第25話 聖珠の報酬
「報酬だと?」
「そうです」
「事前にギルバートと話して決められていたはずだが?」
ギルバートさんからは功績に応じて金貨を貰える事になっている。次期公王が出した条件だけに公王としても無碍にする訳にはいかない。それに俺たちがいなければ国がどうなっていたのか分からないことは理解しているはずだ。
この功績というのは、おそらくアンデッドの討伐数から算出するつもりなのだろう。俺たちが駆け付けてからゴースト系のアンデッドもいたので4000体以上のアンデッドを討伐している。
それだけでも相当な報酬が必要になる。
だが、思いがけず手に入れてしまった物がある。それは、別途相談したかった。
「実は、こんな物を手に入れたんですよ」
収納リングから直径1メートル近くある巨大な水晶を取り出す。
『なっ!?』
水晶を見たパーティメンバー以外が驚いていた。
彼らは俺が手にしている水晶が何なのか知っていた。
「それは、『聖珠』ではありませんか?」
「そうみたいですね」
事前に見て知った訳ではないので、聞いた話からこの水晶がイシュガリア公国にとっての国宝である『聖珠』だと判断している俺には価値がいまいち分からない。もちろん聖女にとって必要不可欠な物だという認識はある。
「なぜ、それを君が持っている」
「さっきも言ったように俺は魔物となったアルフレッド卿を調教しました。アルフレッド卿の身柄を全て所有させてもらっているので、アルフレッド卿が所有していた物も全て俺の物となっているはずです」
そう……聖女が所有していたはずが盗まれてしまった『聖珠』は爺さんが盗み出していた。
「アルフレッド卿は、イシュガリア公国に満ちた瘴気を全て掠め取る為の方法として『聖珠』による回収を思い付きました」
国中から瘴気を集めて浄化する役割を担っている『聖珠』を使えば、瘴気を集めるのは簡単だ。集めた後は、【不死喰い】によって自らの糧にできると調教した後で説明……聞き出した時に教えてくれた。
「そもそも首謀者が現れたんですから『聖珠』についても考えるべきでしょう」
「……あまりの展開の早さに失念していました」
ミシュリナさんが俺の言葉に肩を落としていた。
たしかに失念してしまったのは失態だったが、その首謀者が知り合いということもあって動揺してしまったのが原因だ。
「で、どうします?」
当初の予定では『聖珠』の回収は依頼には含まれていない。
俺が手に入れてしまった『聖珠』を譲って欲しいと言うのなら、それなりの報酬が必要になる。けれども、これ以上の金貨は必要としていない……というよりも貰い過ぎなので別な物でお願いしたい。
「まず、『聖珠』は我が国にとってはお金には換えられない価値のある代物だ」
「でしょうね」
『聖珠』がなければ国が破綻すると言ってもいい。
「さすがにこれ以上の金貨の支払いは国でも難しい。そこで、我が国でしか得られない特産品を今後20年間に渡って無償で提供するということを約束させてもらおう。もちろん関税などの税金も課さない」
「ありがとうございます」
初日に食べた鍋のように、その地方特有の食べ物だとそこでしか得られない貴重な代物を使用している場合がある。
そんな貴重な代物がただで手に入るなら歓迎だ。
「もう失くさないで下さいね」
ミシュリナさんの前に『聖珠』を置く。
彼女も収納リングを持っていたらしく、手で触れると消えていた。
「ですが、どうやって盗み出したのでしょうか?」
これだけ大きな物は収納リングでも使わなければ持ち運びも大変だ。
当然、国にとって重要な『聖珠』は常に厳重な警戒態勢の下で管理されている。
「本人に聞いてみましょう」
この場には盗み出した本人がいるのだから聞き出せばいい。
「アルフレッド様、どうやって盗み出したのですか?」
「……」
爺さんはそっぽを向いて全く答えない。
負けて調教されることを受け入れてしまったものの爺さんなりの意地があるのだろう。だが、調教を受け入れた時点で、そんな意地も無意味だ。
「『ミシュリナさんの質問にも答えろ』」
