第3話 結婚報告
夕食はパスタにスープ、それにサラダだった。
シルビアとしてはお客様であるアリアンナさんを招く以上は豪勢な物を用意したかったらしいが、急な事でもあったのでパスタとスープだけを用意してアリアンナさんにサラダを頼んでいた。
「うん、美味しいですよ」
「そうでしょうか……」
サラダを食べた素直な感想を言ったつもりなのだが、アリアンナさんは納得していなかった。
アルケイン商会の使用人として働いているアリアンナさんなら料理の腕前も十分だ。
「料理に関しては自信がありました。けど、シルビアさんが調理している姿を隣で見ていると自信を失くして来ました」
「ご、ごめんなさい……!」
スキルの影響もあって常に上達しているシルビア。
眷属に代わって主が謝る。
「おまけにキッチンにあった調味料の量はなんですか?」
「私の娘がごめんなさい」
今度は母親であるオリビアさんが謝っている。
「この子ったら出掛けた先にあった珍しい物をとりあえず買って来る癖があるから色々な物が置いてあるんです。この屋敷で料理をするようになって長い私でも把握していない物がありますから」
以前に覗かせてもらったことがあるが、キッチンにある棚にはシルビアが手に入れた調味料がズラッと並べられていた。
その数は普段から利用しているオリビアさんでも把握できていないほど。最近では帝国や公国へ赴いて購入した物もある。さらに前回の依頼の報酬でさらに増えることは間違いない。もちろん自分で手に入れているシルビアは全ての調味料を把握している。
「このパスタも体験したことのない味です」
ピリッとした辛味の中に芳醇な香りが混じっている。
シルビアの料理は基本的に俺好みの味に調整された物ばかりなのでアリアンナさんは兄好みの味に仕上げてくれれば問題ないと思う。
「それで、話があるということでしたが」
「もう分かっていると思うが――アリアンナと結婚することになった」
「おめでとうございます」
兄も今年で21歳になった。
付き合っていることも周囲に知られてしまっているので、そろそろ結婚してもおかしくない状況だ。
「向こうの両親へは?」
「今日の午後にデートの後で報告して来た」
兄が照れながら報告してくれる。
貴族でもないので結婚式を上げたりしない。平民は、お互いの身内や勤務先に結婚する旨を報告して祝福してもらい、役所に届けを出すだけで終わりだ。
「母さんはどうですか?」
兄の身内ともなれば父が亡くなっているので母に確認する必要がある。
「私は反対しないわよ」
以前から母は二人の交際を認めていた。
滅多な事でもなければ反対しないだろうとは分かっていた。
「ありがとうございます」
「よかったですね」
隣に座ったシルビアがアリアンナさんの手を取って自分の事のように喜んでいる。
「ただ、今後の新居はどうするの?」
結婚するとなると二人で新生活を始めることになる。
そうなると今はこの屋敷にある部屋で生活している兄は出て行かなくてならない。
「そこで、相談があるんだけど、この屋敷で夫婦一緒に暮らさせてもらえないだろうか?」
俺への相談はアリアンナさんも一緒に住むことへの許可か。
この屋敷の購入資金は全て俺が出しているので、俺が家主ということになっている。
「許可するのは構わないんですけど二人だけで新生活を始めなくて大丈夫なんですか?」
具体的には夜の生活だ。
他にも同居人がいる状況ともなれば遠慮せざるを得ない。
もっとも頼まれれば防音だけでなく防振に至るまで部屋を頑丈にするぐらいは既に俺の部屋を改造しているので問題ない。大人組には聞かれても問題なかったのだが、さすがに妹たちに聞かれるのは問題だったので改造させてもらった。
「それなら問題ない」
食卓ではクリスとリアーナちゃんも報告を聞いている。
具体的な部分を濁して教えてくれる。
「実は、報告というのがもう一つあって……アリアンナが妊娠しているんだ」
へぇ……
「え!?」
最初は聞き流しそうになってしまったが、思わず聞き返してしまった。
兄は頷いている。
アリアンナさんの体を見てみるが、それらしい様子は見られない。
「まだ初期段階だから目立った兆候がないだけだ」
それでも医者に診てもらったので間違いはないということだ。
