第14話 アンデッド大群―救援―
「君たちも分かっていると思うが、今回のアンデッド騒ぎは自然に発生したものじゃない」
天幕を移動した直後、ギルバートさんが自分の考えを言って来た。
そもそも今回の騒動はあまりに唐突すぎる。
「アンデッドは現世に対して強い恨みや妬みを持つ死人がなるものだ。誰かに恨みを持ったまま埋葬された人が起き上がって恨みを晴らそうとする。他にも戦争で多くの人が亡くなった場合には大量の瘴気がその場に溜まることになるからアンデッドが発生し易い場所となる」
だが、今回の場合はそのどちらでもない。
最初の村でアンデッドが発生した後、そのアンデッドに襲われることでアンデッドが次々と増えて行くことになった。
また、イシュガリア公国内では長い間内戦のようなものもなく平和な期間が続いていたため聖女を必要とする不浄な土地ではあるものの聖女がいるおかげで土地は清浄な状態を保たれていた。
「それに加えて後方部隊で突如として起こったアンデッドの発生」
墓地や死者の多い戦場跡ではアンデッドが発生し易い。
逆に人の活気で賑わっている場所や士気の高い戦場ではアンデッドが発生することは滅多にない。
それも後方で数人だけがアンデッド化するなんてもっとあり得ない。
自然的ではない。
それに俺たちが討伐してしまったアンデッドの大群もある。
「あれも発生がおかしい」
何らかの理由によってアンデッドの発生する原因が北東方向へも流れてしまった。
それなら、いくつも離れた村で突如として発生するのではなく、途中にある村で発生していてもおかしくない。
「北東方向へ逃げていた人がもっと多く集まる機会を待っていた」
途中でアンデッドへと変えて向かわせるよりも大人数が集まった状況でアンデッドへと変貌させた方が効率的に多人数のアンデッドを生み出すことができる。
そこには絶対に誰かの力が働いている。
「誰かが人為的にアンデッドを生み出している」
「その可能性が高い」
だからシルビアにもアンデッド対策になる装備品を持たせておきたかった。
彼女が万が一にも狙われた場合には敵を倒す術がなくなってしまうからだ。
「人為的な力が働いていることは報告を聞いた四家の者なら全員が理解している。そんな場所へむざむざ自分の戦力を簡単に送り込むとは思えない」
「そうでしょうね」
少ししか見ていないが、彼らは自分たちの利益を追求するタイプに見えた。
ここでイシャウッド家を助けて恩を売っておくという手もない訳ではないが、彼らにとっては自分の戦力を失ってしまうことによるデメリットの方が恐ろしく見えてしまった。
聖女と侍女を見てみるとミシュリナさんは苦笑しながら頬を掻いているし、クラウディアさんは目を閉じて顔を伏せていた。
「私としては、今すぐにでも助けに行きたい」
伝令の報告によるとアンデッドが発生したことによる混乱は発生しているらしいが、今も彼らは必死に首都を目指して逃げているらしい。
さすがに首都までアンデッドが迫って来たなら四家の戦力も戦わざるを得ない。
しかし、その時点でイシャウッド家としては負けてしまっているようなものだ。
そこまで近付かれては首都へ近付くアンデッドの大群をウィンキアに住む人たちに見られてしまうことになり、イシャウッド家の求心力に影響を与えることになってしまう。
「戦力は用意できる。しかし、どれだけ急がせたところで救援に駆け付けられるのは明後日の朝が限界だ」
しっかりと準備をさせた集団で3日掛かった。
最低限の準備だけで向かわせたとしても1日以上は時間を必要としている。
その頃にはどれだけアンデッドの被害が発生しているのか分からない。
人為的な力が働いている以上は早急に事態を解決したい。
「でも、本当にいいんですか?」
ギルバートさんが態々俺たちにこんな話をしているのは俺たちに救援へ向かって欲しいからだ。
南側にいるアンデッドよりも遠い場所にいたアンデッドのいた場所まで半日と掛からずに到達した俺たちなら今すぐに出発すれば明日の日の出前に到達することができるかもしれない。
本来なら、たった数人を救援に送るなど無謀なところだが、既に200人のアンデッドを無傷で倒したことから最低限の信頼は得られている。
速度と実力は十分だった。
問題は――報酬だ。
