分たちの方にも半数の犠牲が出てしまった。
これ以上の恥はない。
このまま終わらせてしまうと俺たちまで依頼失敗となってしまうので、手は打ってある。
疲れた様子で座り込んでいるギーシュに近付く。
「全員、捕らえてきました」
「ご苦労様」
合流したのはメリッサ。
メリッサの後ろには逃げ出したはずの盗賊たちが魔法で作り出された光の輪で拘束され宙に浮かされた状態で全員いた。
「は?」
近付く俺の気配を察知して顔を上げたギーシュがその光景を見て驚いている。
同時に全てを察した。
「お前ら、自分が何をしたのか分かっているよな」
「ち、違う……! こいつらがいきなり出て来たんだ」
「言い訳をしても無駄だ。こっちは最初から全部を見ていたんだよ」
「私が証人になります」
冒険者ギルドの職員であるルーティさんの言葉が決定的となった。
「あなたたちには依頼内容の違反。それに依頼失敗の件も含めて罰せられることになります。詳しい罰については後ほどギルドマスターと協議した後となりますが、マルス君たちがいなかったら盗賊の半数近くには逃げられていたので罰は重くなると覚悟していて下さい」
「あ、ああ……」
半分に減ってしまった仲間を見ているギーシュには反論する力は残っていなかった。