第24話 アルフレッドの事情
陽が沈み始めた夕方。
「全て終わりましたよ」
ウィンキア近くにある荒野へと戻って来た俺たちは、イシュガリア公国の四家も揃っている天幕でギルバートさんへ報告していた。
報告を受けたギルバートさんは、俺の素性についてある程度知っているから報告を信用してくれたが、天幕の中にいた他の人たちについては「何を馬鹿なことを」といった感じで信用していない。さすがに昨日の夜に依頼を受けて、夕方に戻って来るのは早過ぎた。
「何か証明できる物はあるのか?」
昨日はいなかった白髪の50歳ぐらいの男性が尋ねて来た。
「私やお兄様の父です」
ミシュリナさんがこっそりと教えてくれる。
つまり、イシュガリア公国の現公王という訳だ。
「証明になるかは分かりませんが、今回の首謀者を連れて来ています」
『おお!』
領主たちから歓声が上がる。
さすがに召喚を彼らに見せる訳にはいかないので天幕の外に出て、あたかも連れて来たように偽装してから天幕にいる人々に爺さんの姿を見せる。
「なっ!?」
真っ先に反応したのはノスワージ家の当主バートランド。
つまり、爺さんの孫に当たる人物だ。
「お爺様、なぜ……?」
孫の視線を受けた爺さんは視線を逸らしてしまう。
だが、そんなことは俺が許さない。
「『逃げるなよ』」
命令すれば爺さんは孫との対面を果たさなくてはならない。
「お主……」
爺さんも恨めしそうに俺を見てから孫との対面を果たす。
2年ぶりの再会がこんな形になるとは両者とも思っていなかっただろう。
「本当に、アルフレッド様なのですか?」
「亡くなられたと聞いていましたが……」
「生きていらしたのですね」
爺さんの生存を知らなかったノスワージ家以外の3家が驚いている。
逆に行方不明なだけだと知っていたギルバートさんや公王は爺さんの登場にどこか納得しているような様子だった。
「それで、アルフレッド殿が首謀者というのはどういうことだ?」
「それは私から説明させていただきます」
ミシュリナさんが前に出る。
こういう場では俺から説明するよりも彼女の口から語ってもらった方が信用してもらえる。
爺さん――アルフレッドの口から語られた研究の成果であるアンデッドからの進化。その方法を利用すれば死者――亡くなった奥さんも生き返らせられることができるが、その為には瘴気が圧倒的に足りないことを教える。
「きさま!」
今回、最も被害を被ったサルオール家の当主が爺さんに掴み掛かる。
「……っ!」
殴ったことでダメージを受けていたのは爺さんではなく、サルオール伯爵の方だった。
そのまま爺さんの頬を殴ると逆に拳を痛めてしまったらしく殴った手を擦っていた。
殴られた爺さんは平然としている。
「どういうことだ! 無茶苦茶痛いぞ」
「ああ、一般人からすれば絶対に勝てないような相手です」
おまけに兵士や騎士でも全力で攻撃しなければ痛い思いをすることになる。
サルオール伯爵は、武勇に優れた当主でもなさそうなので鍛えられていない体で殴れば拳を痛めてしまうのは当たり前だ。
「今の彼は、俺が調教しているので質問に対しては拒否も黙秘もできません。なので、殴るような真似は遠慮してくれませんか?」
「調教しているというなら殴らせろ!」
無茶を言わないで欲しい。
調教してできるのは、俺の命令に従わせるぐらいだ。命令して殴られることはさせられるが、さすがに命令一つでステータスを下げさせることはできないので拳を痛ませたくないなら殴りたいのを我慢してもらうしかない。
「落ち着けサルオール伯爵」
「ですが、この者の暴挙によって何の罪もない我が領の民が何千人と犠牲になり、それ以上の多くの者が避難を余儀なくされました。私としては、この者をこのままにしておく訳にはいきません」
「貴公の言い分も分かる。先々代当主の犯した罪だ。これはノスワージ家に責任を取ってもらわ……」
「ハッ!」
これ見よがしに爺さんが鼻で嗤っていた。
「ノスワージ家の責任? 一体、どの口が言っておるんじゃろうな?」
「……なに?」
「まさか忘れたとは言わせんぞ。今から40年近くも前の話じゃ。儂も父が病気で急死したせいで若くして当主を継いだ身じゃ。急な訃報に苦労しながら領地を統治しなければならん時に貴様らの父や祖父は儂に何をした?」
