第18話 アンデッド発生の元凶
メリッサ視点です。
「……はて?」
私の「何者なのか?」という質問に対しておじいさんが首を傾げていました。
無理はありません。普通は何者と聞かれても適切な回答を持ち合わせていません。ですが、目の前にいる相手は普通ではありません。
「迷宮魔法:不死生物探知」
周囲に対して探知魔法を使用します。
この魔法は、周囲にいる不死生物の反応を確認する魔法です。迷宮の下層にいる周囲の不死生物を支配下に置くことができる魔物が周囲の不死生物の位置を確認する為のスキルを魔法化させたもの。
一般には、不死生物限定で位置を特定するような魔法はありません。
「私は魔法によって不死生物の位置を特定することができます」
「冗談はよした方がいい。そんな魔法は存在しない」
おじいさんは魔法について詳しかったらしく、私の言葉を嘘だと断言します。
ですが、こちらは嘘だと知られても問題ありません。
「その魔法によるとおじいさんも含めてこの場に不死生物はいません」
「そうだろう。これでも儂は魔法には詳しいので、この場が浄化されていることに気付いておる」
この場で治療を行うことを承諾したミシュリナさんは真っ先に周囲の浄化を行いました。治療を行っている場所に不死生物の襲撃があっては困るからです。私たちの目的を考えると襲撃があった方がよかったのですが、逃げて来た人たちのことを思うとそんな事は言えません。
不死生物が立ち入ることのできない安全地帯。
まだ完全な不死生物になっていないのなら侵入することはできても完全な不死生物になってしまった者が侵入するのは絶対に不可能です。
だから、私もどこか安心していました。
「魔法に詳しいというなら生命探知――これは知っていますよね」
光属性魔法の生命探知。
範囲内にいる生命体の位置を特定する魔法で、茂みに隠れている獲物を探す時などには重宝される魔法です。
「この魔法を使ってみたところ、おじいさんから生命反応が感知できません」
不死生物ではないが、生者でもない。
そんなおかしな存在がおじいさんだった。
「もう1度聞きます。おじいさんは『何者』ですか?」
「ほほっ……」
私が冷ややかな目で見つめてもおじいさんは軽く笑うだけ。
その笑みを見た周囲の冒険者たちが離れて行きます。
「誰か一人ぐらい知らない者が紛れていても気付かれないと思っておったが、まさか生命探知を使われて儂の存在がバレてしまうとは」
「では……」
「お嬢ちゃんが睨んだように儂が今回の事件の元凶じゃよ」
言質は得られたので体内で魔力を練り上げていつでも魔法を発動させられるようにします。
おじいさんの言葉を聞いていた冒険者も武器を構えています。
周囲を戦闘力に恵まれた者に囲まれていてもおじいさんは落ち着いていました。
「貴方がこの場に現れたのは大きな騒ぎを起こす為、ですね?」
「そうじゃよ。当初の予定ではウィンキアまで逃げて集まったところを襲撃して何人かをアンデッドに変えて騒動を起こすつもりじゃった。ところが、前線の状況、それに都合よくこんな場所を用意してくれたんじゃ。色々な要素を考えて、この場で襲撃を仕掛けることにした、という訳じゃ」
おじいさんの体から黒い魔力……いえ、瘴気が漏れ出します。
瘴気に身を堕とした生物。目の前にいるのは人ではなく、魔物へと堕ちた存在なのだと改めて痛感させられます。
「どうせ騒動を起こすならもっと数が集まってから起こすつもりじゃったが、この状況では仕方ない」
左右の肩と脇から瘴気でできた真っ黒な腕を生やすおじいさん。
6本の腕がそれぞれ別の方向へ向けられています。
「……アルフレッド様?」
緊張状態に包まれた状況で、シルビアさんが投げ飛ばして気絶させていた騎士が起き上がります。
片付けるのが面倒だったので私たちの方では関与せず、仲間からも見捨てられたことで列の近くで気絶してしまっていたのですが、重々しい空気と殺気にあてられて目を醒ましてしまったようです。
それよりも気になるのは起き上がった騎士が呟いた言葉です。
「知り合いですか?」
「あ、ああ……あの方は――」
「儂の顔と名前を知っている奴がいたか。失敗した」
「――伏せて下さい!」
私の叫びを聞いた武器を構えていた冒険者たちが地面に伏せます。
私も目の前に光の障壁を作り出して防御します。
ただ、気絶から目覚めたばかりの騎士は反応ができず、おじいさんの右肩から伸びて来た黒い手に首を掴まれています。
1本目が私へ、2本目は近くにいた適当な冒険者へと伸ばされていましたが、私の声に反応できたおかげで頭上を通り過ぎて行きました。そして、3本目は離れた場所にいるシルビアさんの方まで伸ばされていました。ただ、距離があるせいで難なく回避されていましたけど。
「あ、ああ……」
「さっきの騒動は見るに堪えなかった。お主も誇り高きマースディル家の三男だというのならば、このような事態にこそもっと誇りある態度を取るべきじゃった」
――ゴキッ!
