第10話 VS魔物の軍勢―後―
迷宮魔法:跳躍――転移と同じように移動を可能にする魔法だが、転移とは違い、使用する為には移動先の地形を把握し、視界内に収めておく必要がある。
しかし、今回のように移動先が空中なため地形などなく、視界を遮る障害物もない状況では、転移よりも使い勝手のいい魔法だった。
一瞬で空を飛んでいたヒッポグリフの内の一体の背に乗る。
「うわ、遠くから見ていると目がクリッとしているから可愛いかな、なんて思っていたけど、近付くとダメだな。俺の使い魔と違って獣臭い」
森の監視用に使い魔を得ようとして、迷宮魔法で使役していた。
迷宮の下層にいる魔物ならほとんどが上層にいる魔物や獣を使役、もしくは支配することができるスキルや魔法を持っていた。おかげで、どんな魔物や獣を使役するのか悩んでしまった。
色々と召喚していく中で、一番気に入ったのが鷲だった。
獰猛な姿をしているにもかかわらず、円らな瞳でこちらを見つめて首を傾げる姿に思わず打ちのめされてしまった。そして、使い魔として使役してしまったせいか綺麗好きになってしまい、水に濡れても平気なのか体を洗って清潔を保っていた。
おかげで動物らしい獣臭さとは無縁の体になっていた。
それに比べればヒッポグリフは臭い。
俺の言葉が分かったわけではないのだろうが、ヒッポグリフが鳴き声を上げながら体を振り回していた。俺を振り落とすつもりか。
「ほい」
ヒッポグリフの望み通り、背中から横に飛び降りるとヒッポグリフの体を剣で前後に両断する。
「グェ」
力ない鳴き声を上げながら鷲の部分と馬の部分に分かれたヒッポグリフが墜落していく。
俺も同時に落ちる。そこへ2体のヒッポグリフが鋭い爪を向けながら左右を挟み込むように近付いてきた。それなりに賢いのか俺の落下速度から攻撃する位置を特定していた。
なので、装備している靴――天馬の靴の効力で、その場に踏み止まる。
2体のヒッポグリフの攻撃が空振り、挟み込もうとしていたせいでお互いの体を突き刺していた。
魔物の間では言葉が通じるのか声を上げながら言い合い、俺から離れて距離を取る。
他にも空中にいた鳥型の魔物が俺を警戒して滑空していた。
「やれやれ、空を飛べる魔物だっていうのに相手が空を自由に走れるっていうだけで恐れるのか?」
俺を警戒したまま動かない。
指示を出す魔物がいないので、とりあえず襲われたから戦ったという感じなのだろう。
「残念だけど、俺が受けた依頼は魔物の殲滅なんでね。お前たちも例外なく倒させてもらう」
『迷宮魔法:道具箱』
両手の上に道具箱を出現させると中から武器を取り出し、道具箱はすぐに消す。
取り出した物は、直径1メートルある大きな鉄球に鎖が付いた武器。鉄球を右手で持ち、鎖を左手で持つ。
「シュート!」
右手に持った鉄球を足元に落とすとヒッポグリフに向かって蹴り飛ばす。
突然現れた鉄球に対処できず、鉄球の直撃を受けたヒッポグリフは全身の骨を粉々に砕かれ、空を飛ぶことができなくなって地面に落ちていく。
倒れた仲間を心配しているヒッポグリフ。
その自重から地面へと落ちて行く鉄球を両手で鎖を掴んで無理矢理残ったヒッポグリフの方へと投げ飛ばす。同じように鉄球の直撃を受けたヒッポグリフが地面へと落ちて行く。
その光景を見て鳥型の魔物が逃げ出していた。
自分よりも上位の個体であるヒッポグリフがあっという間に倒されてしまい、自分たちでは敵わないと判断しての逃走。
「それを選択するにはちょっと遅かったかな」
鎖を振り回すと俺を中心に鉄球が暴れ回り、鳥型の魔物が軽く触れるだけで砕かれていく。
「よっと」
下からの気配を感じて回していた鉄球を下へと向けると、鎖の盾によって矢が弾かれていた。