「俺たちは既にアンデッド200体を倒しています」
ミシュリナさんと取り決めていた報酬は、アンデッド200体の討伐だけで貰えることになっていた。
パーティ単独でアンデッドの大群を討伐する。
状況も考えれば、それだけの報酬を渡しても問題ないと判断されていた。
ここで、報酬なしで救援に駆け付ければ無償奉仕になる。
そこまで手を貸すつもりはない。
「もちろん報酬は出させてもらう」
ギルバートさんからは功績に応じて金貨を渡してくれる確約を貰えた。
次期大公でしかない彼の立場では、これが限界だろう。
「最後に一つだけ。私たちに関する詳細な情報は記録に残さないで下さい」
「承知した」
交渉は全てメリッサに任せた。
その方が確実だったからだ。
「では、私も行ってまいります」
「聖女であるお前にはあまり危険な場所に行って欲しくないのだが……」
「何を言っているのですか。聖女であるからこそ負傷者の多くいる場所へ向かわなければなりません。敵がアンデッドだと言うなら攻撃にも役立ちます。それに、私が死んだところで代わりの聖女はいます。私が死んだ後は、お姉様の娘がしっかりと引き継いでくれます」
万が一の場合に備えて、イシャウッド家では次代の聖女になれる者がいるようになっている。
年齢、それに実力を考えても次代の聖女に選ばれるとしたらミシュリナさんの姪が最有力候補だとウィンキアで休んでいる間に聞いた。
「……それでも、お前が私の妹である事の方が私にとっては大切だ」
天幕を出て行く俺たちに向かってギルバートさんが言っているのが聞こえる。
☆ ☆ ☆
「本当に日の出前に辿り着く事ができましたね」
「ギリギリですけどね」
太陽が出て空が白み始めた頃、遠く離れた場所に土煙が上がっているのを確認した。
見える場所には逃げ惑う兵士と冒険者。
彼らは出発した時には命令系統の関係から兵士と冒険者に分かれて行動していたはずだ。
しかし、逃げている今はお互いの身分に関係なくグチャグチャに混ざり合って必死に走っている。
その表情には恐怖しかない。
「……いるな」
数日前の時と同じように上空からサファイアイーグルの視界を通して戦場の様子を確認する。
数十人の冒険者が殿を務めながら後方から迫って来るアンデッドの大群をどうにか退けていた。彼らの目標は、既にアンデッドの討滅ではなく、足止めへと戦い方が変わっていた。
その理由もアンデッドの大群の構成を見てはっきりとした。
「倒してしまって構わないですね」
「……止むを得ないです」
ミシュリナさんとしては苦渋の決断だ。
アンデッドの中には逃げている兵士と同じ服を着た者がいた。それに俺たちが討伐したアンデッドと同じように農民の格好をした者が多い大群の中に剣や槍、鎧といった装備品で身を包んだ者の姿も見える。
周囲にいるアンデッドに襲われていないことから彼らもアンデッドだと予想できる。
間違いなくアンデッド討伐の為に向かった兵士や冒険者の成れの果て。
そんな者たちまで手に掛けなければならないことを思ってミシュリナさんが顔を顰めていた。
「とりあえず作戦方針だ」
「魔法は……使わない方がいいでしょう」
俺が使ったような光属性の魔法と一緒に使用した場合には魔法を受けた者を殺してしまうことになる。
しかし、メリッサが使った浄化魔法は生きている人間には影響しない。
ところが、半ばパニックなって逃げ惑っている集団の中に影響がないとはいえ魔法を放ってしまうとパニックがさらに強大化してしまって負傷する人が出てしまうかもしれない。
それは避けたい。
「俺が正面から突っ込む。アイラとイリスで左右から回り込んで来てくれ」
聖剣を使っての近接戦闘。
これならパニックを起こした人を避けながらアンデッドを倒して行くことが可能だ。決して前回は出番のなかった二人に活躍の機会を与えたかった訳ではない。
「危険じゃない?」
アイラが一人で突っ込むことになる俺を心配する。
左右から迫る二人は正面にさえ気を付けていれば後れを取るようなことはないが、真ん中にいる俺は左右にも気を付けなければならない。
「問題ない」
俺の体を浄化能力を持った魔力の光が包み込む。
思い付きで試してみただけの魔法だったが、上手くいってくれたみたいで良かった。
「さ、突撃戦の開始だ」