掴み上げられた騎士から聞こえてはならない音が聞こえて来て、彼の姿を見てみると首が後ろへ90度倒れていました。
「ふん」
つまらなさそうに黒い手が冒険者の集団に向かって投げます。
「ひっ」
目の前に転がって来た死体に後退る冒険者たち。一番近くにいた冒険者は恐怖のあまり尻餅をついています。
けれども本当の異常はここから始まりました。
首が折れて明らかに死んでいるはずの騎士がゆっくりと立ち上がり、後ろへ倒れていた頭部を持ち上げて元の場所へ戻すと視線を近くにいる冒険者へと向けます。
その目は血走っており、誰の目から見ても危険な状態です。
「そんな……既にアンデッド化しているなんて」
通常は亡くなってから徐々にアンデッドになって行きます。その間に呪いを解呪することができればアンデッドへの変質を防ぐことができます。
それが亡くなった直後からアンデッドとして死体が動き回っています。
あれではアンデッド化を防ぐ術がありません。
「喰らえ……そして、仲間を増やせ」
「あ……」
手を伸ばせば届く距離にいた尻餅をついた冒険者へと密着し、噛み付こうとした頭部が宙を舞っています。
「救援依頼を引き受けたんですからこれ以上の犠牲者は出さないでください」
騎士の体の傍には短剣を片手に持ったメイド服姿のシルビアさんが立っており、宙を舞っていた頭を掴んでいました。
頭部を失ったことでゾンビになっていた死体が力を失って倒れます。
「巻き込まれたくなかったら、この場から離れて下さい」
「でも……」
「少なくともアレと対等に目を合わせられるだけの実力を身に着けてから手伝おうと思って下さい」
「お主らは儂と戦うつもりか?」
「戦う? いいえ、アンデッドを討伐するだけです」
目の前にいるのは既に人間ではありません。
生者ではないにも関わらず、不死生物でもない存在。おまけにおじいさんに殺されてしまった者は有無を言わさずにアンデッドにされてしまいます。
おじいさんの口元が歪みます。
「いいじゃろう。その思い上がりを正してやろうではないか?」
瘴気でできた4本の手が広がると地面から浮き出て来た瘴気が剣の形を取っておじいさんの手の中に納まります。
「剣、ですか……」
生憎とパーティ内で剣を扱う人物が全員出払っています。
仕方なく『勇者の剣』で精製した火・水・風・土の属性を備えた剣を宙に浮かべておじいさんと対峙します。
「ほう……面白い魔法を使うな」
近接戦闘に関しては最低限の技術しか習得していないので自信がありません。
ですが、主が救援に駆け付けるまで時間が必要です。このような状況になってしまった以上は私たちの手で討伐しなければなりません。
シルビアさんも短剣を構えて隙を窺っています。
「……アルフレッド様、やはり生きていたのですね」
そこへ飛び込んで来たミシュリナさん。
後ろにはいつでも守れるようクラウディアさんも待機しています。
「ふん。使い物にならない聖女如きが今さら出て来たところで遅いわ」
「貴方は、まだ3年前の出来事を引き摺っておられるんですね」
ミシュリナさんも顔見知りみたいですけど、只ならぬ雰囲気になっています。
「儂にとっては妻こそが全てだった。病に倒れた妻を癒すことのできなかった偽物の聖女は、そこで国が亡ぶところを見ているがいい」
「貴方は……」
おじいさんの言葉を受けてミシュリナさんが困ったように額に手を当てています。
「お二人とも知り合いですか?」
「あの方の名前はアルフレッド・ノスワージ。5年前までノスワージ家の当主だった方です」