弾かれた矢が射られた先を見ると弓を構えたゴブリンがいた。
「落とし穴に落ちなかった連中だな」
さすがに全ての魔物を落とし穴の中に落とし切ることができず、軍勢の端の方にいた数十体の魔物が地上に残っていた。
ちょうど遠距離能力のあるゴブリン。そして、魔法の使えるメイジオークが残っていたため空中で無防備な姿を晒している俺に向かって攻撃してきていた。
メイジオークが魔法の準備を終えたらしく、持っていた杖の先端から火球が放たれる。
「消えろ」
振り回していた鉄球を手元に持って来ると最初と同じようにメイジオークが放った火球に向かって鉄球を蹴り飛ばす。鉄球の勢いに火球が掻き消され、魔法を使ったメイジオークも一緒に潰される。
弓を構えていたゴブリンが唖然となる。
既に狙いを定めていた場所に俺はいなく、鎖を掴んだまま鉄球に引かれ、潰されたメイジオークの傍に降り立っていた。
3体のゴブリンが俺に狙いを定めようとするが、その時には10体のゴブリンが首を失くしていた。
残った3体のゴブリンも収納リングから取り出したナイフに眉間を貫かれ絶命する。
「さて、そろそろ出てきたらどうだ?」
落とし穴に落とした鉄球が微かに揺れ、天頂部分に穴が空く。穴からモグラのような魔物が現れ、鋭い爪で鉄球を掘り進んでいたらしい。かなり体力を消耗してしまったのか穴から顔を出した途端、息を大きく吐き出していた。
「落雷」
雷を上から落とし、2体のモグラを黒焦げにする。
モグラが目的の魔物ではない。
2体のモグラが空けた大きな穴から2体の魔物が現れる。しかし、1体は落雷によって既に死体となっており、もう1体に掴まれていた。
「酷い奴だ。自分の仲間を盾にするなんて」
落雷から逃れる為に大穴の下からわざわざ他の魔物を掴んで来て、魔物の死体を盾にして俺の攻撃をやり過ごしていた。
出て来た魔物は、人のように立つことのできる馬の魔物を放り捨てると俺に敵意……いや、殺意を向けてくる。
真っ黒な毛に全身が覆われ、猿のように手を地面について2メートルの巨体を誇示する魔物。体の大きさだけでなく、腕も異常に発達しており、腕の太さだけで俺よりも大きい。
「さて、残るはお前を含めて雑魚が何匹か、だ。さっさと終わらせることにしよう」
メインイベントは、魔物を倒した後にある。
人差し指を立てて手前にクイックイッと動かすと挑発されたことが分かったのか巨大な黒い猿の魔物――ジャイアントコングが人よりも大きな腕を振るう。
加速され、人の体など簡単に吹き飛ばせる拳だが、俺には止まったように見える。
――斬。
その場からジャイアントコングに向かって跳び上がると剣で腕を肩から切り落とす。
「もう1つ!」
後ろに回り込むと残っていた腕も切り落とす。
地面に2本の腕が落ちるとジャイアントコングは困惑し、すぐに目に見えて狼狽え始める。
そして、そのまま1歩、2歩と下がっていく。
「ようやく相手にした敵の実力を理解したか」
俺からステータス差を本能によって悟ったのだろう。
ジャイアントコングは確かに軍勢を率いられるぐらい強い。レベルで言えば200以上はあるだろう。けど、地下77階で戦ったレベル500に比べれば弱い。
「特に恨みがあるわけじゃないけど、放置するのも問題なんでな」
剣を構えるとジャイアントコングが俺に背を向けて一目散に逃げ出す。
本気で勝てないと悟ってしまったか。
「さよならだ」
駆け抜け、剣を振るうとジャイアントコングの体が上下に両断される。
周囲を見れば残っていた十数体の魔物が逃げ出していた。
「アイスランス」
手から生み出した氷の槍を叩き付けてやれば一撃で貫かれて倒れる。
血で酷く汚れてしまった戦場だが、俺は魔物の軍勢を無事に倒した。