「――簡単だ。霊体化して警備の薄くなった深夜に忍び込んだ」
俺が命令すれば拒否はできないんだから最初から答えればいいんだ。
「そんな! 『聖珠』の周囲は自動で浄化されているので霊体が近付けるはずが……!」
ミシュリナさんも言っている内に気付いた。
爺さんに浄化は通用しない。通常なら霊体は人で賑わっている場所を嫌う傾向にあるし、『聖珠』に近付いた時点で浄化されてしまうので霊体による侵入は考えられていない。
だから、爺さんだけは易々と侵入することができた。
今回のケースは盗難対策の参考にはならない。
「あと、もう一つ決めなければならないことがあります」
「首謀者の処遇だな」
公王が頭を抱えていた。
俺にもどうするのが適切なのか分からない。
「何を言っているのですか!? このような騒動を起こした者は当然のように極刑です。何を迷う必要があるのですか」
「私も罰としては極刑を考えている。事情を表に出せない以上、今後同じような事が起こらないようにする為にも彼は処分してしまいたい。だが、致命的な問題があることに気付いているか?」
「致命的な問題、ですか?」
サルオール伯爵が首を傾げている。
エンフィールドとウィルキンス両伯爵も同じだ。
ノスワージ伯爵は、アンデッドになっているとはいえ祖父の処遇をどうするのか最初から考えていたからこの問題にもすぐ気付けたのか目を伏せていた。
「彼らが調教などという方法を採らざるを得なかったようにアルフレッド卿を殺すことは不可能だ。そんな者をどうやって処刑すると言うのかね?」
爺さんの厄介なところはその不死性だ。
死者を復活させる為に必要な大量の瘴気を集める為の道具だった聖珠は回収したとはいえ、爺さん自身に『周囲の瘴気を吸い取り再生する』という力そのものは備わっていた。
これでは爺さんを処刑してもすぐに再生されてしまう。
公王様の視線が俺に向けられる。
「調教している君ならどうにかできるのではないか?」
「……まあ、できるかどうかならできますけど」
俺の支配下にあるので、単純にスキルの使用をできないよう命令すればいい。
それだけで爺さんの処刑は可能になる。
「そもそも爺さんは俺が調教している……つまり、俺の保護下にあります。それを処刑するということは『引き渡して欲しい』ということですよね?」
「……分かった。さっきの報酬に上乗せする。それで勘弁して欲しい」
「ありがとうございます」
スキルを全て使用不可にした状態で引き渡す。
ついでに爺さんには『俺たちの素性』や『自分を調教できた方法』について一切語らないよう命令してあるので引き渡しても不利になるようなことはない。
『儂は失敗したのか……』
念話で戸惑った爺さんの声が届く。
俺たちについて語れないのでイシュガリア公国側の人間に聞かれないよう念話で尋ねているのだろう。
『たしかに失敗だ』
これ以上の行動を許すつもりがない以上、亡くなった奥さんを生き返らせることは不可能になった。
『お主には大切な者を失くした儂の気持ちなど分からないだろうな』
『分かる……なんて無責任な事を言うつもりはない』
『だったら!』
『だけど、少なくともあんたみたいに無関係な多くの人を巻き込んで生き返らせようなんて考えるつもりはない』
チラッとシルビアたちを見る。
彼女たちにも念話の内容は伝わっているので、俺がどういう意図を持って見たのか分かっているので、ニコニコしている者や視線を逸らしてしまう者がいた。
無力だったにも関わらず借金を返済する為に一獲千金を目指して迷宮にまで挑戦した俺だ。幸いにも今は、迷宮という強大な力を手にしている。どんな手を使ってでも最善の手を打とうとするだろう。
だが、それは他者に迷惑が掛からない範囲での話だ。
多くの犠牲を出してまで目的を達成したいとは思っていない。
『あの世、なんて物があるかなんて分からない。それに多くの人を殺し過ぎた爺さんが奥さんと同じ場所に行けるのか分からないけど、今度こそ成仏してあの世で奥さんと一緒になれることを祈っているよ』
それが爺さんの願いを叶えられる最善な方法だと思う。