「よかったですね」
「はい。ありがとうございます」
シルビアが羨ましそうにアリアンナさんのお腹を見ている。
カトレアさんを前にした時もそうだったけど、彼女には願望があるみたいなので俺も考えさせられる。
「おめでとうございます」
「家族が増えるの? やった!」
クリスは純粋に祝福し、リアーナちゃんは家族が増えることを喜んでいる。
リアーナちゃんとは血の繋がりがないが、メリッサの妹であるメリルちゃんも含めて3人は姉妹のような存在になっている。リアーナちゃんにとっても甥か姪……弟か妹が生まれることになる。
「アリアンナは仕事を辞めて育児に専念するって言っている。俺は騎士として家を空ける時間が多くなるから妊娠している女性を一人だけ家に置いておくことが心配なんだ。けど、この屋敷にいれば少なくともオリビアさんはいるはずだろ」
既に二人の子供を育てたオリビアさんなら頼りになる。
「はい。任せて下さい」
彼女も頼られている事に納得している。
「それにこの屋敷なら警備も万全だ」
門番には強力なゴーレムがいる。
兄には詳細を伏せているが、迷宮の機能を利用しているので警備という意味では貴族の屋敷よりも厳重な警備が施されている。それに何かあれば迷宮核が俺に知らせるようになっている。
「はい。アリアンナさんも護衛対象に含めておきますね」
「お願いします」
アリアンナさんが頭を下げて来る。
念話でゴーレムに彼女の姿を伝えて守るよう伝える。
これで彼女も屋敷を自由に出入りすることができる。
「ありがとう」
「これぐらいはいいですよ。それよりも二人で住むには今の部屋は狭いですね」
もっと部屋を大きくした方がいいだろう。
来年には3人で過ごすことになることを考えると二つの部屋を繋いで大きな部屋を用意した方がいいかもしれない。
「私にもようやく初孫が生まれるのね」
初孫ができたことに母が涙を流している。
その言葉を受けてアリアンナさんが照れている。
嫁と姑という立場になる二人だけど、仲良くやって行けそうである。
「ただし、カラリスは情けないわね」
「どうして!?」
「今回、結婚を決意したのだってアリアンナさんの妊娠が発覚したからでしょう」
「う……!」
母から指摘されて言葉に詰まっていた。
今まで付き合っていることを隠すなど煮え切らない態度を取っていた兄だったが、相手が妊娠してしまってはさすがに結婚を保留する訳にはいかないと決意したのだろう。
「アイラどうした?」
屋敷の改造計画に思いを馳せていると汗を流して動揺している姿が目に入った。
「え……?」
俺に呼ばれた動揺から持っていたスプーンを落としてしまう。
他の女性陣はアリアンナさんの結婚と妊娠を祝福している中、アイラだけは酷く動揺していた。
全員から不審な目が向けられてさらに動揺する。
『――いつまでも隠せる事でもないと思うよ』
この状況を楽しんで見ていた迷宮核から声が届く。
「おい、何を隠している」
迷宮核の声は俺と眷属にしか聞こえない。
だから俺の言葉を聞いて家族はようやくアイラが何かを隠していることに気付いた。
「そう、よね。いつまでも隠しておける事ではないし、ちょうどいい機会だから今の内に言ってしまった方がいいわね」
……なぜだろう。
すごく聞きたくなくなって来た。
「実は――アリアンナさんの子供はお義母さんの初孫ではないの」
「は?」
アリアンナさんの子供が兄との子供ではない?
そんなはずがない。兄もアリアンナさんも誠実な人なので浮気をするような人物ではない。
「な、何を言っているんですか!?」
そんな事を言われたアリアンナさんはテーブルを叩いて立ち上がる。
その表情は怒りから鋭くなっていた。
「私は浮気なんて――」
「――あ!」
アリアンナさんの言葉を遮るように何かに気付いたメリッサが声を上げた。
「シルビアさん、イリスさん。アイラさんがルール違反をしました。確保して下さい」
「――そういうこと!」
事情を察したイリスが道具箱から狂感鎖を取り出して同じように事情に気付いたシルビアと協力してアイラの体を拘束していく。拘束されるアイラにも抵抗する素振りがないので簡単に拘束されてしまった。
彼女たちの奇行を見ていた全員には事情がさっぱり分からなかった。