第6話 盗賊拠点探索
「まず、今回の依頼はアリスターの北側に潜伏している盗賊の拠点を探索することになります」
既にいくつかの情報から北側に潜伏していることは分かっている。
元々はずっと北側の方で活動していた盗賊団らしく、最近になって北へ向かっている街道を利用していた商人が襲われる事件があった。
街道は整備されているものの少しでも街道から逸れてしまうと整備されていないこともあって雪がたくさん積もっているので今の時期は馬車での移動は不可能となっている。
「襲われた馬車は捨てられていましたが、中に積み込まれていた食糧などの荷物は全て持ち去られていたとのことです」
その時に雪の上につけられた足跡が北西へと続いていたらしい。
ギルドは足跡から盗賊団の拠点を北側に絞り込んだ。
「みなさんにお願いしたいのは北側にあると思われる盗賊団の拠点を探してもらうことです。その際にたとえ見つけても自分たちだけで襲撃するようなことは絶対にしないでください」
探索はパーティ単位で行われる。
他の冒険者には知られたくない技能だってあるはずだし、即席で組んだパーティの連携ほど頼りないものはない。
実際、俺たちは他のパーティと組んだ場合には力を発揮することができない。
「拠点を見つけたらここへ戻って来て下さい。その後、取り逃がしなどが絶対にないよう全員で襲撃を掛けます」
盗賊団に負けるようなことはなかったとしても拠点なのだから地の利は向こうにあるはずなので逃げられる可能性は高い。
事前にそういった可能性を潰しておく必要は当然だ。
「みなさんには通信用の魔法道具を渡しておきます」
ルーティさんが取り出したのは掌に収まる程度の小さな球体。
それぞれのパーティリーダーに渡し、ルーティさんの手元には同じ形をした少しだけ大きな物がある。
「これは私が持った親機に魔力を流すとみなさんに渡した子機が光るようになっています」
試しに魔力を流して子機が光る様子を見せる。
「盗賊の拠点を見つけて私に報告がありましたらこの魔法道具を使ってみなさんにお知らせします。合図がありましたら一度こちらへ戻って来て下さい。その後、見つけた方の案内で拠点を一気に制圧します。質問はありませんか?」
「拠点を見つけた奴は報酬が高くなったりするのか?」
「はい。依頼への貢献度によって報酬額も変動するようになっております」
「だったらやる気も出るってもんよ」
全員の報酬が一緒だったら得意な奴に任せるだけでいい。
他には質問がないのか全員が散って行く。
ルーティさんとロゼッタはこの場で待機している必要があるので火の準備を始めていた。
「この寒い中でも待機しておかないといけないなんて大変ですね」
「仕方ないです。これが仕事ですから」
「私は新人なので勉強も兼ねて先輩たちから押し付けられてしまいましたが、ルーティ先輩は来年辺りには幹部になる予定なので、受付以外の仕事を積極的に経験するように言われているんです」
「そうなんですよね。退職しないと幹部になるのは決定事項なんですよね……」
「やばっ!」
ロゼッタが気付いたみたいだが既に遅い。
ルーティさんの中では寿退職をしなければ幹部にさせられるのは確定だという図式が成立してしまっている。
これを今から否定するのは難しい。
もう、見ていられない。
『3人とも、頼む』
『わたしたち、こういう事の為に呼ばれた訳じゃないんですけど』
念話で話題を変えるよう3人に頼む。
「まずは今日の仕事を片付けることにしましょう」
「そうそう。とりあえず私たちの方で暖の準備をするわね」
イリスの手でテキパキと火が用意される。
その間にシルビアが収納リングから6人が座れる大きなテーブルを用意し温かい紅茶を置いていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
落ち着きを取り戻したルーティさんが紅茶を飲む。
俺たちものんびりとさせてもらう。
女性5人の間でのんびりとした会話が繰り広げられているのを寛ぎながら見させてもらう。
「……って、何をのんびりとしているんですか!?」
ルーティさんが気付いてイスから立ち上がっていた。
「マルス君たちも早く盗賊の探索に向かって下さい」
「あ……!」
言われてロゼッタもようやく気付いた。
依頼を引き受けた冒険者である俺たちも真っ先に探索へ向かっていなければならない。決して待機していなければならない受付嬢と一緒に紅茶を飲んでのんびりとしていい人物ではない。
