第4話 妊娠報告
「えっと、何があったのか説明してくれるか?」
いきなりアイラの体を鎖で拘束してしまった3人。
アイラも抵抗する素振りが全くなかった。どうやら拘束される理由がある、という自覚はあるらしい。
3人の突然の行動にアリアンナさんの怒りもどこかへ消えていた。
真っ先に何かに気付いたメリッサに尋ねる。
「まずは勘違いから訂正することにしましょう」
勘違い。
「アリアンナさんの子供が兄さんとの子供じゃないっていう事か?」
「違います。この子はたしかにカラリスさんとの子供です!」
「はい。私たちもアリアンナさんがどのような人なのか知っているのでお義兄様との子供であることは疑っていません」
「じゃあ、どういう意味なんだよ」
俺には全く分からない。
「先ほどアイラさんは何と言いましたか?」
「え、アリアンナさんが妊娠している子供は母さんの孫じゃないって」
「正しくは、お義母様の『初』孫ではない、です」
態々『初』を強調するメリッサ。
俺にもメリッサの言いたい事がようやく分かった。
動揺から汗が流れ出て来るのを止められそうにない。汗を拭った腕を見てみると鳥肌ができていた。
まさか、という想いで一杯だ。
「アリアンナさん確認させて下さい」
「はい」
「現在の状態と子供が生まれて来る予定日はいつ頃ですか?」
「今は2カ月目なので、子供が生まれてくるのは秋になった頃になる予定です」
医者に見せた後なら大きくずれるような事もないだろう。
さすがに具体的な日付までは分からない。
「では――」
メリッサの視線がアイラにも向けられる。
アイラは彼女らしくなくメリッサの圧力に耐えられずに視線を逸らしている。
「アイラさんにも同じ質問します」
「……4カ月目。医者が言うには夏には生まれるだろうって」
やっぱり……
『はい。妊娠おめでとう』
「止めて! 言葉にしないで!」
全く予想していなかった言葉だっただけに受け止め切れない。
この状況を楽しんで笑っている迷宮核の笑い声が憎い。
間違いなく父親は俺だ。
「つまり、先ほどのアイラさんの言葉は『初孫はアイラさんが妊娠したマルスさんとの間にできた子供で、アリアンナさんが妊娠したお義兄さんとの間にできた子供は二人目の孫』という意味なのです」
アイラの出産予定日が夏。
アリアンナさんの出産予定日が秋。
間違いなく俺の子供の方が先に生まれて来るだろう。
「ちょっと待て! 4カ月目!? 全然そんな風に見えないぞ」
少なくとも妊娠しているようには見えない。
「そりゃそうよ。ガッツリ減量しているからね」
「自慢しない」
ダイエットしているとドヤ顔で言っているアイラの頭を隣に立ったシルビアが叩いた。
妊娠している状態でそんな事をしないで欲しい。
「あたしも妊娠しているなんて気付かなかったの。そりゃあ、時々気分が悪くなることはあったけど全部気合で捻じ伏せていたし、体重の増加もあんたの作る料理が美味しいせいで色々と食べ過ぎたせいだと思っていたの」
「それで、今まで気付かなかったのか!?」
「実は、『もしかしたら……』って思って5日前には医者に診せて妊娠していることは教えてもらったんだけど、念の為に今日もう1度医者に診せに行ったら間違いなく妊娠しているって伝えられた」
全く気付かなかった。
屋敷でゴロゴロしていたせいで仲間のちょっとした変化にも気付けなかった。
「俺の方こそ申し訳ない。体調不良とか兆候はあったはずなのに全く気付かなかった」
非常に危ない状態だった。
妊娠4カ月目ということは、アイラは妊娠しているにも関わらず帝都で化け物に変身した怪盗と戦い、アンデッドの大群と戦っている。しかも、帝都のスラムでは爆発に晒してしまっている。
万が一の事が起こっていたかもしれない。
そうなった時には悔やんでも悔み切れない。
「で、さっき言っていたルール違反っていうのは?」
「あ……!」
今度は眷属全員が俺から視線を逸らした。
