第26話 不死者たちの葬儀
首謀者は捕らえた。
しかし、今回の事件はそれで終わらせる訳にはいかなかった。
荒野に放置された死体。浄化されたことでアンデッドではなくなったことで動き出すようなことはなくなったが、死体であることには変わりない。そのまま放置してしまえば、いずれは腐らせてしまう。
なので、兵士による死体の回収が行われていた。
浄化はされているのだが、アンデッドとして動き回った死体は不浄な物だとされているので火葬されることになっているのだが、数が数なので全ての死体をまとめて焼いてしまおうということになった。
その際、身元確認ができるほどに死体の状態がまともな物については身内に死体を確認してもらって身に着けていた遺品などを回収してもらっている。
かなりの数だったので簡単な身元確認すら行われないかもと危惧していたが、国の方で積極的に行ってくれた。これで、俺たちも綺麗な状態で残るよう気を付けながら浄化した甲斐がある。
「兵士たちには感謝だな」
はっきり言って、そんな作業には従事したくなかったし、シルビアたちにもさせたくはなかった。
申し訳ないとは思いつつもウィンキアの中でゆっくりと過ごさせてもらった。
そうして、作業が始まってから5日目。
前日の内に全ての作業が終了したため、死体の火葬が行われることが決定した。
かなりの人数の葬儀なので、聖女の手によって葬儀が行われている。
「今回、多くの人が亡くなられました」
葬儀の参加者は近くに住んでいる人や冒険者、領地を統治している貴族なんかも参加している。
犠牲になったのは一般人だけではない、討伐の為に赴いた冒険者もいる。
人為的に発生させられた災害ということで被害は最後まで留まることを知らずに広がり続けた。
「太古からの眠りより復活した『不死者の王』。この魔物は人々を襲い続け、自らを封印した者たちの末裔である我々を皆殺しにしようとしました」
さすがに爺さんが首謀者だったなんて事実は言えない。
そこで、民衆向けの話を公王様たちの方で話し合って用意されていた。
シルビアたちが爺さんと戦った場には大勢の冒険者や兵士がいて爺さんの姿を目撃していたが、あの瘴気を操っていた老人の正体が2年前に亡くなったと思っていたアルフレッド・ノスワージだと気付く者は少なかった。
そこで、爺さんの姿を目撃した者たちには、爺さんの正体を教えずにあれこそが『不死者の王』だと説明して誤魔化していた。騎士の中には気付く者もいたが、賢い彼らは爺さんの正体について口にすれば自分がどのようなことになってしまうのか分かっているので滅多なことでは口外しない。
「ですが、多くの犠牲を出してしまいましたが、『不死者の王』は無事に討伐され、国に平穏が訪れました。ですが、犠牲になった人たちは戻って来る訳ではありません。それでも残された私たちは明日を懸命に生きなければならないのです」
聖女の声は心に――魂に響いて来る。
「犠牲となった人たちに祈りを捧げましょう」
ミシュリナさんが両手を合わせて祈りを捧げ始めた。
誰もが彼女の姿に倣い、眼を閉じて亡くなった人のことを思っていた。
と、祈りを捧げていると地面から小さな光の球のような物が溢れ出してきて空へと昇って行った。
「浄化された多くの魂が天へと還って行きました」
光の球は犠牲となった人々の魂。
聖女が祈りを捧げたことで、アンデッドとは違った意味で浄化された。
「ささやかながら宴の準備をさせていただきました。皆さま、亡くなられた方々の話に花を咲かせてください」
聖女がその場を後にすると使用人たちの手によって次々とテーブルと料理が運び込まれて行った。
地方で発生した異常事態なので犠牲者には普段は豪勢な食事にありつけない農民などが多かった。討伐作戦に参加した冒険者も余裕がある訳ではない。葬儀に参加した人の多くが食事に齧り付いていた。
同じように葬儀に参加した兵士たちは諍いが起きないか警備をする必要があるので申し訳なく思いつつ俺たちも簡単な食事を摂る。
「あ~疲れました」
溜息を吐いて肩を回しながらミシュリナさんが俺たちの方へ近付いて来る。
眉間には皺が寄っていたし、今にも倒れそうな疲れた表情からは先ほどまで神秘的な姿で祈りを捧げていた人物と同じとは思えない。
「いいんですか?」
