第16話 アンデッド大群―殲滅―
「く、くそっ……」
剣士の冒険者が食欲だけを増大させて動き回る死者に腕を噛まれていた。
それまでは後ろに控える神官職の冒険者が浄化に必要に魔力を練る為に必要な時間を稼ぐ為に剣を振るっていたが、敵の数が多すぎた為に不意を突かれて噛み付かれてしまった。
「死者なら大人しく土の下にでもいろ!」
スパイクの拳が噛み付いていたゾンビの体を吹き飛ばす。
だが、相手が腐り始めた死体だったため歯と周囲の肉の一部だけが噛み付いたまま残ってしまい、他の部分はグチャグチャに飛び散っていた。
大群の死体はほとんどが最近死んだばかりの活きのいい物を使っているようだったが、中には今のように死んでからかなりの時間が経過して腐乱した物も含まれているみたいだ。
「いい加減にしつこいんだよ!」
スパイクが怒鳴りながら近付いて来る死体を次々と殴り飛ばしている。
威力のある打撃は死体の頭部を一撃で粉砕している。これが鍛えられた冒険者が相手だったら簡単には当たらないし、ステータス次第では耐えられてしまう。ところが、相手は死んでしまった農民だった者などが中心なので相手の力を気にすることなく粉砕することができる。
「おまえら、少し時間を稼いでいろ」
「「「はい!」」」
盾を持った3人がスパイクと噛まれた冒険者を守るようにアンデッドの前に立つ。実際、彼らの役割は二人を守ることにある。
アンデッドが盾に押し寄せる。
ただ本能に任せて前へ進むことしか考えられていない彼らは盾を押すばかりで有効な行動に出られていない。盾を持つ冒険者はひたすら耐える。
その間にスパイクが噛まれた冒険者の服を破いて傷跡を確認する。
「これは……」
「ははっ、どうやら助からないみたいですね」
噛まれた場所が黒く変色しており、徐々に心臓へと近付いているようだった。
「これが全身へと行き渡ると俺もアンデッドになるんですかね。あんな連中みたいになるぐらいなら……」
「馬鹿を言うな!」
「けど、俺は人のまま死にたいです」
「もうすぐ救援が来るかもしれない。それまで我慢しろ」
「無茶言わないでください。救援に走らせたのが午前中の話ですよ。足の速い奴が全速力で走ってどうにか日付が変わる前に辿り着けるかっていうぐらい距離があるんですよ」
実際には夕食時に辿り着く事ができた。
予想よりも早いが、それだけ助けを呼ぶ為に必死だったということだろう。
「それに、こんな状況なら誰が来たって同じですよ」
救援に軍隊を派遣したとしても救援は先に辿り着くことになる後方部隊からになる。
自分は救援部隊が来る頃にはアンデッドになっている。
今にも変質しようとしている彼には残された時間が少ないことが分かっている。
「いや……」
言葉少なにスパイクが否定する。
「可能性がない訳じゃない」
「慰めなんていらないですよ」
冒険者が懐から短剣を取り出す。
メインの武器である剣が使えなくなってしまった時に備えて持ち歩いていた予備の武器だ。
「このままアンデッドになるぐらいなら自分で命を絶ちます」
まさか、自決用に使うとは思っていなかった。
短剣の先を喉元へと持って行く。
スパイクも覚悟を決めた冒険者の想いを否定する訳にも行かず自由にさせている。
「悪いけど、自決はもう少し待ってくれないかな」
「……え?」
首から僅かに血を流している冒険者の短剣を持つ手を掴んで自決を止める。
「お、おまえ……!」
スパイクが突然現れた俺に驚いている。
「どうやってここまで来た」
「走って来た」
「は!?」
走って来た方向を指差す。
そこにはアンデッドの力を失った死体がいくつも転がっていた。
逃げている人々と追い掛けるアンデッド。
アンデッドに追い掛けられている人を巻き込む訳にはいかないので神剣を使って全てのアンデッドを斬りながら駆け抜けて来た。
おかげで中央部分には殿を務めている冒険者と逃げている人々の間からアンデッドは駆逐されていた。
「上から見ているとこの場所が一番危険そうだったから一直線に駆け抜けさせてもらった」
今度は空を指差す。
そこには1羽の鷲がこちらを見るようにして飛んでいた。
「使い魔、なのか?」
具体的な事を言う訳にもいかないので曖昧に頷く。
それよりも対処しなければならないのはアンデッドになろうとしている冒険者の方だ。
幸いなことに完全なアンデッドにはなっていない。
「これぐらいなら大丈夫そうだな」