まだ、何か俺に黙っていた事があるな。
「この際ですから教えてしまうことにしましょう」
観念したメリッサが収納リングからある薬を取り出す。
「それは……」
以前に1度だけ見たことのある薬――妊娠促進薬。
それをシルビアたちも同じように取り出す。
一人分しかないので誰が使うのか揉めてしまうので、調合を勉強したメリッサが量産するまで使わないということになっていた。
それが既に量産されて全員の手に渡っていた。
「既に薬は完成させました。ですが、妊娠したカトレアさんを見て妊娠が大変だという事実に改めて気付かされたのです」
そこで、全員で話し合った結果、妊娠するのは誰か一人だけで順番を決めてから薬を使用する、というルールを定めていた。
今は話し合いの最中で『誰も使ってはいけない』時期だった。
「妊娠した時期や薬の使用の有無を考えればアイラさんはルールに違反した訳ではありません」
アイラが妊娠したのは薬が完成する前。
それに薬は使用せずに妊娠してしまった。現にアイラの取り出した瓶には未使用のまま薬品が入っていた。
「分かった。ルール違反とかについては問題ない」
危ないところだった。
今の段階でアイラの妊娠が発覚していなくても近い内に眷属の誰かは確実に妊娠することになっていた。
「お前も大変だな」
「ごめんなさい兄さん。俺の方が先に父親になるみたいです」
「まあ、めでたい事だからいいだろ。それよりも結婚はどうするんだ?」
俺の場合はそっちの方が問題だ。
王国の法律では一夫多妻が禁止されている訳ではないが、多くの妻を娶るのは貴族のように裕福な人だったり、商人の中でも成功したりした人たちだ。
事業の拡大に成功した祖父は家庭内では祖母に頭が上がらないので妾はいない。
冒険者で複数の女性と結婚するのは珍しい。
アイラと結婚するなら他の3人とも結婚する必要が出て来る。
「あ、結婚についてはいいわよ。別に結婚しなくてもあたしの産んだ子供が誰との子供かなんて周囲の人たちには説明しなくても分かるだろうし」
「……いいのか?」
「あんたの気持ちが固まってからで十分よ。それよりもそろそろ拘束を解いてくれない」
シルビアとイリスが鎖を解いて行く。
アイラなら無理矢理脱出することも可能だったろうが、妊娠しているのを認識した状態では体への負担を考えて無茶な行動に出るのを控えているみたいだ。
今後は同じような理由で冒険にも連れて行けない。
「いや、隠し事とかやっぱりあたしには向かないわ」
言ったことでスッキリしたのか晴れ晴れとした笑顔だった。
「どうして黙っていたんだ?」
「ルール違反した訳じゃないけど3人に申し訳ないのと産むのを反対されるんじゃないかって怖かったのよ」
妊娠すれば一緒に行動するのは難しくなる。
一応は、俺の護衛役でもあるアイラが一緒に行動できないのは問題だ。
だから反対されるかもしれないと思った。
「いいのよアイラ」
「お義母さん」
「マルスがどれだけ反対しようとも私が生まれて来る孫を祝福します。だから安心して産みなさい」
「でも……」
「あなたは私たちの事を本当の家族のように想っていてくれた。けれど、どこかで亡くなった家族の事を想って自分と血の繋がった家族を欲していたのも事実。ようやく念願叶って自分の子供を抱けるのだから安心して産みなさい」
「……ありがとう、ございます」
アイラが母に抱き着く。
子供のように泣きじゃくる姿を見ていると何も言えなくなる。
「皆もいいか?」
「……はい」
「生まれて来る命に罪はありません。私たちも祝福することにしましょう」
「アイラの子供ってことは私たちの全員の子供として育てようって事前に話して決めてあるから問題ない」
「みんな……」
仲間からの祝福する声を聞いて近くにいたイリスに抱き着いている。
涙で服が濡れるのを気にせずアイラの背中を撫でで落ち着かせている。
しばらくアイラにはアリアンナさんと一緒に屋敷で養生してもらうしかないな。