40年前ともなれば全員が生まれていないか、生まれて間もない頃の話だ。
だが、爺さんにとってはほんの前の話なのだろう。語る声には怒気が含まれていた。
「――戦争じゃ」
代替わりしたばかりということで東側のエンフィールド家と西側のウィルキンス家がノスワージ家の領地を占領してしまったらしい。
当主になったばかりの爺さんでは東西の両方に戦力を派遣しているような余裕はなく、何をすればいいのか分からず右往左往している間に領地がどんどん削られてしまった。
結局、同じ国内で争っている状況を憂慮した前公王が争いを止めるよう停戦を申し込むまで領地は奪われ続けた。
「その停戦の会談で貴様の父が言った言葉は今でも忘れていない。『領地を預かる者なのだから自領のトラブルは早急に解決するように』じゃ。攻め込まれた際に元ノスワージ領の民は多くが犠牲になった。奪われた土地も還って来ない。公王も他の連中も補償を一切してくれなかった」
公王としては、国内の騒動を早急に解決したかっただけ。
その結果、ノスワージ家の領地が小さくなろうとも関係ない。小さくなった原因は若い当主にある。
「じゃから、今回の騒ぎに対しても自領の騒動をさっさと解決できなかった貴様らにある。それが、この国の決まりじゃろう」
「……」
自分の父や祖父が本当にそんなことをしていたのか?
エンフィールド伯爵とウィルキンス伯爵はお互いに目を合わせて戸惑っていた。
しかし、現公王であるグラウディス公王は思い当たる節があるみたいだ。
改めて作戦会議の為に天幕に置かれていたイシュガリア公国の地図を見せてもらうと、たしかにノスワージ家の領地は他の貴族家の領地に比べて微妙に小さい気がする。
「待て! それなら我がサルオール家は関係ないではないか!?」
当主になったばかりの頃にあった戦争も報復という意味も含まれた騒動ならサルオール家は関係ないように思える。
「いいや、一番問題なのはサルオール家じゃ。あの時の戦争はサルオール家が東西の家を扇動して起こしたものだという事は分かっておる。それに両家に兵力も出して見返りを貰っているということも分かっておる。お主の父も儂と同じように若くして当主になった者で儂の苦労が分かっているにも関わらず……いや、分かっていたからこそ戦争を引き起こした大罪人じゃ」
「ち、父の犯した罪は私には関係がない!」
「何を言っとるんじゃ。お主はサルオール家を継いだんじゃからサルオール家の罪も継いだんじゃ。これは、儂なりのサルオール家を中心とした他の連中への復讐でもある!」
そういう理由があって南側で騒動が起こったのか。
結果的に南側で起こった騒動は、途中に国の中心であるイシャウッド家があったこともあって爺さんが統治していたノスワージ領へは首都以上に伝わっていないかもしれない。それに奪われた土地も北寄りなはずなので影響はほとんどない。
他領はどうでもいいが、自領は大切だったということだろう。
「今回、アルフレッド卿の起こした騒動で多くの罪なき人が犠牲になった。その事については、どのように考えておられる」
「……そうじゃな。運がなかった、としかいいようがないの」
再び殴り掛かりそうになっていたが、それは事前に予測して後ろに回り込んでいたギルバートさんによって止められていた。
「儂が戦争を起こされた際に亡くなった領民に対して何も補償されなかったんじゃ。ならば、責任があるとすればサルオール家にあるはずじゃ」
「……」
過去の事例を持ち出されては公王も反論することができない。
「分かった。ノスワージ家には一切の責任がないものとする」
「陛下!」
「では、どうする? 過去の遺恨のせいでアンデッド騒動が起こり、首謀者はノスワージ家の先々代当主だったとでも言うのか? そんな事を言える訳がないから内々に処理するしかない。アルフレッド卿がそうしたように自ら解決するように」
苦虫を噛み潰したような表情でサルオール伯爵が引き下がる。
「そろそろいいですか?」
全員の視線が俺に集まる。
爺さんがこんな行動に出た理由とか過去の出来事とか色々と語ってくれたけど、俺には全く関係がない。
「では、報酬について話し合いましょうか」