第19話 死を超越せし者①
メリッサ視点です
アルフレット・ノスワージ。
その家名には聞き覚えがあります。イシュガリア公国の北側を統治している貴族家の名前です。そこの当主だったのがおじいさんの正体。
「そんな偉い人が、なぜこのような場所に?」
「それは、私にも分かりません」
クラウディアさんに心当たりはないみたいです。
それどころか……
「私は2年前に亡くなったと聞いていました」
「それは……おかしいですね」
亡くなったと聞いていたはずの人物が生きていた。
ただし、目の前の人物からは生命反応が感じられない。
「それについては私が知っています」
ミシュリナさんは事の真相を知っているみたいです。
「アルフレッド様は、5年前に息子であるアレクシス様に家督を譲られました。アレクシス様も当主として精力的に働いていたのですが、当主になってすぐ事故に遭われて亡くなられました。その際にも酷く取り乱していられたのを覚えています」
辛そうな表情で当時の状況を騙るミシュリナさん。
5年前と言えば、彼女もまだ成人前だったはずですので知り合いの取り乱す姿を見るのは辛かったはずです。
「幸いにもアレクシス様には子供がいましたので当主は皆さんも顔を合わせましたアルフレッド様にとっては孫であるバートランド様が継ぐことになりました」
集まった四家の中で全く発言していなかった眼鏡を掛けた男性。
若くして当主になったバートランドさんは色々な苦労を抱えることになったそうですが、アルフレッドさんが支えることで当主になったばかりの大変な時期を乗り越えることができた、とのことです。
「けれども、悲劇は3年前に起こりました」
バートランドさんが当主になってから2年後。
共に家族を支えていたアルフレッドさんの妻であるヘレンさんが病気で亡くなってしまった。
「ヘレン様が亡くなられてからアルフレッド様はおかしくなり始めました」
「儂はおかしくなどなっていない。死んだ妻を役立たずの聖女に代わって生き返らせる方法を探していたのみよ」
大切な人を失った悲しみにより、アルフレッドさんは未来へと進むのではなく幸せだった過去を取り戻すことに邁進した。
即ち――奥さんを生き返らせる。
「役立たずの聖女、というのは?」
私の質問に対してミシュリナさんが首を横に振ります。
「それなら私も見ていたので知っています」
当時は既に侍女として常に傍にいたクラウディアさんは客観的に事情を見ることができていました。
「病に倒れたヘレン様を連れて『聖女』の力を頼ったアルフレッド様が訪ねられました。『癒し』に特化した力を持つ『聖女』ですが、さすがに亡くなられた方を生き返らせるほどの力はありません」
「では……」
その時にはヘレンさんは亡くなっていた。
「いえ、まだ息はありました。ですが、亡くなられた方を生き返らせることができないのと同じように『寿命を迎えた方』を癒すこともできません。アルフレッド様の姿を見ていただければ分かると思いますが、アルフレッド様は既にかなりの高齢です。そして、ヘレン様はアルフレッド様より5つも年上だと聞いておりました」
それは、いつ死んでもおかしくないような高齢ではないですか。
いくら『聖女』とはいえ、そんな人を癒すことができなかったからと言って『役立たず』と扱き下ろす老人。
どちらが悪いかなど考えるまでもありません。
それに依頼人の味方をするのは冒険者として当然です。
「ヘレン様が亡くなられてからアルフレッド様は人が変わったように屋敷の地下室に籠って何かの研究をしていると聞いていました。ですが、バートランド様からアルフレッド様が急死なされたと聞いていました」
「いえ、私を含めて少数の者には教えてもらいました。ある日、『妻の元へ行く』という置き手紙だけを残して屋敷から姿を消されたとのことです」
そんな置き手紙を残されれば、死んだ奥さんを追ってアルフレッドさんも自殺したと思い込んでもおかしくありません。
置き手紙を見つけたノスワージ家の人たちは姿を消したアルフレッドさんを必死に探したらしいですけど、結局は見つけることができずに国へは失踪という事実を隠して死亡したという報告をした、とのことです。
行方不明だった人物が、今回の騒動の元凶。
「アルフレッド様は何を見つけられたのですか?」
妄執的に奥さんを生き返らせる方法を探していた。
その成果が得られたからこそ騒動を引き起こした。
「儂は、研究によって『アンデッドを進化させる方法』を見つけた。その存在ならば死を超越することができる。しかし、その為には膨大な瘴気を手に入れる必要があった。『聖女』というシステムがなければ破綻してしまう国中の瘴気を集めても足りない……もっと、もっと多くの瘴気が必要になるのだ!」
妄執的に多くの瘴気が必要だと言うアルフレッドさん。
アルフレッドさんの体から瘴気が溢れ出して衝撃波となって私たちへ襲い掛かります。
「そんな儂の妄念が強い瘴気を喚び込んでくれたおかげで量が足りていなくても儂だけは進化することができた」
「進化……」
それこそが不死生物でもなければ生者でもない理由。
既にアンデッドを超えた存在になっているからこそ不死生物探知に引っ掛かることもなかった。ですが、死を克服した存在だからこそ生者として感知されることもなかった、ということですか。
予想以上に面倒な存在かもしれません。
「だが、それだけでは儂の願いを叶えるには足りない。ヘレンも生き返らせなければならない」
それは、生者として生き返らせるのではなくアンデッドを超越した存在として生き返らせる、という意味でしょう。
果たして、それは生き返らせたと言える状況なのでしょうか。
「そんな事をヘレン様が望まれていると本気お思いなのですか!?」
「……」
「アルフレッド様がこのような騒動を起こした理由は分かっています。多くの人をアンデッドに変えて騒動を起こすことによって、恐怖し命を失うことによってこの国にある瘴気をさらに増大させる。どうやって、その瘴気を手にするつもりなのかは知りませんが、多くの人の恐怖と犠牲の元に生まれた瘴気を利用してヘレン様を生き返らせるつもりなのでしょう。けど、心優しかったヘレン様がそのような事を望まれるはずがありません。ヘレン様は寿命で亡くなられたのです。このまま安らかに眠らせておくことこそ彼女にとって最も幸せなことです」
「そんなはずがない!」
ガンッ、と衝撃を発生させながら跳んだアルフレッドさんがミシュリナさんへと瘴気でできた剣を伸ばします。
奥さんの想い。
それはアルフレッドさんにとって踏み込まれたくない事情だったのでしょう。
「させません」
キンキンキンキン――!
二人の間に入り込むと勇者の剣を瘴気の剣と打ち合わせます。お互いに4本ずつの剣が交錯した音が周囲に響き渡ります。
「アンデッドを超越した儂と本気で戦うつもりか」
「それが仕事ですから」
ただ、アルフレッドさんと剣を合わせてはっきりした事があります。
あまり――強くありません。
「そうか……ぐあっ!」
アルフレッドさんが背中に感じる痛みに顔を顰めながら振り向くと短剣を背中に突き刺したシルビアさんの姿を見つけます。
「アンデッドから進化しているというのは本当みたいですね」
4本の瘴気の腕がアルフレッドさんの下へと戻り、剣を背後にいるシルビアさんへ次々と突き刺していきますが、シルビアさんが悉く回避するせいで1本も当たりません。
「あなたがいると治療ができません。事情は色々と聞かせてもらいましたけど、わたしには関係がありません。なので、大人しく討伐されてください」
「何を……」
呟く頃にはアルフレッドさんの首が有無を言わさせないシルビアさんの手によって斬り飛ばされていました。