「何を言って……!」
訝しそうに見ている冒険者を無視して『迷宮魔法:呪い治癒』を発動させる。
瞬く間に冒険者の腕から這い上がろうとしていた黒い物が剥がれ落ちて消えてしまう。
アンデッドになろうとしていた嫌な感覚もなくなっているはずだ。
さすがに完全なアンデッドになってしまった者を元の人間に戻すほどの力はないが、アンデッドになろうとしている者を治療するぐらいなら簡単だ。
「あんたは……」
「これでいいな?」
有無を言わせずに治療されたことを納得させる。
周囲にいた冒険者の誰もが呆然としている間に盾を構えて防御している冒険者の前に出る。盾に密着していたアンデッドは同時に斬り捨てる。
「ここより先にいるアンデッドは全て殲滅させる」
神剣を抜いてアンデッドの大群の中へと真っ直ぐに突っ込む。
斬られたゾンビが死体へと戻り、倒れた死体で道ができあがる。
大群の中央付近まで辿り着いたところで足を止める。
「これは凄い敵意」
周囲から向けられる鋭い視線。
彼らは生きる為に必要な食欲を増大させられている。それと同時に生存本能も増大されており、自分たちへと突っ込み次々とゾンビを倒して行く存在へ危機感を募らせていた。
ゾンビだけではない。ゴーストまで敵意を向けて来ている。
俺の突撃を見ていた全てのアンデッドが足を止めている。
「そんな風に足を止めてしまっていいのか?」
神剣を鞘に納める。
自由になった両拳を胸の前で打ち合わせる。誘導光線の時と同じように全身を包んでいた光が両拳へと集中し、両拳を包み込む巨大な光球を生み出す。誘導光線の時と違うのはサイズと生み出したのが一つだけということだけだ。
「清浄なる聖域」
両拳を包み込んでいた光が爆発するように周囲へ広がって行く。
真っ白な光に覆われた場所にいたゾンビは全てが力を失って倒れ、ゴーストは消えてなくなる。
清浄なる聖域――光で覆った空間を聖域へと変質させ、その空間をアンデッドが活動できない空間へと変える。聖域にいたアンデッドは全てが浄化され、効果が持続している間は侵入することすら叶わない空間へと変質する。
「な、なんだ!?」
「今の光は……」
「盾を持っている奴は前へ出ろ!」
その範囲は冒険者によるパニックが起こるのを恐れて彼らが陣取っていた場所の手前までに抑えていたけど、結局正体不明の光を目の前にしてアンデッドが浄化されたことにも気付かずに慌てている。
生きている人間に対しては効果のない魔法なんだけどな……
「落ち着け!」
事情を説明しに戻ろうとするとスパイクが声を張り上げる。
「今のはアンデッドを浄化する為の魔法だ」
「けど……」
「気になるなら自分の目で正面を見てみろ」
不安そうな表情を隠そうともしない冒険者をスパイクが一喝する。
押し寄せて来ていたアンデッドの大群のほとんどが浄化されて地面の上に倒れているか、消えていなくなっていた。
「さて、アイラの方へ向かいながら残りを片付けるか」
イリスの方は問題なさそうで右側から聖剣の力を使ってアンデッドを斬り倒して行っていた。数分後にはここへ到達できそうだ。
問題はアイラの方だ。聖剣の力を十全に使えていないせいで力任せにアンデッドを上下に分断して動けないようにして倒している者も混ざっている。しかも、ゴーストの方は3割程度しか討伐できていないので混乱が続いている。
「……あっちへ行くか」
自分たちだけなら練習としてアイラ一人に任せるところだが、今も襲われている人がいるなら助けない訳にはいかない。
神剣を使ってゾンビを斬りながらアイラと合流する。
☆ ☆ ☆
「なんだったんですか……?」
「分からない」
清浄なる聖域の効果範囲から逃れていたゾンビへと突っ込む新しく来た冒険者を見ながら呟く。
「あのイリスとかいう少女が信頼を寄せる冒険者だったから、それなりに強いんだろうとは思っていたけど」
自分の予想以上だった。
アンデッドの大群をあっという間に浄化してしまった魔法もそうだったけど、それと同じくらいに剣の実力も高い。装備している剣の効果なのかもしれないけど、肉の壁として立ちはだかっているゾンビが壁の役割を果たせておらず、不意を突いて襲って来るゴーストも全てが無力だった。
圧倒的な強さを持つ冒険者。
自分と比べるだけでもおこがましい。
「あいつらに賭けるしかないのか」
悔しさを噛み締めながら拳を握るしかできなかった。