だが、言われても俺は余裕な態度を崩さない。
「今回の依頼って引き受けた人たちに経験を積ませる意味もありますよね」
「ええ……こういう探索系の依頼の経験が少ない人を中心に集めました。万が一の事があった時に備えて声を掛けたのがマルス君です。だから、マルス君には一刻も早く盗賊の拠点を見つけて欲しいのです」
そうして俺たちが見つけた拠点は監視だけに留めておいて他の4組が見つけるのを待つ。
拠点を探していることに勘付かれて逃げられそうになった場合には俺たちの判断で取り押さえてしまえばいい。
「だったら依頼は既に完了ですね」
「え……?」
俺の言っている意味が分からず首を傾げているロゼッタ。
ルーティさんは俺が何をしたのか理解したのか額を手で押さえていた。
眷属の3人については最初から俺が片付ける旨を伝えている。
「もう、見つけたんですか?」
「はい」
左目を閉じて空から盗賊の拠点を監視している鷲と視界を共有する。
探索時には重宝している迷宮の魔物であるサファイアイーグル。一応、他に依頼を受けている冒険者に気を遣って彼らが走り出してから盗賊を探すよう鷲に伝えたが、少し前には見つけていた。
最初から使い魔を使って見つけることを伝えていたのでシルビアたちものんびりとした対応だった。
「あなたは……」
「ここから北北西へ3キロほど進んだ場所にある山の中腹に比較的広い洞窟があります。そこが盗賊の拠点みたいで洞窟の入口前には二人の男が見張りで立っています」
「見つかったらどうするつもりだったんですか?」
「大丈夫でしたよ」
俺だってその可能性を危惧したうえで指示を出していた。
まず、人間が気にしない遠くから人がいないか確認させ、人を見つけると一気に高度を上げさせる。盗賊の見張りも地上を歩いて近付いて来る相手にばかり気を取られていて空へ意識を向ける様子はなかった。今は洞窟の入口が見える場所にある木に止まって監視している。
盗賊たちもサファイアイーグルに見られていることには気付いているが、相手が鷲だということで全く気にしていない。
「凄い……こんなに簡単に依頼を終えられるなんて……」
ロゼッタが羨望に満ちた瞳を向けて来る。
「それにそろそろ終わりそう」
イリスには別の鷲と意識を共有させて走り去って行った冒険者たちを見守ってもらっていた。
先に来ていた二組は偶然同じ依頼を受けただけの間柄だったのか別行動をしており、盗賊の拠点がある場所は全く違う方向へと向かっていた。
逆に後からの二組は知り合いだったらしく一緒に行動しており、既に斥候役と思われる人物が足跡などの手掛かりをいくつか発見していた。
「じゃあ、そいつらがアジトを見つけるのを待っているか」
お菓子を取り出してまったりモードへと突入する。
「盗賊の拠点を探す依頼だと聞いていたので待っている間も緊張するのかと思ったら全然そんな事ないですね」
「これは彼らがいるからなんだから他の冒険者にも同じような態度で接したらダメよ」
「は~い」
ロゼッタの教育上はよろしくないかもしれない、と思いつつもこちらがのんびりとしているのに目の前にいる人物が緊張したままというのも落ち着かない。
なので自分たちが監視していることを教えることにした。
「お、見つけたな」
斥候役が遠くから見張りの二人を確認したのが見えた。
そこからさらに離れた場所にいる仲間に合図を送っている。
後は、彼らが戻って来るのを待つだけ……
「あいつら……」
「呆れるしかありませんね」
「同感です」
「依頼の内容に反するとか冒険者としてどうかと思う」
彼らの取った行動に思わず呆れてしまった。
「えっと、何があったんですか?」
一方、俺たちの反応を見ているだけのロゼッタには何があったのか分からない。
しかし、ルーティさんにはある程度の予想ができていたらしい。
「暴走しましたか」
「はい」
本来の予定では拠点を見つけたら戻って来るよう言われていたにも関わらず拠点を見つけた彼らは武器を抜いて慎重に洞窟へ近付こうとしている。
このまま襲撃を仕掛けるつもりだろう。
功績によって報酬が変動するとルーティさんが言っていたので拠点を見つけた報酬だけでは飽き足らず襲撃も自分たちだけで行うことで報酬を自分たちだけで独占するつもりなのだろう。
だが、このままでは絶対にダメだ。
「そこそこ実力はあるんだろうけど、考えが足りない」
唯一だと思っている出入口へ攻め入ろうとしているが、出口は他に二つもあるので確実に逃げられる。