第15話 アンデッド大群―突撃―
目の前から迫る敵は数千に及ぶアンデッドの大群。
敵から逃れる為に恐慌状態の味方がアンデッドの前を走っている。
最初に報告を受けた時はアンデッドの数は2000体が確認されていた。今朝の冒険者と兵士の連合軍によってある程度は討伐されているはずだが、アンデッドに倒されてしまった冒険者と兵士がアンデッドになってしまっているので倒した分の何割かは取り戻されている。
そもそも昨日までの間に襲われた人もいるはずので、実際には2000体以上がいるのは確実だ。
「まずは先頭集団を助ける」
上空から見ることもできるからはっきりと分かるが、逃げている集団は前方にいる集団と後方にいる集団に分けることができる。
後方にいる集団は殿を務める役割も担っているのか押し寄せるアンデッドを食い止めながら後退していた。装備を見る限り、上質な物を持っている者が多いので前線で戦っていた者が仲間を無事に逃がそうと、せめてアンデッドが後方へ行かないようそのまま戦っているようだ。
逆に上質な装備をしているにも関わらず真っ先に逃げ出している連中もいる。怪我をしているとかならともかく問題なく走れているようなので助けるのは後でもいいだろう。
「……ん? 死人だけじゃないのか」
数日前に俺たちが討伐したアンデッドの集団には死人系の魔物しか含まれていなかった。
だが、必死に逃げている先頭集団と追っているアンデッドの間には、まだかなりの距離がある。アンデッドの進行速度は遅く、追い付かれるまで時間もあるので慌てるほどではないはずだ。
その理由は、死人よりも速く動けるアンデッドの存在にあった。
死霊が先頭集団の一番後ろを走っていた冒険者に迫ろうとしていた。
「厄介だな」
相手が死霊であっても討伐はそれほど難しいことではない。
ただし、数が増えてしまっているので実際に討伐しなければならないのは倍以上はいる可能性を覚悟しなければならない。
「そういうわけで全員気を付けろよ」
大群を見て分かった事を念話で伝える。
「ま、やることは変わらないんだけどな」
自分のすべき事を確認すると逃げていた人々がすぐ目の前まで迫っていた。
「あ、あんた……! 何をしているんだ!?」
集団とは走る方向が違う人間。
俺の姿を見つけた中年の冒険者が逃げる足を止めて声を上げる。
「ちょっと殲滅してくる」
「はあ!?」
足を止めずに言うと戸惑った声が後ろから聞こえて来た。
その頃には既に追い抜いて集団の後方まで辿り着いていた。
俺に声を掛けて来た冒険者も再び足を走らせたようなので問題ない。
「ひゃう」
戦闘集団の後ろの方を走っていた幼い少年のような冒険者が転んだ。
転んだ冒険者はリュックを背負っており、背中の重さが影響して転んでしまった。おそらく荷物持ちなのだろうが、命の懸かった状況なら荷物を捨ててでも命を優先させるべきだ。だが、荷物持ちを頼まれた先輩から厳命されたのか、それとも報酬が減ることを嫌ったのか分からないが、転んでも手放そうとはしなかった。
その冒険者に苦悶の表情に歪んだガスのような魔物が襲い掛かる。
ガスのように見えるのは死霊となった死者の魂だ。
死霊を斬る。
「な、何をやっているんだ……死霊を斬ったところで意味なんて……」
剣が死霊の体を通り抜ける。
実体を持たない死霊をどれだけ斬ったところで擦り抜けるだけ。
何の影響もないはずなのに斬られてしまうと霧散するように死霊が消えて行く。
「え……」
少年冒険者には訳が分からなかった。
死霊に物理攻撃は通用しない。
それが常識だ。
そんな常識を無視するような光景が目の前で起こっていた。
「聖剣……?」
常識を打ち破る唯一の例外。
それが聖剣による浄化。
聖剣によって斬られたアンデッドは浄化されてアンデッドとしての力を失うことで崩れ落ちる。
「初めて見た」
少年のキラキラした眼差しが神剣へと注がれる。