「構いませんよ。ここは関係者以外は立ち入り禁止ですし、食事場所からは死角になっているので誰かに見咎められることもありません」
これが彼女の本来の姿なのだろう。
「私も本当ならこんな面倒な儀式なんてやりたくないんです。ですが、聖女という役目を引き継いだ以上はやらなければなりません」
「面倒な立場ですね」
「あんな演出も面倒なだけです」
最後に地面から溢れ出して来た光。
犠牲になった人々の魂だと説明されたが、実際にはミシュリナさんが魔法で作り出しただけの光に過ぎない。聖女にはそれっぽい演出も必要だということで父親から要請があって応じていた。
「ですが、本来の目的は達成されました」
アンデッドにされた人たちはまとめて埋葬されていた。
そのため『不死者の王』ということにされた爺さんの遺体が混じっていても誰も気付かない。
「幼い頃には面倒を色々とお世話になった本当に優しいお爺さんでした。それが息子や奥さんを亡くしてから本当に人が変わったようになってしまいました。せめて真実を知っている身として安らかに眠って欲しかったのです」
こっそりと正式な方法で埋葬してあげたい。
それを知っているのは公王と埋葬の手伝いをした俺たちぐらいだ。すぐに外国へ戻ってしまう俺たちなら知られても、それほど問題にはならないと判断された。
「ですが、本当に調教したアルフレッド様を解放してよかったのですか?」
何か使い道があったのではないか、ということだろう。
たしかに殺した相手を即座にアンデッドへ変えてしまうなど特殊な力を持っているので使い道がない訳ではないが、メリットよりもデメリットの方が大きいので手放すことに躊躇はしない。
「迷宮主の調教は、一般的な調教と違って調教主が調教するんじゃなくて迷宮が調教しているんです」
魔物を迷宮の管理下に置く。
その迷宮を支配しているのが迷宮主なので命令を下すことができている。
つまり、迷宮の魔物になっている。
「迷宮の魔物じゃなかったら集めて来た瘴気を魔力に換えて有意義な使い方ができたりしたんですけど、迷宮の魔物っていうのは迷宮にいても自分の一部と見做されるせいで魔力の吸収ができなくなっているんです。戦力にしても爺さんは弱いし、得られる素材も普通の冒険者からして見れば旨味が全くないから迷宮に置いておくメリットがあまりないんですよ」
それぐらいならミシュリナさんの為にきちんと埋葬してあげたかった。
報酬とはいえ、色々と貰い過ぎな気がしない訳でもないのでこれぐらいは返しておきたかった。
それに爺さん自身の想いもある。
「爺さんにとって一番嬉しいのは死後の世界で奥さんと出会う事です。可能なら生まれ変わって、新たな人生でもう一度奥さんと出会ってほしいぐらいですよ」
「ええ、私も本当に願っています」
処刑された爺さんの魂がどうなるのかなんて誰にも分からない。
生まれ変わりなんてものがあやふやに信じられているので、一縷の望みを託すように幸せになれることを祈るしかない。
「今回は本当にありがとうございました。国にいる冒険者だけでは本当にどうにもなりませんでした。皆さんと縁を繋ぐことができて本当によかったです」
「こっちは報酬を貰って仕事をしただけなので気にしなくていいですよ」
ミシュリナさんやクラウディアさんと軽く挨拶をする。
聖女である彼女たちは、これから忙しくなるのは間違いないだろうが、余所者である俺たちには頑張って欲しい、としか言えない。
それにこっちはこっちで忙しい。
「すぐに帰られるんですよね」
「今年もあと5日で終わりです。拠点に帰ったら色々とやらなければならないことがあるので帰らせてもらいます」
具体的には新年を迎える前に屋敷の掃除を終えておきたい。
どうせなら清々しい気持ちで新しい年を迎えるように、という思いで辺境には昔から伝わっている習慣だ。村の小さな家に住んでいた頃なら家族全員でやればすぐに終わったのだが、今住んでいる屋敷はあまりに広いので本格的に掃除をしようとなると家族全員で数時間取り掛からなくてはならない。
もう、本当に遠出している余裕がなかった。
「もしも、また何かがあった時には頼らせていただきます」
「今度はこっちが頼りたいんですけど」
「その場合でも構いません。またお会いしましょう」
お互いに握手してから久しぶりにアリスターへと帰る。