残念ながら、俺の使っている剣は聖剣ではない。
「ちょっと違うんだな」
神剣に備わっている能力は『全てを絶ち斬る』。
この能力でアンデッドを斬れば魔石から供給されている魔力すらも絶ち斬ることができる。その能力を発揮させる為には生きた人間を斬るのと同じように斬る必要があるが、実体を持たない死霊だからこそ抵抗されることなくあっさりと斬ることができた。
アンデッドも力を失えば、ただの死体に戻る。
「君で先頭集団の最後だね」
「は、はい!」
俺が駆け付けたのは逃げ出していた先頭集団。
後方で待機している者もアンデッドになってしまうという事態が発生してすぐに逃げ出してしまった連中なのだろう。もっと遠くには、戦闘能力の高そうな冒険者や兵士がいる。
戦闘能力が低いので後方で支援していたために異常にも真っ先に気付くことができたので逃げられた。
アンデッドの多くは、前線で戦っていた人々が殿として引き受けている。
それでもパニック状態なせいで全員を止められるはずがなく、大群の一部に追い付かれてしまった。
「じゃあ、問題なさそうだな」
少年を助けたことで前線を抜けて来たアンデッドが迫って来ていた。
数は、凡そ50。
迫るアンデッドの集団を見て少年が尻餅をついたまま後退る。逃げる為に立とうとしているみたいだけど、恐怖から体が竦んで力が入らなくなっていた。
「大丈夫」
安心させるように言うとキョトンとした表情で立っている俺のことを見上げて来た。
「あいつらアンデッドは誰一人として進ませないから」
広げた左手をアンデッドへと向ける。
次の瞬間、体を包み込んでいた浄化の光が左手へと集中して5本の指全ての先に小さな光球が生まれる。
「誘導光線」
光球から線のように光が伸び、アンデッドの大群を次々と撃ち抜いて行く。
浄化の能力を持たせた光線は、アンデッドにのみ狙いを定めて飛んで行く。
さらに、その場で回転して周囲に光をばら撒くと爆撃でも起こったように土煙が巻き起こる。
「こんなものかな」
前線を抜けたアンデッドは光に撃ち抜かれて全て浄化されていた。前回の反省を活かして死体に戻った後で生前は誰だったのか判別が可能なように少しでも多くの体を残しておきたかった。
残念ながら頭部を撃ち抜いた時に威力が強過ぎたせいで爆散して首から上が消失してしまった遺体もいくつかあるようだ。そういう遺体は首から下だけでも誰なのか判別できることを祈るばかりだ。
周囲に浄化の光をばら撒いたのは死霊系の魔物を浄化する為だ。
死人と違って生前の面影がほとんど残っていないうえに浄化してしまうと何も残らないので死人のように手加減する必要がない。
おかげでばら撒くだけ、という大雑把な攻撃方法で先頭集団に迫ろうとしていたアンデッドは全て浄化されていた。
「す、凄い……」
荷物持ちの少年冒険者が呟く。
自分たちでは為す術もなかったアンデッドがあっという間に討伐されてしまった。
「ほら、君を置いて行った連中に早く追い付きな」
手を貸して少年を立たせてあげる。
転んだ時に誰も手を貸さなかったような連中だが、彼らも逃げることに必死で少年が転んだことに気付かなかったのかもしれない。俺が全てのアンデッドを引き受けて追ってこないことが分かれば余裕ができて保護してもらえるかもしれない。
「あ、あの……!」
「なに?」
「何か手伝えることはありませんか?」
少年の突然の提案。
その瞳を見れば、どんな想いからそんな提案をしたのかが分かる。
「今のを見て俺に憧れたのかもしれない。助けられた恩を返す為にも手伝いたいっていう想いも分かる。けど、今はダメだ」
これから数千のアンデッドがひしめく場所へ突っ込まなければならない。
そんな場所へ荷物持ちを連れて行ける訳がない。
少年自身がお荷物にしかならない。
「はい……」
「全てが終わったら何か手伝ってもらう事があるかもしれないな」
「はい!」
笑顔になった少年を置いてアンデッドの大群へと突っ込む。